Addiction Report (アディクションレポート)

「助けてあげられなくてごめん」。罪として体に刻んだ自傷痕。それでも彼女は前に進むと決めた

子どもを亡くした罪悪感からはじまった自傷行為。罪を忘れてはいけないと語る彼女は、それでも傷跡治療を受けると決めた。二度の手術を経て見えてきた、トラウマを抱えること、手放すこと。

「助けてあげられなくてごめん」。罪として体に刻んだ自傷痕。それでも彼女は前に進むと決めた
画像はイメージです

公開日:2024/12/23 02:00

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リストカットや根性焼きは、「自分を意図的に傷つける行為」のなかでも、とりわけ「痕跡が残る」という特徴がある。そのためか、当事者にとって傷跡は、単なる怪我の後遺症ではなく特別な意味を帯びていることがある。


西山佳奈さん(仮名)は、傷跡を目立たなくする外科治療に挑んだひとりだ。自傷行為を始めたのは、十年程前のこと。きっかけは、二人の息子を亡くしたことだった。


「私にとって傷跡は、罪の証みたいなものです。あの子たちを助けられず、自分だけぬくぬく生きていることが、心底許せなくてやったこと。だから、その痕跡を消そうなんて思いもしませんでした。自分だけ苦しみから解放されていいわけないって、ずっとそう思ってたんです」


トラウマを抱えること、手放すことについて彼女の経験から迫りたい。


ずっと誰かのために生きてきた


「きっかけは全部、偶然だったんです」。


二度にわたる外科手術を受けるにいたった背景を、西山さんはそう語る。自傷痕の専門的な治療を受けるために、年に何度か遠方から東京まで足を運ぶ。手術に踏み切ったのは、なかば成り行きだという。


「自分の傷跡を消そうとは全然思ってなかったんです。私は医療従事者なので、周囲の悩んでいる患者さんの役に立つ情報はないか、調べてたんです。それで、傷跡治療をしている病院があると知って、問い合わせたのが始まりです」。


すると、病院から返答があり、西山さんはクリニックで術前カウンセリングを受けることにした。あくまで患者さんのために、と話を聞くうちに、自分にも傷跡があると口にしていた。


「傷跡を消すつもりはない、私は大丈夫と言ったんですが、担当医と何度か話をしているうちに仮予約を入れることになって。先生の手前、予約は取ったけど後ですぐキャンセルしようと思ってました。でも先生から、励ましの連絡が度々あって、ぐずぐず悩んでいるうちに手術当日になってました」。


当初、治療を断ったのは、自分のために行動することに罪悪感があったからだという。西山さんは虐待を受けて育っている。早くに家を出て手に職をつけ、20代で結婚、出産。やっと手に入れた温かい家庭を守るべく、西山さんは自分の時間や労力を惜しみなく捧げた。

しかし、幸福は突然終わりを告げる。歩けるようになったばかりの長男が、事故に巻き込まれ夭逝したのだ。


「もうずっと、なんであの子がって、自分を責めてました。だから、お腹のなかに次男がいるとわかったとき、今度こそは、絶対に絶対に守り通すんだって、誓ったんです」。

封印された記憶


順調に大きくなっていく次男だが、突然の病が発覚する。仕事を投げ打って付きっきりで看病にあたったが、治療の甲斐もむなしく、幼い命は再び奪われてしまった。西山さんは、子どもを守れなかった自分を深く責めた。医療従事者の身で死にたいと思うなんておこがましい、ただ、自分を殺してやりたかった。両腕に走る傷は、そのときにできたものだ。


「夫と別れて職場に復帰してからも、自分の腕は見られなかったですね。見ると全部思い出すから。あの子たちが死んだ瞬間、抱いた骨壷の軽さ、焼却炉にたなびく煙。死の衝撃に圧倒されてしまう。でもそれは、自分の罪の報いだと思ってました」。


傷跡を抱えて生きよう。手術の仮予約を入れてからも、過去を償い続けるという決心は揺らがなかった。しかし、いざキャンセルしようとすると、あることが気掛かりになった。傷跡を罪の証として抱え続けるうちに、ふと思い出す子どもの姿は、死に関連したものばかりになっていた。


「あの子たちは、死ぬ直前まで頑張って生きていた。せめて、いい形で思い出してあげたい。生きていたときの片鱗を、ちゃんと持っておきたかったんです」。

自分のためにここまで来た


なかば勧められるままに手術当日を迎えたが、迷いや葛藤は二度目の手術後まで続いたという。


「もう片方の腕を治療するときも、ギリギリまで悩みました。キャンセルしますというメールの下書きを何度書いたことか。手術を受けたら、傷跡が今より綺麗になるとわかってます。でも、過去が変わるわけじゃないから。あの子たちを死なせた事実から、逃げていいわけない」。


「手術後は、ついにやったんだなと思いました。とうとう過去から逃げたんだって」。


心が後ろめたさに引きずられる一方、体は勝手に回復にむかっていく。西山さんが受けた手術では、自傷痕を目立たなくさせるために、皮膚の剥離と移植を行う。腕は手術後こそなまなましい様相を呈していたが、炎症が徐々に落ち着き、やがて、やけどのような痕になった。治療をはじめて2年が経過していた。


「経過観察のために東京で一泊したとき、ホテルの部屋でふと思ったんです。私、これだけのことを、子どもたちのためではなく自分のためにしたんだなって。飛行機ではるばる東京まで行って、大きな手術を受けて、知らない街に一人でいる。自分のために何かをしたのは、初めてかもしれない」。


育児に家事、患者さんのケア。いつも誰かのために頑張ってきた。自分を優先したのは何十年ぶりだろう。自分を痛めつけることではなく、大事にするために。

手放すことで戻ってきたもの


「しばらくしてから、抵抗感なく自分の腕を見ることができる、と気づきました。前は、体を洗うときは目をつぶっていたのに、見てもなんとも思わなくなった。そのかわりに、あの子たちのことをふと思い出すようになりました。名前を呼んだときの振り向いた顔とか、おどけるような仕草とか。もう、何年も忘れてしまっていた」。


死の重しから解き放たれた記憶は、生き生きとした瞬間のまま、西山さんの胸に今も輝いている。


「治療を通じて、人と話すことで自分のことが見えるようになってきたんだと思います。最中はそれどころじゃなかったけど、あの時はつらかったんだなって。私は人をケアする立場だから、心の深いところはずっと誰にも打ち明けられなかった。私が殺した、私のせいだって抱え込むしかなかった」。

「でも、人と出会って過去を話すうちに、自分のせいだけじゃなかったんだって、思えるようになりました。担当してくれた医師は、『ダメだよ、生きなきゃ』って言ってくれた。クリニックのスタッフさんは、いつも私を受け入れてくれた。人とつながるなかで、心の傷跡が癒えてきたんだと思います。本当につらいとき、人に会うのは難しいですけどね」

抱えること、手放すこと


同じく傷跡に葛藤や罪悪感を抱える人に、何か伝えたいことはあるかと聞くとこう答えてくれた。


「自分は結果オーライでしたけど、少しでも迷いや後ろめたさを感じるなら、治療しなくてもいいのではと思います。治療を選んだ今の自分を、責めてほしくないから。人によっては再発する可能性もあるし、無理に前を向かなくても。結果として、手術しなかったとしても、その方が心が安定するならそれでいいんだと思います」


トラウマや罪悪感を抱えたまま生きることは苦しい。しかし、苦痛を抱え続けることで、大切なものを惜しんだり、大事な価値観を守ったりすることもできる。西山さんは、罪を抱えつつも前に進むことで、かけがえのない記憶を取り戻すことができた。


「子どもたちには、『お母さん頑張ったよ』って言いたいな。でも、一生懸命生きられなくて、ごめんなさい。あなたたちを理由に苦しむことで満足してた。自分を大事にできなくて、本当にごめんね」


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コメント

3日前
QOO

母親として、2人も自分よりも大切だと思える子供を失った辛さ。計り知れないと思います。また、医療従事者に多いと感じますが、何となく抱え込んで誰かに相談したり、頼ったりするのがなかなか出来ないところがあるのかなと思いました。

話す事で、自分を客観的に見られるようになる。

自分のことを話すという事は、とても大切だと私も思います。

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