「母は“毒親”じゃないし、虐待も受けてない」20代で二児の母、30代で復職ーーそれでも私には、リストカットが必要だった
東原月子さん(仮名・44歳)は、夏でも長袖を着ている。通信制高校で教師として働きながら、二人の子を育ててきた。生徒や同僚からの信頼は厚い。
しかし、自傷行為が今も続いている。

公開日:2026/02/13 02:00
東原さんの朝は早い。同居している娘と自分の朝ごはんを手早く用意し、出勤の身支度を整える。
テレビの天気予報が酷暑を告げる日でも、必ず出る前にカーディガンかパーカーを羽織る。
猛暑のあまり、皮膚がかぶれることもあるがそれでも半袖は着ない。
「傷があると知られたくないんです」そう話す東原さんが、今回取材に応じたのには、はっきりとしたきっかけがあった。
「募集テーマの“大人のリストカット”って言葉に、衝撃を受けたんです」
(取材・文:遠山怜)
「そんな人はいない」とされた世界で
その場ですぐ問い合わせを開き、今に至る。
「今までそんな単語、見たことなかった。普通、リストカットって、思春期の若者がやるものと思われてるじゃないですか」
自傷をやめるヒントがないかと、これまで何度もネットで検索してきた。だが、画面に並ぶのは「信頼できる大人に相談しよう」といった、子ども向けのメッセージばかりだった。
「……ああ、そうか、って」
そもそも、“いる”と思われていない。画面を延々とスクロールして、諦めた。
「もし、同じような人が他にもいるなら、話を聞いてみたいと思ったんです。どういうときに自傷したくなるのか、どんな出来事があったのか。共感してみたい」
「どうして私は、今でも引きずっているのか。知りたいんです」
「おとなしい良い子」の裏側
元夫と離婚後、引き取った二人の子どもは、すでに成人している。それぞれ大学や仕事に忙しく、家を空けることも多い。「東原さん自身は、どんな子どもでしたか」そう尋ねると、少し間があいた。
「親に虐待されたわけでもないし、学校でいじめられたこともありません。本当に、普通だったと思います」
表立った問題はない。けれど、「どんな子どもだったか」と聞かれると、言葉に詰まる。
「他人の顔色ばかり窺って、言いたいことを言えないタイプでした」
休み時間、誰と一緒にいるかで迷ったことはなかった。「あの担任、ムカつくよね」と誰かが言えば、「わかる」と相槌を打つ。「これ、かわいくない?」と聞かれれば、すぐに褒めた。
成績は悪くなく、言われたことはきちんとやる。クラスメイトからも教師からも、評判は良かった。けれど、「どんな子か」と聞かれると、みんな一瞬黙る。
しいて言うなら、「おとなしい子」。母親からもそう思われていた。
「母は一言目には、『月子には幸せになってほしい』と言い、私のことを心配していました」
母親は娘の、とりわけ将来を案じていた。
中学の頃、進路希望の欄に勇気を出して「福祉関係」と書いた時は、母親からすぐさま公務員に書き直すよう、求められた。
どこで知ったのか、初めて気になる人ができた際は、いつの間にか相手の学歴を調べ上げ、「女性は格下の男性と付き合うと不幸になる」と、長々と諭した。
生活のあちこちについて回るアドバイスは、「月子のため」という言葉とは裏腹に、母自身の過去に向けられているように感じられた。
「母に本心を知られてはいけないと思っていました。一緒にいるときは、素を出さないように、いつも気を張っていました」
周囲からは「何の問題もない家庭」に見えていた。けれど、心の中には、いつも暗雲が立ち込めていた。教職を目指したのも、「人の役に立つことで、生きがいを見つけられるかもしれない」と思ったからだった。
トレーナーの下に隠した反抗心
20歳の頃、大学の心理教育の授業で、あるドキュメンタリー映像を目にする。画面には「自傷患者の様子」と表示され、ひとりの女性が映っていた。
女性は刃物を手に取り、服をめくる。ためらいもなく、そのまま刃を引く。周囲からは小さく悲鳴が上がった。
授業が終わっても、その場面が頭から離れなかった。
「怖いと思うと同時に、『痛みを痛みで帳消しにする』ことが、妙に引っかかったんです」
家に帰り、なにげなく机の上のカッターを手に取った。試しに、ほんの少しだけ腕に当ててみる。映像のように、強く刃を引くことはできず、引っ掻かれた程度の、ごく浅い傷がついただけだった。
それでも、これまでにない感覚が残った。トレーナーの下に隠した後も、なぜか特別な感じがした。
ピアスを開けただけで大騒ぎする母親には、もちろん何も言わなかった。
大学を卒業してほどなく、当時付き合っていた相手との結婚が決まり、妊娠していることがわかった。そこからの20代は、結婚、出産、二人の子どもの子育てに追われた。育児はほぼワンオペで、日々の生活に精一杯で、自分のことを考える余裕はなかった。
あのときの感覚は、しばらく忘れていた。
言語化では間に合わない
転機となったのは、30歳の頃だった。子どもが少し大きくなり、仕事への復帰を決めた。
学生時代と同じように、職場でも相手の顔色を読み、なるべく波風を立てないように振る舞った。けれど、それがなぜかうまくいかなかった。
あとになって、「どうしてあんな言い方をしたのか」と言われる。
別の日には、「なぜ断らなかったのか」と怒られる。
どうやら、社会人の人間関係には独特の“お作法”があるらしい。けれど、誰もそれを教えてくれなかった。
「育児も本当に大変だったけど、それと社会人としてのしんどさは、全然違いました」
仕事に加え、子どもが幼稚園に上がると、ママ友との付き合いも始まった。交友関係は広がったが、本音を言える相手はいなかった。疲れが溜まっていっても、母親や夫は理解を示さなかった。
「母に『死にたい』と漏らしたら、『親より先に死ぬなんて、親不孝もの』と言われました。夫は夫で仕事にかかりきりで、私には妻と母親の役割しか求めてなかった」
夫は仕事に追われていて、家庭のことはすべて自分任せだった。求められているのは、妻として、母として、きちんとしている姿だけだった。
友人と出かければ、「育児をサボっている」と言われる。子どもの成績が下がれば、「お前のせいだ」と責められる。
夫の仕事は順調で、周囲からは「素敵な旦那さん」と言われていた。けれど、一緒にいると、息が詰まった。
このままでは、何か取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。そう思ったとき、ふと自分の腕に目がいった。ひらめくと同時に、手が動いた。
仕事や育児で気持ちが追い詰められた日は、急いでトイレに駆け込む。カミソリを取り出し、皮膚に当てる。
破裂しそうだった心が、血と一緒に溢れ出たようだった。
「自分の中の、どうしようもない気持ちを吐き出すには、これしかなかったんです。他の方法では、換えがきかなかった」
切った後は、夫や母親に何か言われても、表情を崩さずにいられた。耐えてきた証は、この傷跡が証明してくれる。
最善ではないが、唯一の「手札」
結局、その後、夫とは離婚することになった。以来、東原さんは働きながら二人の子を育ててきた。
自傷行為は、今も続いている。それは「ストレス解消法のひとつ」だという。
「私にとっては、お酒を飲んだり、カラオケに行くのと同じです。仕事中にやろうとは思わないし、それで日常生活に支障が出ることもありません」
自分なりのルールを決め、仕事やプライベートの都合を見計らって行う様にしている。手当は、すべて自分で済ませる。
「外科手術が必要になるところまでは、切らないと決めています。人の手を煩わせるなんて、もってのほか」
一緒に暮らしてきた子どもたちから、傷跡について聞かれたことはない。どう思っているのだろうと考えることはあるが、答えは出ない。
成人期以降も自傷を続ける人は、決して少なくない。
海外調査では、経験者の約6割が医療・心理的ケアにつながっていないという報告もある。※1※2
支援を受けても、受け取れない
もっとも、東原さん自身も、何もしなかったわけではない。ネットで見つけた情報を頼りに、いくつかの医療機関に足を運んだ。
「薬を出してもらったこともあります。でも、ふらつきやめまいが出るだけで、気持ちはまったく楽にならなかった」
『気持ちの改善は見られない』と医師に伝えると、入院を勧められた。怖くなって、結局行かなくなってしまった。
カウンセリングも受けてみたが、なぜか話せば話すほど、気持ちが乱れてしまう。『肩に背負ったものを下ろしていきましょう』と言われた時には、思わずカッとなってしまった。
その場では理由がわからなかったが、あとになって気づいた。カウンセラーの左手に、結婚指輪が光っていた。
「勝手に、いろんなことを連想してしまったんです。この人は幸せそうで、私のことなんてわからない、って」
冷静に考えれば、こちらを気遣っての言葉だったのだろう。それでも、そう受け取ることができなかった。
一度だけ、職場の同僚に勇気を出して、自傷のことを打ち明けたことがある。腕の傷を、ほんの一瞬見せただけだった。相手は言葉を失い、ただ泣いていた。
「何かしてほしかったわけじゃありません。ただ、『つらかったね』って言ってもらえたら、それで十分だった」
その反応を見て、「もう、誰にも言わないでおこう」と決めた。それ以来、このことを話した相手はいない。
言葉が届くタイミング
人に、どう扱ってほしかったのか。今になっても、それははっきりとはわからない。
ただ、自分で心理学の本を読み進めるうちに、少しずつ腑に落ちる感覚があった。なかでも、「愛着障害」という言葉には、ピンと来るものがあった。
(脚注)愛着障害:イギリスの精神科医、J. Bowlbyが提唱した心理学の学説のひとつ。乳幼児期の養育者との間柄が、その後の情緒面や対人関係に影響を与えるとされている。
書籍には、幼少期に養育者との間で安心できる関係を築けなかった場合、その後の人間関係で不安を抱えやすくなる、と書かれていた。見捨てられる不安から、相手の顔色ばかりを読み、自分の価値を見失いやすい——そんな説明に、思わずページをめくる手が止まった。
「これ、私のことだなって思いました」
それまで、人から向けられる言葉を、信じていなかった。『過去は変えられないけど、未来は変えられる』なんて言葉は、鼻で笑っていた。しかし、今なら言葉通りに受け取れるかもしれない。

いま、東原さんは職場の研修の一環で心理学を学んでいる。同僚と一緒に、自分の気持ちを話したり、受け止めてもらうピアサポートを行っている。
リストカットなしにどうやっていけるのかはわからない。しかし、目を凝らせば、これからの人生の中にヒントを見つけられるのではないか。
「今度こそ、人からもらった好意を、ちゃんと受け取りたいです」
※1Moran, P., Coffey, C., Romaniuk, H., et al. (2012). The natural history of self-harm from adolescence to young adulthood: a population-based cohort study. The Lancet, 379(9812), 236–243.
※2 McManus S, Gunnell D, Cooper C, Bebbington PE, Howard LM, Brugha T, et al.
Prevalence of non-suicidal self-harm and service contact in England, 2000–14: repeated cross-sectional surveys of the general population.
