Addiction Report (アディクションレポート)

アメリカでギャンブルはどのように広がり、規制されてきたのか? 

大谷翔平選手の通訳をしていた水原一平氏がギャンブル依存症であることを告白し、大谷選手の口座から、違法なスポーツ賭博の胴元に6億8000万円を送っていたとされる問題。アメリカでギャンブルはどのように扱われてきたのでしょうか?アメリカのギャンブル事情を調べました。

アメリカでギャンブルはどのように広がり、規制されてきたのか? 
自由と規制の間でさまざまな位置付けをされてきたアメリカのギャンブル事情(写真はイメージです)

公開日:2024/04/01 02:31

17世紀に数学者が偶然のゲームに統計的秩序をもたらして、ギャンブルに革命が起きた。プロのギャンブラーは、オッズを知ることによって安定的に利益を上げることができるようになり、詐欺師と呼ばれなくなった。

他方、ギャンブルは違法薬物や売春のような同意の上での犯罪と同じく、客たちを崖から突き落とすことがある。それは、その人がどれだけ崖に近づいていたかによるが、より広いセーフティネットを持っている経済的・社会的に恵まれた人びとと違って、ギリギリのところで生活している者にとっては災難はすぐそこまで迫っている。そのような人びとは、ギャンブルによってどんどん悪化していく状況を打開するために、犯罪に手を染めることがある。

大谷翔平選手(米大リーグ・ドジャース)の通訳をしていた水原一平氏が、みずからギャンブル依存症であることを告白した。しかも、彼が大谷選手の銀行口座から6億8000万円ほどを違法スポーツ賭博のブックメーカー(胴元)に流したとされている。現在FBIと日本の国税庁にあたる内国歳入庁(IRS)が捜査にあたっている。

水原氏が大谷選手の口座からどのようにして巨額の金を送金したのかという点についてはまだ不明な部分があり、それによって罪名や刑事処分の内容も違ってくる。ただ、今回の事件の背景にはギャンブル依存症とスポーツ賭博の問題があることは確かである。そこで、アメリカにおけるギャンブル事情について調べてみた。(園田寿・甲南大学名誉教授)

植民地化、名門大学の経営、宗教…ギャンブルに頼ってきたアメリカの歴史

植民地時代からアメリカ人は、ギャンブルに対して深くて激しい愛憎の念を抱いてきた。

1612年に植民地建設を目的としたイギリスの企業「バージニア・カンパニー」は、植民地化に要する費用を宝くじ(lottery)で捻出した。

名門大学、コロンビア大学やハーバード大学、イェール大学なども、建学の初期には宝くじに大きく依存した。

この傾向は建国後も続き、1831年には8つの州で連邦予算の5倍以上の収益があった。カジノは合法ではなかったが、競馬やカードゲームに多くの人が集まった。クエーカー教徒を除く他の宗派も宝くじライセンスを付与されて潤い、教会の建設や布教などの費用に使ったが、聖書はこの問題については沈黙していた。

宗教復興でギャンブルに制限、アンダーグランド化

ところがその後、ギャンブルに対する宗教的敵意が宗教復興の中で起こった。道徳主義者が、ギャンブルや遊園地、競馬、安息日違反(日曜日の就業)を制限する法律を次々と制定していった。

また、1870年代に当選番号の不正操作や役人へのライセンス目的での贈賄などのスキャンダルが相次ぎ、宝くじを含むすべてのギャンブルが厳しく取り締まられ、ギャンブル一般が全米で事実上禁止状態になった(競馬は3つの州だけで認められた)。

こうしてゲームはアンダーグラウンドに浸透していった。

ただし1880年代に自動販売機が発明され、最初はガムやチョコレートなどが販売されたが、すぐにその無邪気さは失われ、ギャンブルに転用された。

ほとんどの酒場で朝から夜まで大勢の客が囲んだマシンからは、葉巻や酒が、そしてそのうち賞金が出てくるように改良されていった。客がコインを投入口に入れることから「スロットマシーン」と呼ばれた。

当り率は歯車で巧妙に調整され、報酬への不確実な期待が強い興奮を引き起こした。大当たりになっても賞金はすぐに酒に化けて友人たちの乾いた喉に消え、酒場の主人が唯一の勝者となった。

「マックギャンブリング」(McGambling=Machine-Gambling)と呼ばれる機械賭博は、消費者の弱みを搾取しならが客をマシンに長時間釘付けにした。機械賭博はのちにデジタル化され、カジノ業界を席巻した(日本のパチンコ業界も同じである)。

宗教運動に率いられた改革派は、1917年までにほぼすべての競馬場を閉鎖する州法を可決した。悪徳取締りの厳格化である。

しかし、禁酒法時代(1920年代)のアルコールがそうであったように、賭博場は闇で栄え、マフィアを太らせた。悪徳を排除することの道徳的正当性はもっともだったが、それが野心的になりすぎるとどんな悪いことが起こるかを示す良い教訓になった。

大恐慌の影響で再び資金稼ぎの手段へ

そんなところに大恐慌(1929年)が起こった。ギャンブルを悪徳とみなすことから、資金稼ぎの手段として活用することへと政策態度が変化していった。

不況の影響は、一部の都市で教会や慈善団体が行う資金集めのための宝くじを合法化し、21の州で収入源としての賭博場を合法化し、競馬も復活させた。ラスベガスで有名なネバダ州は、経済的救済のためにほとんどのギャンブルを合法化した。ただし、他の州ではギャンブルじたいはまだ違法のままだった。

闇で続いたギャンブルは、取り締まりに当たる警察に深刻な組織的腐敗を生み出した。とくに禁酒法時代にはマフィアを中心とする犯罪組織が違法賭博の供給者であり、ギャンブル禁止の政策はそれが生み出した問題そのものによって支持された。

ところが今度は、1950年に勃発した朝鮮戦争の戦費を調達するために、議会はすべてのギャンブルの賭け金に10%の物品税を課し、賭けに従事する従業員には50ドルの職業税を課した。違法なブックメーカーであっても、賭け金の総額に応じた税を支払うことが求められた。

ギャンブル政策の流れが変わり、宝くじは1964年にニューハンプシャー州で正式に復活した。その後、ニューヨーク州をはじめとして、10の州が新たに宝くじを売り出した。

政府や非営利団体にとって重要な現金収入源となった宝くじは、20世紀後半に急速に拡大した。1970年から1988年にかけて、アメリカの宝くじの売り上げは年平均31パーセントも伸びた。

現在、州営の宝くじを含めて48の州で何らかのギャンブルが認められている(例外は、州発足前からギャンブルが非合法だったハワイと、州憲法でギャンブルを禁止しているユタ州である)。ただし、カジノはそれほど普及していない。カジノが州全体で合法となっているのはルイジアナ州とネバダ州だけであり、カジノスタイルのギャンブルを許可している州であっても、狭い地域に限定して認めている。

こうして20世紀の後半には、アメリカは限定的なギャンブル合法化の国から、合法なギャンブルが一般的な国へと変貌を遂げた。今ではほとんどの州で、何らかの形でギャンブルが合法化されている。ギャンブルは、日常生活の身近な背景となった。

「スポーツ賭博」にもかかった規制

水原氏の問題で注目を集めた「スポーツ賭博」だが、ギャンブル一般が合法であっても、2018年まではほとんどの州で「スポーツ賭博」は違法だった。八百長の恐れがあり、スポーツイベントの娯楽性をギャンブルが損なう可能性があるからである。

しかしそれにもかかわらず、人びとはスポーツ賭博に熱くなった。それは、規制や監視を避けて繁栄した地下ビジネスだった。ギャンブル好きの客は、利用できる合法な選択肢がほとんどないため、違法な組織を利用せざるを得なかった。また、スポーツ賭博のライセンスに絡んだ贈収賄スキャンダルは、スポーツイベントの誠実性にも疑問を投げかけた。

1992年に制定され、各州がスポーツ賭博を合法化することを禁じた「プロ・アマスポーツ保護法(PASPA)」は、このスポーツ賭博の合法化の流れを食い止める切り札だった。つまり多くの州がスポーツ賭博を合法化する法律を可決する前に、スポーツ賭博を根絶することが目的だった。

PASPAに違憲判決 スポーツ賭博が主要スポーツで広がる事態に

しかしPASPAが制定されてからも、ギャンブルはますます娯楽の形態として受け入れられるようになっていった。ほとんどの州が宝くじを提供し、その半数以上には合法のカジノがあったからである。

その流れを劇的に後押ししたのが、2018年に連邦最高裁が下したPASPAに対する違憲判決だった(「マーフィー対全米大学体育協会」事件)。判決の内容を簡単に説明すると、こうである。

アメリカ合衆国は、1776年に13の州がイギリスから独立して誕生した。その際、各州は外交や安全保障、通貨、税、郵便などの固有の権限を連邦に委譲して連邦国家が成立した。州内の犯罪については州に権限が留保されたが、州を越える犯罪は連邦の管轄となった。PASPAは、各州が州内においてスポーツ賭博を合法化することを禁止していたが、これが連邦政府の越権ではないかと問題になった。連邦最高裁は、PASPAが連邦議会が州に対して法律制定を強要できないことを定めた合衆国憲法修正第10条(「反徴用原則」)に違反していると裁決したのだった。

このマーフィ判決が全米のスポーツ賭博の状況を劇的に変えてしまった。マーフィー判決後、米国のスポーツ賭博収入は58億ドルに達すると見積もられている。

PASPA が廃止されて以来、アメリカの 4つの主要プロスポーツリーグ(※)は、すべてスポーツ賭博運営会社と提携している。各リーグはスポーツ賭博との対決姿勢から、厳重な管理の下でそれが生み出す収益の受け入れへと180度方針転換した。

※メジャーリーグ・ベースボール(MLB)、ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)、ナショナル・バスケットボール・アソシエーション(NBA)、ナショナル・ホッケー・リーグ(NHL)

州も、スポーツ賭博のライセンス供与と課税、つまり厳重な管理が州に利益をもたらし、常連客にもより良い安全な消費環境を提供すると信じている。この発想は、最近のマリファナに関する規制緩和の動きと同じである。

オンラインギャンブルや州をまたいだギャンブルには制限

現在、連邦法はギャンブルそれ自体を禁じてはいないが、連邦最高裁が、スポーツ賭博を容認するべきであるという理由でPASPAを覆したのではないことには注意すべきである。各州は州内でのギャンブルを自由に規制または禁止できるが、州間ギャンブルやオンラインギャンブルに関してはなお重大な制限がある。

2006年の違法インターネットギャンブル取締法(Unlawful Internet Gambling Enforcement Act、UIGEA)は、オンラインギャンブルを特に禁止してはいない。だが、連邦法または州法の下で違法とされる賭け(「制限取引」)に人が参加することに関連して、オンラインギャンブルを提供するプロバイダーが関与する金融取引が非合法化されている。

今回の水原氏の行動に関していえば、彼がスポーツ賭博を禁止しているカリフォルニア州で賭博を行なったことが問題なのである。

ギャンブル依存に関する政府の軽さ

アメリカでは、すでに20世紀後半の賭博取締りは、象徴的なものとなっていた。日本の賭博罪では道義的な観点から賭博行為が問題とされるが、アメリカでの賭博取締りは、そのほとんどが汚職絡みであり、またスポーツ賭博に関しては、ゲームの誠実さを担保するためである。

ギャンブルそのものを犯罪化する必要があるという考えは、裕福な社会がより多くの自由を行使する方策を模索するうちに単純に消滅していった。適度なギャンブルはほとんどの人にとって無害な娯楽であることは明らかであり、禁止のための私生活への国家の介入は確かに無意味で不当なものに思える。

しかし、病的なギャンブル依存は、異常に強い渇望と制御不能を特徴とする破滅的な形態の悪習として現れ、薬物やアルコールによる物質依存症と似た行動症である(「精神障害の診断と統計マニュアル=DSM-5」)。

薬物依存症ならば周囲は容易に気づきやすいが、ギャンブル依存の場合は、就寝前のベッドの中でスマホを操作して数百万円失っても周囲の者は気づきにくい。本人はその負けを取り戻そうと、さらに孤独の中で崖を滑り落ちていく。

薬物にしろギャンブルにしろ、その歴史は「大脳辺縁系資本主義」(limbic capitalism)の歴史そのものである。「それは技術的には進歩しているが、過剰消費と一部の依存症になったヘビーユーザーによって支えられた社会的には退行的なビジネスシステムである」(デビッド・コートライト)。

連邦政府は合法化されたギャンブルから莫大な税収を得ている。その額は目が釘付けになるほど衝撃的である。にも関わらず、依存症に関するこの国の軽さはどうだろう。何と無責任なことだろうか。これは日本でもまったく同じことなのである。

【参考文献】

Berman & Kreit=Marijuana Law and Policy, CAROLINA ACADEMIC PRESS, 2020, pp. 62-65

DAVID T. COURTWRIGHT, THE AGE OF ADDICTION, THE BELKNAP PRESS OF HARVARD UNIVERSITY PRESS, 2019

J.R.Pliley, R.Kramm, H.F-Tine, Global Anti-Vice Activism, 1890-1950 -Fighting Drinks, Drugs, and "Immorality", Cambridge University Press, 2016, pp. 1-29

R.J.MacCoun & P.Reuter, Drug War Heresies:Learnig from Other Vices, Times, and Laoces, Cambridge UNIVERSITY PRESS, 2001, pp. 128-143

Gambling In America

"The Professional and Amateur Sports Protection Act (PASPA): A Bad Bet " by Eric Meer

Jill R. Dorson, What Is PASPA, The Federal Ban on Sports Betting?

David Hoppe「PASPA無効化がスポーツ賭博に及ぼす影響」 - Gamma Law(日本語)

※web上の資料については、すべて2024年3月39日に確認した。

コメント

1ヶ月前
匿名

まさに私の息子がこれだ。

気づかなかった自分を責め、孤独と不安の渦中の息子を責めた。

薬物依存症ならば周囲は容易に気づきやすいが、ギャンブル依存の場合は、就寝前のベッドの中でスマホを操作して数百万円失っても周囲の者は気づきにくい。本人はその負けを取り戻そうと、さらに孤独の中で崖を滑り落ちていく。

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