「自己責任」から「ギャンブルの害」へ 巨大なギャンブル産業に立ち向かうイギリスの依存症支援
「ギャンブルによる被害」は、決して一部の人に限られた問題ではないーー。いま、イギリスでは、ギャンブル問題の根源を「個人の弱さ」から「ギャンブル自体の危険性」へとして捉える試みが広がっている。
イギリスの現在地を照らし、日本の明日へのヒントを探るべく、2026年6月29日開催の「英国議会訪問および英国ギャンブル依存症視察報告会」(公益社団法人ギャンブル依存症問題を考える会 主催)の講演レポートをお届けする。

公開日:2026/07/08 02:16
講演を務める岡山精神保健医療センター代表の橋本望さんは、約10年ほど前にキングス・カレッジ・ロンドン精神医学・心理学・神経科学研究所にて依存症学の修士課程を修了し、2026年の春に再び同地の視察を行った。
前編では、橋本さんの現地報告から、イギリスのギャンブル依存症の現状とその支援を追う。
(文:遠山怜)
依存症の焦点は「自己責任」から「ギャンブル自体の害」へ
今回の訪問で、橋本さんは約10年前のイギリスとの違いに驚かされたという。その変化の一端は、クリニックの名称に現れていた。
橋本さん:私は以前、「ナショナルプロブレムギャンブリングクリニック」という施設で研修を受けていました。
当時、イギリスの公的医療制度「ナショナルヘルスサービス」(国民保健サービスのこと。通称・NHS)において、ギャンブル依存症専門クリニックはイギリス全体で1カ所しかありませんでした。しかし現在では、NHSの専門クリニックは15か所にまで拡充されています。
(脚注)ナショナルヘルスサービス(NHS):イギリスが提供する原則無料の公的医療制度。診察に加え、外科手術等も対象となるが、現在は利用資格に一定の制限が設けられている。


私が今回の視察で一番衝撃を受けたのは、施設を総称する名称が変わっていたことです。とくに感心したのが、「ギャンブリングハームズクリニック」という名称のクリニックです。

橋本さん:「ギャンブリングハームズ(Gambling Harms=ギャンブルの害)」という名称には、「ギャンブル自体に害がある」という意味が込められています。これまで、ギャンブル産業は、依存症の問題を「個人が節制すべき」として、個人に責任を負わせてきました。
しかし、「ギャンブリングハームズ」という名称には、「ギャンブル産業自体に危険性がある」ことを前提としています。こうした施設名の変更ひとつ取っても、イギリスでのギャンブル問題の位置付けが変わりつつあると感じました。
日常化するギャンブル、広がる新たな取り組み
では、「ギャンブルによる害」は、どこで生じているのか。橋本さんは現地で、スポーツ産業や日常生活のすぐ隣に、ギャンブル産業が待ち構えている様を目撃した。
イギリスのサッカー、プレミアリーグの名門・リバプールFCのオフィシャルショップを出ると、道路を挟んだ向かいにはギャンブルショップがずらりと並び、物々しい様相を示していた。

橋本さん:「リバプールFC」店舗の真向かいに、こうしたギャンブル施設が乱立しています。しかし、これは氷山の一角です。日本と同様、イギリスでもギャンブル産業はオンライン化が進んでいます。潜在的なギャンブル層はもっといると思います。
橋本さんが訪問した「ギャンブリングハームズクリニック」は、総人口約25万人の小さな町に位置する。クリニックでは、心理士による対面カウンセリングなどを提供する一方で、ある問題に直面している。それは、地域一帯の支援ニーズが、クリニックのキャパシティをはるかに超えていることである。

橋本さん:同クリニックの年間総受入上限数は400人ですが、周辺地域の潜在的な要支援層は17万人超いると考えられています。治療施設での対面支援では、到底ニーズに追いつけません。そこで、クリニックでは独自のオンライン版認知行動療法を開発し、利用者に提供しています。
利用者は、自宅のパソコンから好きな時間に認知行動療法のプログラムが受けられます。基本的にプログラムは自主学習で進め、15週間に3〜4回、約15分間、スタッフによるレビューを受けることができます。これにより、支援者の負担を極力軽減しつつ、良質なプログラムを幅広い患者さんに提供することが可能になっているそうです。
なお、プログラムの元になった書籍は、日本では『ギャンブル依存のための認知行動療法ワークブック』(金剛出版)として翻訳本が刊行されています。


加えて、プログラムの特徴は「再発」を「失敗」と捉えない点にある。
橋本さん:プログラムには、利用者がその時点での目標や進捗を記録できる機能があります。日々の記録を振り返ることで、自分の行動や変化を客観的に見つめ直すことができます。
また、目標設定は利用者自身が行います。いつまでに何を目指すかは利用者が自由に決めることができ、必ずしも「今すぐ完全にギャンブルを断つ」ことを目標にする必要はありません。
プログラムでは、再発は「人生という旅の過程」で起こり得る出来事の一つとして位置付けられています。回復とは完全にギャンブルを断つことだけを意味するのではなく、賭ける金額や頻度が減ることも回復の一過程として捉えられています。
このような現実的で継続しやすい目標設定や評価の仕組みにより、利用者が挫折感を抱きにくく、それぞれの回復の歩みを続けられるよう、工夫されています。


また、プログラムにはヘルプライン機能が搭載されており、独学で困ったらクリニックのセラピストに電話相談できるようになっています。それでも解決できない場合は、対面治療に移行します。サイト上でセラピストの予約を取ることもできます。申し込んでから1週間以内には、予約が取れるよう調整しているそうです。
以前は、こうしたクリニックは予約から最低3ヶ月待ちは当たり前だったので、かなりの進歩だと思います。実際、この仕組みによりDNA(did not arrive:予約したがキャンセルの連絡なく当日受診しなかった)率が16%まで減ったそうです。
巨大なギャンブル産業に立ち向かう
ただし、支援の入口を広げるだけでは、ギャンブル被害は減らない。依存性を持つ新たなサービスは、手を変え品を変え、市場に投下され続けている。そのため、イギリスでは、臨床現場から政策提言へ踏み込む動きも強まっている。次に紹介する「ノーザンギャンブリングクリニック」は、「治療」のみならず、「予防対策」にも力を入れている。
橋本さん:「ノーザンギャンブリングクリニック」の代表、マット・ガスケルはギャンブル支援への貢献で大英帝国勲章メンバーを授与されています。彼は臨床支援のみならず、ギャンブル産業への政策提言を牽引する、中心的な人物です。
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ギャンブル産業における収益は、国家や行政、関連企業の重大な資金源でもあります。ギャンブル被害を負った当事者や家族は、そうした巨大な権力と戦わなくてはならない。マットは、これを聖書の「ダビデとゴリアテ」になぞらえつつ、それでも「真実と証拠、そして正義は私たちの側にある」と語っています。
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(脚注)ダビデとゴリアテ:旧約聖書に登場するエピソードの一つ。体格や武器に劣る羊飼いの少年ダビデが、巨人兵ゴリアテに投石器の石一発で勝利する。転じて、強者に弱者が知恵や勇気で立ち向かい勝利することを指す。
クリニックの「ギャンブル被害者を勇気づけ、支える」という理念は、面談による現状評価(アセスメント)にも反映されている。当事者は、支援者と一緒に人生を振り返り、「なぜギャンブルが必要だったのか」「何を失い、何を取り戻したいのか」を、ともに整理していく。
橋本さん:治療で重視しているのは、ギャンブルによって奪われた価値観や人生を再発見し、それを取り戻すことにあります。この過程は、「動機づけ面接」の理念にも通じており、まさに、「当事者中心型」の支援を実践していたのです。

(脚注)動機づけ面接:医師・心理士など専門家が問題解決の方法を一方的に押し付けることなく、当事者の「変わりたい」という内発的な動機を引き出し、自発的な行動変容を支える心理学上の対話手法。主に依存症治療の導入として、幅広い国々で取り入れられている。

支援者と当事者が共通の理解に立ったところで、支援者から依存症になるメカニズムについて説明が行われます。「依存症になったのは、あなたのせいではない」というメッセージを伝えた上で、治療では、ギャンブルによって失われた大切なものを一つずつ取り戻していくことになります。
また、面談による現状評価(アセスメント)の内容は、「手紙」として本人に持ち帰ってもらいます。家族に見てもらうことで、その場にいなかった家族にも、当日の様子を知ってもらうことで、クリニックの治療方針や本人の状況、依存症への理解について認識を共有できるよう、工夫されているのです。
クリニックでは、依存症からの回復を支えるため、さまざまな工夫が凝らされている。しかし橋本さんは、ギャンブルによる深刻な被害の多くは、「依存症の一歩手前」ともいえる段階で生じていると指摘する。
橋本さん:オーストラリアの研究によれば、ギャンブル被害の85%は、依存症の診断基準を満たさない人からのものであると言われています。依存症と診断される一歩手前の「小さな害」でも、人数が多ければ積もり積もって、社会全体の大きな損失につながるのです。
マットは、「誰もが潜在的な被害者である」という認識を社会に広げ、予防につなげていく必要があると訴えています。ギャンブル産業がもたらす被害に向き合うには、社会全体が「一部の人の問題」ではなく、「誰もが関係する問題」として捉え直さなくてはなりません。
イギリスは、依存症の原因を「個人」だけに求めるのではなく、ギャンブル産業の構造にも目を向け、国や自治体、ギャンブル事業者にも支援と予防の責任を求める方向へと政策が転換しつつある。
では、その変化を担っているのは誰なのか。
(後編に続く)
