父親の巧妙な心理操作と自傷行為〜ODを繰り返した女性が弁護士を目指すまで(下)
市販薬のODを繰り返し、ネットで出会った相手と自殺しようとして、自分だけ生き残ったヤマユウさん。彼女がODや自殺未遂をする背景には何があったのでしょうか。そこには、親子の問題が潜んでいました。

公開日:2026/01/09 23:00
市販薬のODを繰り返し、ネットで出会った相手と自殺しようとして、自分だけ生き残ったヤマユウさん。彼女のOD依存や自殺願望には、家庭内の心理的虐待が潜む。特に父親の巧妙な心理操作が、彼女の自己肯定感を破壊し、自傷行為へ導いてきた。
父親からの心理的虐待「何かを言われないように…」
ヤマユウさんの両親は、父親は大学教授、母親は薬剤師と社会的地位の高い職業に就いていた。父親は、子供の前で母親にも暴力を振るった。そして、父親からの虐待は、ヤマユウさんの後の人生に大きな影響を与えた。
「父親からの虐待は、私が生まれた頃からじゃないですかね。母親から聞くと、赤ちゃんの私を揺さぶったり、お風呂に入ったときに放置されて、溺れさせられたりしたと聞いています。私は虐待のストレスから、親友以外の子とはほぼ喋れなかった。日常会話はほぼなく、おとなしい子で、存在感はなかったです。父親から何も言われないようにしていたら、何も話せなくなったんです。
父親は心理学の本や医学書を読み、人目につかないところで、あざがつかないように殴りました。私は、虐待だと気づいていなくて、カウンセラーと話をしていて気づきました。暴力は問題になるとわかっているので、絶対に傷をつけない。叩いてもあざをつけないようにしていたようです」
裸の動画の撮影をされる性的虐待も。反応を見て笑っていた
父親からは、性的虐待も受けた。
「2、3歳の頃はエロ本も見せられました。それに、私の裸を見て、『かわいいね』『舐めたい』などと、発言していました。お尻にティッシュを詰められ、撮影されました。その動画を見せられることもありましたが、父は興奮をしていたというよりは、私が苦しんだり、嫌がったりする反応を見て笑っていました」
「父は、私の前でAVをよく見ていましたね。自分が楽しむために見るのではなく、私が『気持ち悪い』と反応するのを楽しんでいたのでしょう。大人になって、それが性的虐待だったと知り、涙が出ました」

エロだけでなく、グロい動画も見せつける
父親が見せる動画は、性的なものだけでなく、グロいものもあった。
「性的なものだけでなく、グロい映画も見せられました。蛇とかサメとか出てくるものでした。そういう映画は小学生の頃によく見せられましたね。私はそれを見ては『キャー!』と叫んでいました。また、中東でテロ組織に捕まえられたジャーナリストが首を切られて亡くなった動画も見せられました。ニュースでも虐待や子どもの殺害事件があったりすると、私と比べられたりしました。数年前、地域で猫殺しがあったのですが、そういう話をしては、私の反応を見て楽しむことが多かったですね」
ヤマユウさんの身体的特徴についても、よく揶揄われた。
「私、生まれつき茶髪なんですが、周囲は黒髪が当たり前ですので、“染めている”とか勘違いされたり、先生に言いつけられたりしていました。父親からもよく揶揄われ、私が嫌がることばかりされてきました。『お前は社会不適合者。犯罪者や不良になるな』と言われたりしました」
ヤマユウさんがODをしている様子についても、父親は観察していた。
「高校生の頃、父親は私の机の上に1万円を置いていました。私が市販薬を買って飲むのを待っているようでした。『(1万円を)置き忘れてた』と言っていましたが。薬が置かれているときもありました。父親は、私がODをするのを楽しんでいました。今思うと間違えたんじゃない。わざとだと思います」
親友と仲良くなって、心理操作をする父親
高校1年生の頃には、ヤマユウさんの親友2人と父親は仲良くして、彼らに嘘や悪い情報を流していた。
「『2人の悪口を言っていた』とか『バカにしていた』とか言っていました。家出をしたり、自殺未遂をしたりして警察に世話になった話を勝手に伝えたりもしていました。親友2人には『あなたって不良だったんだね。怖い』と言われて、疎遠になりました。最初はどうして離れていったのかわからず、泣いたり、悩んだり、死にたくなったりしました。父親は私を支配するために、2人を操っていたんです」

こうした虐待経験もあり、ヤマユウさんは自分を保つために自傷行為を始めた。
「中学生の頃からリストカットをしていました。たまたまクラスメイトがやっていて、ちょっと学校で問題になったんです。その流れに乗った感じでした。一人の子がいろいろ悩みを抱えていてリストカットを始め、次第に広がって、クラスで3、4人はやっていたと思います。私は、痛いので深く切ることができず、傷が浅い。回数は多く、毎日していました。父親からの虐待が自傷行為に影響しているという自覚は、当時はなかったですね」
リストカットは、ほぼ左の手首周辺ばかりだ。切る道具はカミソリで、百均やスーパーで購入した。
「傷ができることで、かわいそうに思われると、悲劇のヒロインという感覚でやっていたと思うんです。その感覚が一番大きく、『切ったら安心する』という人もいますが、私の場合は全くなかったです。周りの大人につらさをわかってほしかった。でも、そのメッセージは伝わらなかったんです」
その後、家出もするようになった。
「最初に家出をしたのは小2の時です。クラスメイトの子が警察の世話になったりしたんですが、家出をしていると聞いたので、それに流される形で始めました。関東など遠くに行ったこともありました。ビルに登って大騒ぎになったこともありました。交通費は貯めていたお小遣いから出しました。家からお金を盗ったこともあります」
「患者の人権侵害を守るには…」と、今では弁護士を目指す
そうした経験を繰り返し、ヤマユウさんはやがて精神保健福祉士を目指すようになった。
「身近な大人、学校などの機関や警察や病院などの支援機関、NPOによるSNSでの相談、本やネットで知識を得ることなどに助けを求めました。助けを求めても理解してもらえない、助けてくれなかったという経験もたくさんしました。そんなある日、本当の意味で虐待環境から救い出してくれたカウンセラーの先生と出会いました。人生が変わり、自身も人を助けられる人になりたいと勉強を始めたんです」
猛勉強の末、国家試験に合格した。2025年4月から実家を離れて、一人暮らしをしながら医療機関に勤め始めた。専門職として一人前に働けるようになるまで、自身も回復した。
ただ、その医療機関で患者が大切にされていない現場を見てしまい、動揺した。上司に相談したり、内部告発もしたりした。
「勤務した病院では患者さんへの暴言を吐いたり、生活保護の人の悪口を言っていました。酷い扱いで怖かったですね。見て見ないふりはできませんでした。同僚にも話をすると、『見ての通りだよ』と言われたりしました。私には、暴力的なふるまいをする環境は無理でした」
でもヤマユウさんの訴えは組織に聞きいられなかった。結局、逆に肩身が狭くなり、働き続けにくい立場に追い込まれた。
現在では、その医療機関をやめて、弁護士を目指して司法試験に向けた勉強をしている。
「相談を繰り返していくうちに、これは人権の問題だなと思えてきたんです。人権侵害に対しては、弁護士の方が守れるんじゃないかと思うようになりました。日本には、理不尽を飲み込むような雰囲気がある。私は、それに抗いたいです」
ODをしたり、希死念慮がある当事者に伝えたいことを聞くと、ヤマユウさんはこう答えた。
「虐待など辛いことが重なると、ODや希死念慮はトラウマの反応や症状の一つとして現れます。本人に責任はありませんし、自然な反応です。だから自分を責めないでほしい。適切なケアを受けたり、環境を整えたりすれば、いつか必ず抜け出せる日はきます。理解してくれる人もいます。本人の責任でも甘えでもないです」
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コメント
父親からの虐待に絶句しました。娘が嫌がる様子を楽しむ、ODを誘発するように行動しているなど理解が出来ませんでした。これを読んで、薬がなんとかヤマユウさんの命を繋いでくれたんだとも感じました。生きることに耐えられなくなった人たちにとってヤマユウさんの存在は大きな光だと思います。これからのご活躍をお祈りしています。
救いがある事を知っているのと知らないのでは天と地ほどの違いがありますね。ヤマユウさんお話ありがとうございます。読ませていただき様々な感情で泣きそうになりました。
ODや自傷、家出。
それは弱さではなく、誰にも気づかれなかった苦しさの表れかもしれません。
殴られなくても、心は傷つきます。外からは見えない心理的虐待の中で、助けを求める声は届きにくい。
苦しさを比べず、そっと支援につながる社会であってほしい。
