ギャンブラーを変えた一本の電話『陰日向に咲く』 #依存症を描いたおすすめ映画五選(第一夜)
2006年に発表されるや大ベストセラーとなった劇団ひとりさんのデビュー小説『陰日向に咲く』。その映画化作品(2008年公開)。
ギャンブルで借金まみれのシンヤ(岡田准一)を主人公に、複数の人の人生が見事に交差する群像劇。
人は、人との出会いのなかで変わっていく……。
公開日:2024/12/26 08:00
劇団ひとりの小説デビュー作『陰日向に咲く』(幻冬舎)は、のちに文庫化され累計100万部突破した大ベストセラー。
2006年に書籍は発売されてすぐ、「お笑い芸人が書いた話題作でしょ? どれどれ……」という態度の悪さで読んでみたわたしは、一読するや舌を巻いた。涙をぽたぽた流しながら。
章ごとにモノローグの語り手が変わっていく短編の連作集で、一遍一遍が実に味わい深い。
その上、各章に編み込まれた伏線が小さなパズルの断片の連続でようで、全編を読み終わり最後のピースがハマると、初めて一枚の大きな絵だったことがわかる物語構成になっている。
その絵に描かれる主要な人物は5人。加えて、彼らに関わるさまざまな人たちの人生も垣間見える。ポール・オースターの『スモーク』のように、複数の人の人生が見事に交差する群像劇だ。
(文・青山ゆみこ)
●「日陰者」たちを演じる豪華な俳優陣
あまりに原作がすばらしかったので、映像化作品を見るのに少し迷ったわたしだが(期待を裏切られるのが嫌で)、原作の核となる部分は活かしつつ、登場人物が新たに足されて膨らんで、ある意味別物の、ボリューム感たっぷりのヒューマンドラマ作品ともなっていることに驚いた。
映画がよかった理由の一つには、なんせ主演をはじめ俳優陣の豪華さもある。
原作では特に主人公という設定がないのだが、映画では岡田准一演じる観光バスの運転手・シンヤを主人公に物語が進む。
母の青春時代を辿るなかで、主人公シンヤと関わりをもつことになる真面目な女性弁護士役に宮崎あおい。
琵琶湖をモーゼようにパカーンと割ったという伝説を自分で語る、飄々とした味がありカリスマホームレス役に西田敏行。
そんな彼の自由な生き方に憧れるサラリーマンとして三浦友和。
25歳の崖っぷちアイドルに平山あや、彼女を応援するアキバ系オタクに塚本高史。浅草のストリップ劇場の売れない芸人に伊東淳史、ストリッパーに緒川たまき……。
それぞれの物語が同時並行的にテンポ良く展開されて、コメディタッチなノリからも、見ていて飽きないエンタテインメント性の高い作品に仕上がっている。
●借金まみれのギャンブラー
シンヤは、バスの運転手としてコツコツ働いているが、実はパチンコによる借金まみれのギャンブラーだ(原作では競馬にも手を出している)。
消費者金融でも借りられなくなるとヤミ金にも手を出して、膨らんだ借金のその額450万円。
上司にも借りているらしく、「ギャンブルはしないこと」「借金をしないこと」「毎月金融業者に返済すること」など、肉筆で書いたらしき誓約書のようなものがチラリと映る場面がある。
ヤミ金の取り立ては厳しく、少しでも返済が遅れると、一人暮らしのオンボロアパートで待ち構えていたチンピラにボコボコにされる。つらい。お金もなければ家族もいない。冴えない以上に夢も希望もない。
だけれど、お金まで貸してくれて、自分を見守ってくれる上司をはじめ、気のいい同僚にも恵まれて、パチンコ店の前を通りかかって強い誘惑に駆られても、仲間の顔がちらついて、シンヤはぎりぎりなんとか踏みとどまるという日々を過ごしている。
●借金苦から手を出した「オレオレ」詐欺
真面目に働いても借金は減らないどころか、日々の金策に困り果てたシンヤ。借金取りからなかば脅されるようにして、ついには犯罪に手を出すことになる。
「オレだよオレ」と家族を装ってお金をだまし取る「オレオレ詐欺」だ。
どちらかといえば不器用で愚直な性格のシンヤは、公衆電話のボックスから適当に電話をかけるものの、鈍くさすぎる展開で、電話先に謝ってしまう有様だ。
しかし、一本の電話が彼の運命を変えていく……。
少し映画から話が逸れるが、小説や映画公開当時、既に社会問題となっていた「オレオレ」詐欺が登場し始めたのは2000年頃だと言われている。
こうした特殊詐欺対策としては、何よりも「犯人と話をしない」ことが大切だ。非通知でかかってきた電話には出ない、音声メッセージが応答する非通知拒否サービスを利用する、留守番電話機能を設定するなどで防止してほしい。
また、「自宅に取りに行く」などという状況では、お金を引き取る「受け子」と呼ばれる人を仕向けるので、本物の家族が来ることはない。その人は息子さんの友達でもありません。拒否するのがむずかしいなら、誰か信頼できる人、ひとりでもいいからすぐに相談してください。
「オレオレ詐欺」は家族のつながりを利用した切ない犯罪で、傷ついた人の気持ちを思うとただただ胸が痛む。
さて、シンヤがギャンブルからの借金で手を出そうとした「オレオレ詐欺」だが、現在ではより凶暴な強盗事件の犯行に加担してしまうような「闇バイト」問題も深刻だ。
「闇バイト」の募集はSNSなどで行われることが多く、「ホワイト案件」などと「犯罪ではない」体を装って書かれていることも多いため、なかば怪しいと思いつつ「わからなかった」と言い訳して、お金の苦しさからつい手を出してしまう人が増えている。
また、その背景にはギャンブル依存症からの借金も多いことが明らかになっている。
●回復を妨げるのも、回復のきっかけとなるのも家族
映画『陰日向に咲く』の主人公シンヤは、二年前に死別した母の最期について大きな傷つき体験をもつことが、次第にわかってくる。
シンヤが苦境の最中、ひょんなことから関わることになった高齢の女性とのやり取りで、「どうかあなたの話を聞かせてちょうだい」という言葉を投げかけられる場面がある。
ネタバレになるので詳しくは書かないが、導かれるような不思議な縁から、まるで疑似親子のように繰り広げられるやり取りはまるで精神医療の場で行われるロールプレイのセラピーのようでもある。
シンヤの心が大きく揺れる場面では、思わず目頭が熱くなる。人と人の関わりが、言葉が、人に魂に触れるのだと思う。
さて、逆に映画を見ていて引っかかった場面もあった。
シンヤがスリップしてパチンコをしてしまい、さらに借金を重ねようとしたことが会社のみんなにバレたとき、同僚の一人が一枚のチラシをシンヤにそっと手渡す。
弁護士会が主催する法律相談センターの案内で、クレジットやサラ金専門の無料相談に乗ってくれることが書かれている。
シンヤはある日、そこを訪ねる。「よかった……」とわたしは一瞬ほっとした。
信頼する機関や、誰かにつながるって大事だから。
相談センターで事情を話すなかで、1年前に父親がシンヤの借金の肩代わりをした過去も明らかになる。
すると弁護士が「やっぱり親子ですよね」と語る場面があるのだ。親による借金返済という行為が「家族の愛」の証明であり、良きことであるかのように。
「あかんやん!」
ギャンブル依存症の家族がいる人たちは一斉に叫んだことだろう(わたしは叫んだ)。
ギャンブラーの家族として、やってはいけないことトップオブトップが、家族による借金の肩代わりだからだ。
原作小説にはないシーンなので、映画の脚色で「家族の愛」要素として入れ込んだのだろうと想像するが、「だめですよ!」とここで伝えたい(劇中とはいえ弁護士さんももっと勉強する必要があるぞ)。
ぜひ、田中紀子さんの『〈改訂版〉家族のためのギャンブル問題完全対応マニュアル』(ASK)を読んでください。
翻って映画『陰日向に咲く』。
監督は、ドラマ演出家としてTBSドラマ『ROOKIES』や『JIN-仁-』などの話題作を手がけた平川雄一朗。
時代を行き来する物語展開で、昭和の回想シーンでは、ブラウン管のテレビがある風景なども懐かしい。
浅草のストリップ劇場なども舞台として登場するがエロの描写はなく、全体を通してバイオレンスの要素はほとんどないので、世代を超えた家族みんなで楽しめる作品になっています。
ラストシーンは家族の風景。思い出すと、胸がじんわりあたたかい。
そうそう、まだ青年臭さの残る今ほどムキムキではないムキくらいの岡田准一くんと(ダメダメギャンブラーなのに男前で許せてしまうのもなんだかリアル)、この映画公開年に主演したNHK大河ドラマ『篤姫』で大ブレイクした宮崎あおいさんが、時を経ていまはリアル家族になっていることも、なんだか胸熱ではないか。
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