Addiction Report (アディクションレポート)

「酒がやめられない」編集長と、「やめろと言えない」わたしの雑談トーク(8)お酒と「共存する」チャレンジ

大切な人間関係を維持しながら、ほどほどの量を楽しく飲み続けるためのアイデアを探るわたしたち。「ハームリダクション」的なお酒との付きあい方にもヒントがあるのでしょうか。

「酒がやめられない」編集長と、「やめろと言えない」わたしの雑談トーク(8)お酒と「共存する」チャレンジ
バイト先のイタリアンで常連の千葉さん(右から2番目)の誕生日を祝って飲む私(左)やシェフ(左から2番目)

公開日:2024/07/20 02:00

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だらだらトーク

ハームリダクション型居酒屋

青山 岩永さんが取材などで話を聞かれるのは、アルコールに限らず依存症の渦中というよりは、リカバリー進行形の方が多いですか。

岩永 そうです。時にスリップするとしても、回復途上の、やめ続けて基本的に安定している人ですね。渦中にあって苦しんでいる人は、そんなに取材していないかな。でも、それでいくと、アルバイト先のシェフは渦中の人ですね。

青山 わりと切実な感じ?

岩永 普段は楽しく飲んでるけど、連続飲酒しちゃったりしたときに「今日一日を無駄にしちゃった」と鬱々と落ち込んだりして、苦しそうです。アルコール依存症の、渦中の人を目の前で確かに見てる感じはあります。普段は奥さんがランチで入ってるんですけど、奥さんが休んだ時に、ランチを休んだ日があったんです。その時も、いっぱい空き時間があるのに、シェフは朝から酒飲んで寝ているだけで過ごしてしまった。そのことをまた自分で責めるんです。

素人が診断しちゃいけないけど、わたしから見るとかなり依存傾向にある。シェフ自身のことだけじゃなくて、前にお話したように、わたしが一緒に飲むことで後押ししちゃってるところがあって、それが心苦しい。

青山 自分がイネイブラーになってるんじゃないかって、気にされていましたよね。

岩永 一緒に減らしましょうと言ったりするんだけど、お互いに一向に減らさない。このままじゃ、わたしより先にシェフが肝臓をやられてしまう。どうすればいいんでしょうね。

青山 少し前に、北九州でホームレスの方の支援をしているNPO法人「抱樸」の奥田知志さんのYouTube「ほうぼくチャンネル」を見ていたら、精神科医の松本俊彦先生がゲストだったんです。あ、そうそう。わたしが松本先生を知ったのは、ストロング系アルコール飲料の危険性を岩永さんが松本先生に取材された記事だったんです。

岩永 そうでしたか。

青山 「抱樸」が支援しているホームレスの方の中には依存症、特にアルコールの問題を抱えた人がとても多いそうです。番組では、奥田さんが松本先生に「どうやったら酒の問題を解決できるのか」と相談されていました。それを受けて松本先生が話されたことの一つに「ハームリダクション」があったんです。

お酒なら、「やめさせる」ではなく、「飲酒によって生じる2次的なダメージを減らす」ことが大事なんじゃないかと。それを聞いた奥田さんが、ある人が断酒し始めたら、どんどん暗くなってウツ状態になっちゃった。それで話し合った結果、「1日の飲んでいい量」を決めて、それをやってみたら、笑顔が増えたという話をされて。「そうか、アルコール依存症者のためのハームリダクション型居酒屋をつくろうかな」っておっしゃって。

松本先生は「イギリスでは〈ちゃんと食べる〉を条件に、お酒を出す炊き出しもある。日本の医療機関ではまだ出来ないけど、ぜひ抱樸で成功例を打ち出してください」って目を輝かせてました。

岩永 なるほどなあ。

青山 松本先生は「アディクションの反対はコネクション。一番よくないのは、ひとりぼっちになること。ひとりぼっちにならない居場所が、依存症の解決には必要だ」ともおっしゃっていたのを、岩永さんとシェフの話で思い出したんです。お二人が、レストランでお客さんたち楽しく飲んでる時って、大切な人間関係もそこにはあるし、そんなに悪いお酒じゃない。ハームリダクション的な感じがします。

目的が変わるとお酒は別物

岩永 シェフが一人で飲んでる時は、ストロング系とか本当に質の悪い酒を飲むんです。わたしは美味しい酒しか飲みたくないから、ワインを自腹で開けたり、試飲会でもらってきたワインを店でシェフと半分ずつ飲んだりする。シェフも「うまいなあ」って楽しみながら飲めてるから、その時は悪いお酒じゃないかもしれない。ただ、わたしが飲酒の「機会」をつくってはいますよね。「ワインの勉強をしている岩永に飲ませてやろう」と、シェフが飲む言い訳もつくってる。

青山 岩永さんは、シェフに、ご自身の飲酒について聞かれているんですよね。

岩永 わかってきたのは、仕込みや買い出しから調理まで、全部を一人で背負って抱えてるから、疲れ果てているってこと。疲れをごまかして、なんとか自分のやる気を奮い立たせるために飲んでるって説明していますね。その循環ができているから、お酒をやめたら仕事が成り立たなくなるという恐れがあるように思うんです。

青山 確かにお酒って、気力が切れてしまった時に、最後の炎をちょっとだけ燃やしてくれますよね。嫌なものを成仏させてくれたり。でも、そういう目的で飲むお酒と、楽しく飲むお酒って、もはや別物というか、「酒を飲む」という同じフレーズでも、全く違う行為に思えるんですよね。

どちらも必要だけど、前者の目的でお酒を飲むと、わたしの場合、どんどん量が増えて、自分の首が締まっていった覚えがあります。シェフもそういうところがあるのかなあ。

心のリミットを外すこと

 岩永 酒を飲むと、心のリミッターが少し外れるような気がしませんか。隠してたことや、見せたくなかった部分を少しだけ、様子を探りながら明かしていったりするでしょう。一緒に飲んでる人も、「実はわたしも」って明かしてくれて、親しくなっていくような。

青山 「酒場」は、いわばみんなが「お酒」という「秘密の鍵」を持って集まってることが前提ですよね。「同じ秘密の鍵」が共有されているから、扉が開いた場所になる。やめてから気づいたのは、お酒のない場には違う鍵があるってことでした。善し悪しではなくて、違う鍵と扉があるって感じ。

岩永 思い出したんですけど、わたしには、取材をきっかけに仲良くなった、ちょっと住んでいる所が離れた友人がいて、ご存じかな、岩崎航さんという、筋ジストロフィーがある詩人です。

岩崎航さんと。酒なしでいくらでも語ることができる相手だ

青山 『点滴ポール 生き抜くという旗印』を最初に読んで、言葉がみずみずしくて、驚きました。

岩永 彼とすごく仲良くて、ほぼ毎日電話してる。彼はすごい聞き上手なんですよ。かなり親密な距離感で、守られたところで安心して話ができていてわたしの悩みの9割以上は話してる。そう考えたら、確かに誰とどう鍵をもつのか、選んでますね。職業柄、自分自身もある程度口の硬い人間だし、話し相手も選んでいる。

お酒を飲む人たちとは、もう少しちょっとセミオープンみたいなところで、お互いがちょっと言い過ぎたり微妙な関係で。とはいえ、飲んでいても理性がどこかで働いていますね。そんなディープな悩みは酒場では明かさないし。

青山 鍵は使いわけてるんですね。

岩永 子どももいないし、地域とのつながりめちゃくちゃ薄い。隣が誰かも全然わかんないような都会で生活している。その中で、リミッター外すことで親密な関係を築いていくのはとても大事なことなんです。飲む言い訳かもしれないけど。

青山 それはすごく大事な時間ですよ。何年もかけて関係性を築いて、友達になって。前にも話したけど、お酒をやめてそれは失うのは本当に辛かった。そうそう、でもね、お酒をやめてから2年経った頃かな。行きつけだったバーにホットミルクを飲みに行ったんです。ちょうどお店でよく会ってた常連の仲間もいて、「久しぶり〜」みたいな感じで楽しく喋って。その時、自分で感動しちゃった。ホットミルクでも、自分がこうやって楽しく喋ったり、盛り上がれるんだとわかって。

スリップはリカバリーの始まり

青山 ところが、こないだ……。昼からほんとに軽く飲み始めたら、はしごまでしちゃって、気づいたら夜中の1時とか過ぎてたんです。まあ、言いたくないような大変なことがいろいろ起きて、もうめちゃくちゃ落ち込みましたよ。翌日の二日酔いもひどかったし。すっかりお酒をやめてから初めての出来事でした。

翌々日くらいに岩永さんとやり取りしたでしょう。「久しぶりに飲んじゃって大変だった」みたいな話を書いて送ったら、岩永さんからすごくクールに「スリップはリカバリーの始まりですよ」って返信があって。おお、これがスリップなのか! と驚いて。同時に、リカバリーの始まりだと言われて、ありがたかったです。責められなかったことも。

スリップしちゃった、ではなくできたんだ。回復が始まるんだって。だからね、岩永さんも一度スリップをしてみてほしい(笑)。

岩永 お酒やめなきゃ、スリップできないからなあ(笑)。

青山 そうそう。1回やめて、やめられたと思い込んで自分に安心した時に、実はやめられてなかったと知るという体験を、岩永さんにもしてもらいたい。

岩永 以前に、人の病気の話があって、その時に願掛けで酒を断ったことがあるんです。10日か2週間ぐらい酒をやめました。意外といけるって思ったけど、終わった後に飲む酒の美味しかったことよって感じで。

青山 美味しいですね。本当に美味しい。スリップした時の酒も美味しいんですよ。

岩永 そうでしょうね。

青山 わたしは「お酒をやめた」とか言ってますけど、グラスに1杯とかほんの一口とか、月に2回ぐらい小さく飲んだりもしているんです。ただ、昔みたいに長時間ダラーっと、量も飲み続けるっていうことはものすごく久しぶりだったわけです。

その日、昼から飲んでて真夜中になってて、自分はもう帰らなきゃいけないのに行動には移せない。ちょっと酔ってきたな、こんな時間だなって思ってるのに、もう一杯ぐらい飲んじゃう? もう一軒くらい行っちゃう? いえーい、みたいになっちゃってた。こんなふうになるのが、「これか、スリップって!」って。

岩永 なるほどなあ。でも、そう思いながら飲んでたんですね。

青山 いやいや、後付けですよ。その時は思ってない、酔ってるから。次の日は、コントロールできないって本当のことだったって、落ち込みがひどかったですよ。それからまた普通に飲まない生活になってはいるんですけど。

ただね、その時の仲間はもう30年以上一緒に飲んでるメンバーなんですけど、「次はほどほどに飲もう」って相談してるんです。他の2人もわたしと同じような飲み方を30年してきてるから、どこかでもうやめたいとも思ってる。でも、うまくいかない。もうわたしたちも年を取ったし、これからは今までみたいに「もっと飲もうぜ」と煽ったりしないで、逆に「飲み過ぎてるから、もう今日はやめておこう」ってお互いがストッパーになることにチャレンジしてみようって。

岩永 青山さんのその挑戦は、私は楽しく見守りたいと思います。わたしはまだ自分がぎりぎりどこか、いけてる、いけるだろうって、認知が歪んでるのかな。なんでそんなムキになるんだろう。あまりに正しすぎることに対して抗いたいっていう気持ちがあるんです。このままやめたら、わたしはきれいな正しすぎる人間になっちゃうけど、自分はそんな人間じゃないよね、そんな人間になりたくないよねという気持ちがある。村上春樹みたいになれないから。村上春樹を持ち出すのもおこがましいですけど(笑)。

青山 わたしだってなれないですよ。ないものねだりの憧れ。破滅的な生き方と同じように、理性的な生き方に対しても憧れを持ってますね。どっちにもいけない中途半端さっていうのが、いちばん自分で嫌になる。

岩永 わかるわかる。どっちにもいけない中途半端な人間なのかよって寂しく思いますね。まあでも、多くの人はそうやって、どっちかに揺れながら、折り合いつけていくしかないんだろうけどね。

飲みながら対談するという目標

岩永 そうそう、この対談を読んだ大阪のライブスポットから、トークイベントの依頼が来たんですよね。

青山 嬉しかったですね! でもわたしは浮遊性めまいがあるので、夜は外に出るのを躊躇しちゃう気持ちがあって。運動をしたり、めまいはかなりマシになってるんですけど。それで保留にさせてもらったんです。

そうそう、このめまいがあるから、飲むのが怖くて、わたしはお酒をやめられてるんですよ。飲むと誰でも酔ってフラフラしちゃうでしょう。

岩永 無理にやる必要はないので、ぼちぼちで行きましょうよ。単純にわたしは大阪に出張で行ったら、飲みに行きたいところがたくさんあるから(笑)。

青山 行ってほしいお店も山盛りありますよ(笑)。将来、岩永さんとこの対談トークを居酒屋でできるようになって、二人がほどほど楽しく飲めるかっていうことも挑戦してみたいなあ。それはわたしにとって、かなり理想的なゴールに近い気もします。

岩永 そこ、目指したいですね。

青山 岩永さんが減らす方向で楽しくお酒が飲みたいっていうのは、ふんわりした目標設定という感じでしょう。私も一緒なんです。飲みたい時に、飲みたい人と、楽しくお酒が飲みたいというのは、本当に目標なんです。その目標を目指してこの対談もぼちぼち続けていけたらいいなあ。

(おわり)※この連載はだいたい月一更新予定です

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コメント

2ヶ月前
はな

岩永さんも青山さんも、本当に魅力的で素敵な方だなぁ。

お酒を飲むということでご自身の内面を表現していて、またやめるということで別の表現方法を見つけられたのかなと感じたり。

誰かの日常のあるひとつの行動についてこんなに深く考えた事がなかったなぁ。

次女が長時間費やすゲームやそこでの人間関係、通信制高校で人と関わることを求めながら試行錯誤する長男、車椅子で職場に来ておやつを食べてうたた寝する母や休むことなく仕事をやり続ける父。

行為や行動だと認識してたけど、みんなそれぞれの思いを表現するためにその行為をするのかな。

だから最終的に生き方に繋がるのですね。

私はどうなのかなぁ…。

すごく読み応えのある対談でした。

次回が楽しみです!

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