「ダメ。ゼッタイ。」に代わるキャッチコピーとポスター募集 大賞の二人はギャンブル依存症者の家族
「わたしたちの未来をひらく依存症啓発キャンペーン」の授賞式が開かれ、キャッチコピー部門の大賞に西川佳乃さんの作品が、ポスター部門の大賞に今井愛さんの作品が輝きました。
公開日:2024/10/11 02:13
映画「アディクトを待ちながら」とのコラボレーション企画「わたしたちの未来をひらく依存症啓発キャンペーン」(Addiction Report主催)の授賞式が9月30日、都内で開かれた。
「ダメ。ゼッタイ。」に代わるキャッチコピーやポスター、「依存症からの回復を感じた瞬間」の体験談募集には、全国から805件もの応募が届いた。
キャッチコピー部門の大賞は北海道の西川佳乃さんが、ポスター部門の大賞は千葉県の今井愛さんが受賞。審査員は当日まで知らなかったが、二人はギャンブル依存症者の家族で、家族として作品に込めた思いを明かした。
薬物をやっている人をダメ、とする「ダメ。ゼッタイ。」に代わる啓発を
授賞式の司会は、違法薬物で逮捕された経験がある元NHKアナウンサーの塚本堅一さんが務めた。最初にAddiction Reportを運営する 「ギャンブル依存症問題を考える会」の田中紀子代表が挨拶。
「『ダメ。ゼッタイ。』は薬物がダメ、というわけではなくて、薬物をやっている人たちがダメ、というキャンペーンにいつの間にかすり替わってしまった。薬物をやった人たちを骸骨やゾンビとして描いてきた」と、これまでの国の啓発を批判。
それに代わるものとして、一次予防にもつながり、回復を応援するコピーやポスターを新たに募集したと、今回のキャンペーンの趣旨を説明した。
審査員は、赤坂真理さん(小説家)、小島慶子さん(エッセイスト)、橋島康祐さん(クリエイティブ・ディレクター)、松本俊彦さん(国立精神・神経医療研究センター薬物依存研究部長、薬物依存症センターセンター長)、田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会代表)、岩永直子(Addction Report編集長)が務めた。
キャッチコピー大賞「誰でも、なる。誰でも、なおる」
キャッチコピー部門の大賞に輝いたのは、西川さんの「誰でも、なる。誰でも、なおる ——依存症は、社会が正しく理解することで予防・回復ができる身近な病気です」というキャッチコピー。
本業がコピーライターの西川さんは、受賞の挨拶で「息子がギャンブラー」と明かし、「40年コピーライターをしてきたから書けたわけではなく、言ってみれば息子のおかげ。息子が私を10年以上苦しめてきたことが糧になったんです」と語った。
音信不通となっているその息子には受賞を知らせることもできない。
「息子がいつか気づいて、回復の道につながった時に知らせようかなと思います。今日いただいた賞金は回復施設に入る時に使いたい。それ以外には使えません。大事にとっておきます」
そして、こう締め括った。
「私の書いたコピーを色々な方に見ていただいて、もしかしたら誰かを助けるきっかけになるかもしれないと思ったら本当に感動的です。いろんな形で色々な方に何か役に立てれば、それによって私も救われる。りこさん(田中代表)がいつも言う、『助けることで助かる』というのはそういうことだと思います」
キャッチコピー部門の審査員特別賞は、樋口芽ぐむさんの、「間違えた私に必要なのは、北風ではなく太陽でした」。
樋口さんは、パチンコにハマった経験があるギャンブル依存症の当事者だ。
「40代の後半ぐらいから就労移行支援所にお世話になって再就職しました。その時に北風ではなくて太陽っぽい対応をしてくださったかたがたくさんおられて、今に繋がると思ってこれを書きました」と語った。
ポスター部門大賞「リカバっていこう。」
ポスター部門の大賞は、今井さんの「リカバっていこう」。
今井さんは夫がギャンブル依存症になり、ギャンブル依存症問題を考える会にもつながっていた。大学や大学院で6年間絵を描いてきた今井さん。でも、この7年以上、作品を描いていなかった。自分の絵なんてなんの役にも立たないと自信を失っていたからだ。
「でもこの会につながった時に、私の絵を見て勇気づけられたとか、『すごく私たちのためになっている。ありがとう』と声をかけてくれる仲間がいた。本当に感謝しています。今回映画とのコラボですが、エンタメの力、芸術の力がここで役に立つんだと改めて体感させてもらった」
受賞の挨拶では、そう涙ながらに仲間とのつながりが受賞作品を描いた原動力になったことを明かした。
そして「リカバっていこう、と書いたのですが、回復し続けることができる病気だということを、田中紀子代表や松本俊彦先生をはじめとする多くの方々が発信し続けてくれたことが大きな支えとなった。これからも多くの人にこの言葉が届くようにと思ってこの作品を作ったので、今知らなくて苦しんでいる人に広まっていくといいなと思います」と作品に込めた思いを話した。
「ダメ。ゼッタイ。」が蓋をしてしまったものを描きたい
ポスター部門は審査員の意見が分かれ、審査員特別賞が4作品に送られた。
阿部伸也さんは、「『助けて』には続きがある」というコピーで、転落しようとしている人に手を差し伸べる人の姿を描いた。
阿部さんは「『ダメ。ゼッタイ。』は私が子供の頃、母によく言われていた言葉です。ダメなものはダメ、絶対ダメ。キャラメルもダメでした。少年ジャンプを買うのもダメでした。ファミコンも買ってもらえませんでした。いろんなことをダメ、ダメと言われて、そのことに大きな疑問も持たずに成長してしまった」と挨拶で語り始めた。
ところが今年、YouTubeの街録chで田代まさしさんのインタビューを見て、衝撃を受けた。
「私はこの初老のおじさんをなんで怪物だと思っていたんだろうと。この番組を見た時に私はどこかで見誤ったな、何かを見落としてしまったようだと気づきました。それはもしかしたら『ダメ。ゼッタイ。』と言われて蓋をしてしまって、見ようともしなかったものの中にあるんじゃないかと思いました」
依存症について深い理解があったわけではない。でも自分のように「何か見誤ったのではないか」と疑問を持てるようなものを描きたい。そんな気持ちでこの作品を作ったという。
キャッチコピー大賞の西川さんがポスターでも特別賞
ポスター部門、審査員特別賞のもう一人は、キャッチコピー部門で大賞を取った西川佳乃さん。ダブル受賞だ。
イラストは一緒に仕事をしているイラストレーターにお願いして、「『いいパパ』ほど、気づきにくい。『自慢の息子』ほど、認めにくい。依存症は、家族の『もしかして』から回復が始まる病気です」というコピーを入れた。
このポスターは、ギャンブル依存症の息子を持つ母として、ギャンブル依存症問題を考える会の講座や相談会に参加しているうちに、思いついた。
「皆さんの話を聞いていると、『普段はとってもいいパパなのよ』とか『ギャンブルさえしていなかったら優しい』『自慢の息子だったのにどうして』という言葉が聞かれます。でも、きっとそれが気づきにくくしている。いつか立ち直ってくれると思って時間が経過して、彼を重症化させたのかなという自分の反省もあります」
そうポスターに込めた思いを述べた。
もう一人の審査員特別賞は、田中翔大さんと重森有気さんのコンビで、薬とタバコ、アルコールを描き、「頼れる“ヒト”がいなかった。頼れる“モノ”がこれだった」とコピーを入れたポスターだ。
4人目は田村貞夫さん。口にチャックをしている男性の絵に、「私は依存症です。と正直に言えない社会を健全な社会だと思いますか?」というコピーをつけた作品だった。
回復体験記は「うちの妻が貧乏神に見えるんですが」を漫画化
回復を感じた時の体験談を、漫画家の細川貂々さんに漫画化されたのは、ねこまねきさん。「うちの妻が貧乏神に見えるんですが」というタイトルで、FXなどのリスクの高い投資にハマっていた頃から、抜け出した経験を描いている。
ねこまねきさんは、「このタイトル、妻には内緒で書いていまして、受賞したんだよと妻に話したら怒られました(笑)」と挨拶。
「9年FXをやって1000万ほど溶かして借金も作って、まだG A(ギャンブラーズ・アノニマス、ギャンブル依存症の自助グループ)に通って2ヶ月ほどなんです。通い始めた頃にこのキャンペーンの応募が始まって、ともかく書いてみました」
書いているうちに自分がどんな思いでやっていたのか、当時のことも思い出されて、頭がクリアになっていった。その頃から書くことが回復に役立つのではないかと気づき、今も書き続けている。
「依存症って最初は何かよくわからなかった。調べてみると快楽のためと書かれているのですが、最後の方は気持ちよくはなかった。泣きながらギャンブルをやっているような状態でした。調べながら自分なりに答えを出していこうと思って、今書きながら、自分なりの納得を探しているところです」
漫画を描いた細川貂々さんも以下のようなコメントを寄せた。
私のまわりに依存症の人はいたようなのですが、詳しく話してくれる人はいなくて
実際はどういうものなのかがわかっていませんでした。
ねこまねきさんの「うちの妻が貧乏神に見えるんですが」を読んだ時に映像がパアッ
と頭に浮かんできて、依存症がどういうものなのか、を見せてもらったような気がし
ました。そして「これは大変だなあ」って素直に驚きました。
こういう現実をたくさんの人に知ってもらいたいなあと思えたので、ねこまねきさん
の作品を選びました。
大賞作品はポスター化するなどして、依存症の啓発活動に活用する。他にAddction Reportは、菊地恭平さんや関口由香さんら5人の回復記を選んだ。後日Addiction Report で編集の上、掲載する予定だ。
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コメント
依存症の啓発に尽力してくださっている全ての方々に対し、心からの敬意と感謝を表します。
「ダメ。ゼッタイ。」は広く長く流布しているコピーであるので難敵といえますが、それを優しくじわじわと上書きしていってくれそうな、素敵な表現がたくさん集まったことを喜ばしく思いながら記事を読ませていただきました。
一つコメントです。
樋口芽ぐむさんの、北風と太陽に触れた表現は 誰にとってもわかりやすく、依存症を持つ方々の気持ちに寄り添う表現だと思います。ただ、「間違った私」という部分に、自己否定の雰囲気を感じてしまったのは私だけでしょうか・・・。
「間違ってしまったダメな私」が「太陽に助けてもらう」のではなく、
「(そういう縁があって)依存症へ向かってしまった私が、北風さんにサポートされて 自分の意志で依存を手放す決断をし、自分自身でそのための努力をして 人生を別の(明るい?)方に向けることができています」という、自分の中にある「立ち直る力」を見つけて、それを発揮させて来たという 大きな経験が樋口さまご自身にもお有りと思います。その辺りの、自己肯定と言いますか、自分を見捨てない姿勢、自分の力を信じる部分などが 表現の中にもう少しシェアされていると より人を勇気づける、希望のある表現となるのではないかと思います。(コピーとして語感や収まりの良さを考えると、なかなかそういうのも難しいかなあとは思いますが・・・!)
こういうことをいろいろと考えるきっかけをくださった 樋口さまをはじめ、入賞者の方々の作品や今回の企画に感謝します。ありがとうございました。
田中翔大さんと重森有気のポスターに書かれた言葉に心が動きました。
老若男女関係なく誰にでも届きそうなイラストとデザインもすてきです。
授賞式に参加させて頂きました。
とても希望があって、どんどん社会に広まって欲しい。この言葉を伝えていきたいと心を動かされました。
また是非来年も募集して欲しいです。
(先程のコメントに続けるはずでしたが送信してしまいました、すみません)
そして、色彩の美しさ色合いのやさしさが軽やかに、残る色合いと相まって、生き生きと動き出すことになるのだと確信しております。
「わたしたちの未来をひらく依存症啓発キャンペーン」の授賞式。
この日に、これからの、この日本社会を駆け巡るであろう「ことばたち」と、同じ空間で味わうことができたことに感無量でした。
「産まれてきたことばたち」は、圧倒的な「ことばの力」で、必ずやダメ、ゼッタイを消し去ってしまうことと思います。
この「ことばたち」が日本社会に広がるような何かを、今の自分にもできることがないか探してみたいと思いました。
大切な時間を共有させてくださってありがとうございました。
わたしたちの未来が開かれるのを体感した授賞式。
そして改めてwebで見る受賞作品の数々。
応募作品の中から選んだ時には(名前だけしか書かれていない)全く気づかなかったけれど、授賞式で受賞者の多くがギャンブル依存症当事者とその家族だったことに驚いた、とリコさんが驚いておられました。
才能豊かな仲間たちを心から尊敬します。
どんどんあちこちで使っちゃおう。
誰でも、なる。誰でも、なおる。
さあ、リカバっていこう。