映画を頓服薬にして、一人の夜を生き抜いた 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(17)
アルコール、恋愛、アルバイト……私は複数の対象に依存しながら、一日を生き延びていた。酒が抜けて眠れない夜は映画を観て、気を紛らわす。登場人物の孤独にシンパシーを感じながら、私は他者の孤独について思いを馳せるようになった。

公開日:2026/09/17 02:00
生きるための依存
もともと大学を休みがちではあったが、大学3年生になってからはますます大学へ行かなくなった。実習や授業内レポートが出る授業だけ、渋々出席していた。
興味のない勉強を続けて国家試験に合格し、薬剤師になったところでその先何になるというのだろう。
結婚すれば夫の世話や子育てに追われ、子どもが巣立てば私も母のように怪しげな自己啓発に依存するだけではないのか。
起きている間、頭の中をずっと虚無感が占めていた。
――学歴も、職業も、家族も、なにもかも下らない!生きていても何の意味もない!
自分の中から聞こえる声に耳を塞ぎ、心に麻酔をかけてくれる存在を私は常に求め続けた。
今までと違うのは、依存先をあらゆるものに分散させたことだ。
起きている間、一つのもので自分を満たし続けるのは不可能だった。
恋愛にだけ居場所を求めると、彼が側にいなければ何も手につかない。アルコールにだけ依存していると、酒代が払えない。塾のアルバイトは、授業がある夕方から夜にしかできない。
今までの手痛い失敗から、私は心の隙間を埋めてくれるものを複数持つようになった。
週末に彼と会っている間は一時の安らぎに心を委ね、彼と一緒にいられない時間はバーでウイスキーを飲む。平日はアルバイトで生徒に授業を教えながら、自分が必要とされていることに安心する。アルバイトが終われば、またバーへ行く。
そうして一日、次の一日を延命する。
常に自分の感情を何かで麻痺させて、だましだましその日を乗り切っていた。
ホームで電車を待つとき、線路へ引き込まれそうな体をホームに引き留めたのはアルコールであり、アルバイトであり、彼への恋愛感情だった。
彼以外の人には頼れなかった。
授業をサボり夜な夜な飲み歩いている姿から、私は大学の同期に「アル中のクズ」と呼ばれていた。私も変に同情されるより、どうしようもないキャラクターとして振舞っていた方が楽だった。
同期からすれば、自分たちが真面目に授業を受ける中、好き勝手に振舞う私に良い印象は持たなかったに違いない。
薬学部の授業でも、依存症に関する話は私が知る限りほとんど出てこなかった。仮に私が勇気を振り絞って同期に悩みを打ち明けたところで、理解されることはなかっただろう。
大学の同期には、「父親に怒られたことがない」と言っている子もいた。私立の中高一貫校出身の子も多い。彼らは裕福で理解のある両親に恵まれ、自分の人生に疑問を持たずに生きているように見えた。
――親や友人に恵まれた彼らに、私の気持ちなんてわかるものか。
私は内心で彼らを妬み、拒絶していた。
映画を1日1回、不眠時、7日分
複数の依存先を持っていても、ふとした瞬間に絶望に襲われる。例えばアルバイトを終えてバーへ立ち寄り、深夜に一人アパートで床に就くとき。
アルコールが抜けてしまうと、遠ざけていた憂うつな感情が再び戻ってくる。
深夜なのでバーへ戻ることも、彼と連絡を取ることもできない。アルバイトの時間が、そしてバーで飲む時間が楽しいほど、家で一人で過ごす時間の孤独が深く苦しいものになった。
私には一人で完結する依存先がなかったのだ。
一人で過ごす時間を、多少なりとも楽にしたのは映画だった。
当時、映像のサブスクリプションサービスはまだ普及していなかったが、近所にTSUTAYAがあった。旧作は1本100円で借りられた。
1本あたり2〜3時間と考えると、眠れない夜の時間つぶしにはちょうどよかった。
あまり映画を観たことがなかったので、とりあえず表に「名作」と書いてある作品を片っ端から借りた。気が紛れるならどんな作品でも構わなかった。
暗い部屋の中で、いつ放映されて誰が演じているかもわからない作品を画面に映す。俳優や映画監督の名前も知らなかった。
「スター・ウォーズ」「2001年宇宙の旅」のようなSF作品、「ローマの休日」「カサブランカ」のような古典作品。1日1回、眠れないとき頓服薬のように観た。
1本で眠れなければ2本、3本。アルコールと比べれば、量を増やしても体への害は少ない。
ジャンル、年代問わずに借りては、深夜のアパートで酒を飲みながら再生した。最初はほんの暇つぶしだった。
しかし次第に映画を観ていれば、酒がなくても彼から返信が来なくてもそれほど苦痛を感じなくなってきた。
適当に借りていても、何本かに1本は没頭できる作品と出会える。眠れなくても、起きている時間は作品の世界に心を置くことができる。
ぼんやり映画を観ているうちに、私は登場人物の孤独に引き込まれていた。
「ガタカ」の主人公・ヴィンセントは、遺伝子操作が当たり前の世界に自然出産で生を受けた。彼は社会に冷遇されながら、優秀な人間にしかなれない宇宙飛行士を夢見る。
「ヴェロニカは死ぬことにした」では、何一つ不自由ない生活を送る女性・ヴェロニカが大量服薬して自殺しようとする。
彼らは孤独だった。映画は私の孤独を消してくれるわけではないが、孤独な人間が私だけではないことを教えてくれた。
映画で依存が治るわけではなかったが、映画は依存だけでは埋めきれない心の穴を一時的に埋めてくれたのだった。
大学の同期にも、きっと孤独があった
映画というお守りを持つようになったころ、私は綱渡りの生活を続けながらもある変化に気付いた。同期から悩みを打ち明けられる機会が増えたのだ。
大学にあまり行かなくても、実習や電車で同期とたまたま一緒に過ごす機会があった。
同期の話を聞くと、どうやら私とはまた違った苦しみを持っているようだった。
「普段は3人グループなんだけど、最近2人の仲が良すぎていつも私が余っちゃうの」
「勉強でわからないことがあっても、いつメン(いつも一緒にいるメンバー)には聞けないんだよね。『こんなことも知らないの?』とか言われそうで」
私はただ黙って聞いている。彼女たちの切実な表情を見ていると、生半可な答えでは何の解決にもならないような気がしていた。
私が気の利いた答えをするわけでもないのに、彼女たちはひとしきり話すと少し満足した様子を見せる。
仲の良い友人でグループをつくり、一見孤独とは無縁な彼女たちにも、心の底には一人で抱えている感情があったのだ。
しかしなぜ、同期たちは大して仲良くもない私に悩みを打ち明けるのか?普段、彼女たちとはほとんど接点がない。すれ違えば挨拶はするが、それだけの関係だ。
理由の一つは、私が学内の人間関係から切り離されていたからだろう。
そのころには、私は大学にいてもほとんど一人で過ごしていた。孤立していれば、他の誰かに言いふらす心配がない。
普段から関わりがないからこそ、利害関係がなく気楽に話せるのかもしれない。
そして、私が孤独を知っているように見えたのではないだろうか。私が映画の登場人物にシンパシーを感じたように、彼女たちも私の何かに孤独を見つけたとしたらどうだろうか。
私は勝手に彼女たちを妬み、距離を置いていた。
しかしたとえ親しい友人に囲まれていても、彼女たちも心のどこかで孤独だったとしたら?それは最初から一人で過ごすよりも寂しいことかもしれない。
当時から現在まで、約10年ほど月日が経った。比較的落ち着いて生活している今でさえ、あんな過酷な日々を送りたくはなかったと思う。
父からは暴言を受け、母はスピリチュアルに没頭して現実を見ようとしない。自分自身もアルコールをはじめ、あらゆる対象に依存した。
それでもあの日々から得たものがあるとすれば、それは他者の孤独を想像する力だ。
例えば酒に酔いつぶれたサラリーマン。パチンコに通いつめ、単位をほとんど取れなかった大学生。当時の私のように、彼らも傍からは怠惰に見えるかもしれない。
自分が依存と無縁な生活を送っていたら、私も彼らを怠惰でどうしようもない人たちだと思い込んでいただろう。
しかし、一人で抱える苦しみが彼らの背景に存在しうることを、私は身をもって知っている。
関連記事
連載「患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~」
- 依存症の履歴書 患者家族、作家、薬剤師〜3つの立場から見た依存症〜(1)
- 酔って暴言を吐く父を憎みきれない 患者家族、作家、薬剤師〜3つの立場から見た依存症〜(2)
- 父に依存する母、居場所がない子ども 患者家族、作家、薬剤師〜3つの立場から見た依存症〜(3)
- テストの点数が私の存在価値だった 患者家族、作家、薬剤師〜3つの立場から見た依存症〜(4)
- 親が決めたレールの上で 患者家族、作家、薬剤師〜3つの立場から見た依存症〜(5)
- その恋は傷だらけでも、きっと生きるために必要だった 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(6)
- 父もまた、認められたい子どもだった 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(7)
- 震災の後、父が酒を飲まない時期があった 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(8)
- 叔父の犬を通して知った、父の深すぎる愛情 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(9)
- 依存症の父から離れても、生きづらさは消えない 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(10)
- 塾講師のアルバイトに自分の価値を求めて 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(11)
- 父を憎んで酒を憎まず 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(12)
- めちゃくちゃな生活の中で、それでも私は自由だった 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(13)
- 全てから逃げたくて旅に出た 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(14)
- 母のブログはパンドラの箱だった 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(15)
- 初めて両親を拒絶した日 患者家族、作家、薬剤師~3つの立場から見た依存症~(16)
