「寄り添い」だけでは何も変わらない 信田さよ子さんが語る依存症家族の具体的対応【後編】
本稿は、2026年2月22日に開催された第11回「薬物依存症者と家族オープンセミナー」のイベントレポートの後編である。

公開日:2026/03/08 02:00
後編では、「寄り添い」を具体的な行動に落とし込むためのヒントと、トークセッションの一部をレポートする。
底つき神話がもたらした悲劇
信田さんは、自身の臨床経験から、家族の「良かれと思って」が、大きな問題に発展したケースを目の当たりにしてきたと語る。そのひとつが、いわゆる「底つき神話」だ。
(脚注)底つき神話:依存症が進行し、精神的・社会的・経済的な観点でどん底になったことを契機に、本人が問題を自覚し、治療や回復に進むという考え。
(信田):「底つき神話の発祥は、アメリカのアルコール依存症の夫を持つ妻の自助グループだと言われています。彼女たちは、断酒に成功した人には共通点があり、生活に大きな変化が起きていたのではと考えました。たとえば、仕事を失ったり、家族が別居したりといったタイミングで、心を入れ替えたのではないか、と」
こうした“転機”の仮説は、やがて家族の行動指針として共有されていった。自分たちもそれに続こうと、夫との関わりを見直す家族も少なくなかったという。
妻たちは夫の自覚を促すべく、早く“底をつかせよう”と自宅を出て、週に何度か様子を伺うほかは関わりを絶った。その中で、悲劇は起きた。
(信田):「ある日、妻が家の電気が消えていることを不審に思い家に戻ると、すでに夫は亡くなっていたという事例が相次いで起きました。90年代の終わり頃、日本もアメリカと同様の報告が多数寄せられました。そうした経緯もあり、今の依存症臨床では『底つきを早めたり、ただ待ったりしているのではダメ』という認識に切り替わったのです」
(信田):「その一方で、底つき神話の崩壊は、今日の依存症治療の混乱にもつながっています。本人に代わって尻拭いをするのは良くない。でも、あなたの問題だからと早期に手を引けば回復するというものでもない。どうするべきか答えが出ないまま、臨床家は治療・支援に苦慮しているのが現状ではないでしょうか」
“毒親”概念が広がっても、燻り続ける家族の問題
近年、家族を語るキーワードとして、“毒親”という言葉が使われることは珍しくない。日本では90年代以降、毒親関連の本が多数出版され、「アダルトチルドレン」「トラウマ」といった専門用語が、一般層にも普及しつつある。
しかし、信田さんはこれらの用語の浸透が、必ずしも家族の問題に良い変化をもたらしたわけではないと語る。
(信田):「これだけ“毒親”という概念が広く知られるようになっても、親子関係は一向に変わっていないように思います。それどころか、子どもに無関心な親御さんが増えているのではないでしょうか。子どもの自傷やオーバードーズの問題に、そもそも気づいていない。もしくは、それは子どもの問題であって、自分には関係ないと思っている。実際、子どもの問題が発覚しても、『あの子はそういう子なんだから、しょうがない。自分でなんとかしてもらうしかない』と、距離を取ろうとする親御さんは少なくない」
また、子を持つ親が相談につながるきっかけとして、『毒親と言われた』『縁を切られた』と語るケースも少なくないという。しかし、信田さんはその裏側をこう分析する。
(信田):「中には、『私が何か悪いことをしたのかもしれません』と相談に来られる方もいます。しかし、ほとんどの場合、本音は別のところにある。『あの子は新興宗教にハマっているか、誰かに洗脳されているんじゃないか?』と。だから、親御さんは自分の振る舞いを見直そうというより、私があの子を助けてあげなきゃ、と使命感に駆られて相談につながっているのです」
信田さんは、絶縁の原因を外部に求める人たちを前に、グループワークを提供している。プログラムでは、母親の孤立した環境に理解を示しつつ、子どもとの関係のほか、配偶者との関係も見直すように促していく。
(信田):「子どもが何らかの問題を抱えている場合、ほぼ例外なく、夫婦関係が機能していません。子どもの問題に、夫婦で一緒に向き合おうとはならない。多くの夫は、妻の育て方が悪かったのだと母親のせいにします。加えて周囲や親族からは、ダメな母親だ、一家の恥と冷たい目で見られる。ですから、グループワークでは、まずはその孤立状態を緩和することを意識しています。その上で、子どもとの関係構築を主眼に置きながら、“夫との関係”にも焦点を当てていきます」

“寄り添い”は具体的な行動に置き換えて
信田さんによると、家族による依存症の対応は、具体的な対処法に落とし込むことが鍵を握ると言う。当事者に接する時、声掛けにはいくつか注意点がある。
(信田):「私を主語にして話す、ということを第一にしています。例えば、子どもがオーバードーズをしてしまった。それに気づいた親は、『どうして』とつい言ってしまう。『あんなに約束したのになんで』と」
(信田):「これは一見、相手に説明を求めているようにも聞こえますが、そうじゃないですよね。過剰服薬の理由は、聞いていない。相手を責めたい、今すぐやめてほしいという気持ちから出た言葉ではないでしょうか。でも、子どもの側からするとどうでしょう。理由を聞かれて素直に答えたのに、怒られて責められるわけですから、関係が余計にこじれてしまう」

本来、相手が自由に決められる範疇に踏み込まずに、自分の気持ちを共有するにはどうしたらいいのか。信田さんは、自分を起点にして想いを伝えることを推奨する。
(信田):「主語を私にして話してください。『どうして!約束したでしょ?』ではなく、『過剰摂取したと聞いて、私はつらい』と言い換える。心の中で思うだけではなく、ちゃんと言葉にして伝えてください。その場でとっさに言えないなら、あらかじめメモに書いておいて読み上げてもいいと思います。世間では、こうした配慮を“寄り添い”というようですが、これは気分や捉え方の問題ではありません。相手に寄り添う気持ちを、具体的な行動として表現することが肝要です」
信田さんのグループワークには、男性も参加している。しかし、こうした会話の工夫において、男性の抵抗感は強いと感じている。
(信田):「男性は、私を主語にして話すということが、苦手なようです。特に『つらい』『悲しい』という言葉が、本当に言えない。ですが、それでも手元のセリフを読み上げる形で構わないから、言葉で伝えてもらうようにお願いしています」
(信田):「『それじゃ、まるで演技じゃないですか』と言われることもありますが、私は、家族とは役割を演じる場だと思っています。家庭は、本音で話せる場所ではないのです。本音を漏らす場は、自分で外で見つけるほかないと思います。身内なんだからと、思うままに発言していたら、家族は壊れてしまうでしょう。他人行儀に徹するぐらいが、ちょうど良いと思います」
依存症の家族対応では、夫婦間で取り組み方の差が浮き彫りになることもある。特に、信田さんは夫側の協力を得られにくいとも指摘する。
(信田):「子どもの問題で悩んでいる妻に、『君の考えすぎじゃないの』『君が過保護にするからこうなったんだ』と、協力を示さない夫はとても多いです。一緒に問題に取り組もうとする夫婦は、全体の1割もいないのではないでしょうか。妻が依存症のプログラムや本を勧めても、『そんなもの読まなくてもタイトルで内容はわかる』『そんなことはとっくに知っている』とわかっている風を装う。妻が先導して始めたことに、後から乗ることに抵抗感がある。子どもの問題や妻の苦悩より、自分のプライドが第一優先になってしまう」
結果的に、取り組みを進めることで、親子関係が修復される一方で、夫婦関係も見直されていくケースも多いという。
悪化した時は行動に移し、良い変化には考えをめぐらす
続けて、依存行動が再燃した際には、明確な指針をもって対処することを推奨している。特に、「良い変化」と「悪い変化」が起きたときで、具体的な対応方針が大きく異なる。

(信田):「まず、悪い変化が起きたとき。例えば、市販薬の空き箱がゴミ箱から見つかったとき、『どうしてこんなことになるの』と、つい理由を考えがちです。私の子どもの育て方が悪かったの?あの時、もしああしていたら……となんで、どうしてを考えてしまう。しかし、理由を求めたところで、今の状況は何も変わりません。だったら、自分がこれから何をするべきか考えてほしい。誰に相談しよう?病院の予約は?と、直近の具体的な行動リストを考える」
悪い変化が生じたときは行動に移す一方で、逆に、良い変化が生じたときは、意識的に理由を考えてほしいと語る。
(信田):「たとえば、いつもは無反応な子どもが、朝『おはよう』と言った。多くの家族は、ここでスルーしてしまう。どうせまた裏切られるだろうと、ぬか喜びしないように気を引き締める人が多い。でも、良い変化が起きた時こそ、その理由を3つ考えていただきたい。1つではダメです。3つです」
(信田):「一つの理由だけだと、『なんとなく?』みたいな曖昧な答えになりがちです。でも、3つならどうでしょう?そこにぜひ、自分のアクションを加えてほしいんです。今週は自助グループに行ったから、私を主語にして話すようにしたから、とか。そして、自分の今の気持ちを相手に言葉で伝える。『それを聞いて、お母さんは嬉しい』でいいんです。それを続けること」
家族の仲を修復する際には、無理に馴れ馴れしくする必要はない。お互いに距離がある関係で良いと、信田さんは語る。
(信田):「何かをしてもらったら『ありがとう』。朝起きたら、『おはよう』。そういった、最低限の挨拶や会話をすること。なるべく、親子間でも丁寧語を使っていきましょう。それから、大事な話をする時は、公共の場で話すことをお勧めしています。オープンカフェのテラスとかいいですね。なるべく人の目があって、開かれた場所ですること。自宅やその周囲は、自分たちのテリトリーになりやすいので、避けること。そうした工夫を続けることで、徐々に普通の会話ができるようになっていくと思います」
会場からの質問
講演後、イベント参加者から登壇者へ、次のような質問も寄せられた。国立精神・神経医療研究センター 薬物依存研究部の片山宗紀さんをファシリテーターに、それぞれがコメントを返した。

Q:「妻が子どもの問題に対処し続けている一方で、夫が理解を示さない場合、どのように言えばその苦悩や大変さが伝わると思いますか」(会場より)
(信田):「妻が私を主語にして、『私はつらい』と伝えるしかないと思います。それで夫に伝わるかはわかりませんが、それでも私はこうなんだ、と伝えることには意味がある。夫の理解を促すかは別として、ご自分のために伝え続けてみてはどうでしょうか」
(片山):「夫は夫、妻は妻で分けて考えてもいいのではないでしょうか。妻の訴えを聞いて、行動を変えるかどうかは、夫側の問題とも言えます」
(信田):「でも、夫婦の場合、そこを切り分けて考えられるものでしょうか?夫婦なら、配偶者が苦しそうにしていたら、心配したり気を揉むものではないでしょうか。『自分の問題は自分で解決してね』というスタンスなら、そもそも一緒にならないでしょう。ですから、どっちの問題かは横に置いて、私は伝えるべきだと思います」
(横浜ダルク利用者):「私も、相手がどう受け止めるかはさておき、自分の気持ちは伝えるようにしています」
Q:「家族に薬物依存症がある場合、子どもには、いつどのタイミングで伝えるべきでしょうか」(会場より)
(湘南ダルク利用者):「自分の場合は、まだ子どもには伝えていません。いつ頃言うべきなのか、タイミングって難しいですよね」

(栗栖):「自分の場合は素直に伝えています。自分の場合は、過去にはこういうことがあったと。だから、十分気をつけてほしいと」
(信田):「親の依存症の問題を、子どもにいつどう話すかって、本当に悩ましいところですよね。でも、自分の問題に取り組んでいる親を、誇らしく思う子どもは多いですよ。私の親には依存症の問題があったけど、自助会に通って頑張っているんだ、と胸を張るお子さんは多い。それを踏まえて、タイミングを考えてみてはどうでしょうか」
Q:「講演の中で『最近の親御さんは子どもに無関心なことも多い』とありました。それはなぜでしょうか?単に忙しいのか、期待を裏切られた絶望からなのか、試行錯誤を経ての疲弊なのか、または自主性の尊重のつもりなのか」(会場より)

(信田):「今言っていただいたこと、全部だと思います。あとは、貧困の問題ですね。考える気力も体力もない。もう一つには、“自己責任論”の浸透もあるでしょう。『この子がこうなっているのは、自分で考えてやってることでしょう』『別に私が干渉することじゃない』と思っている親御さんは、実際にいます」
(信田):「こういった家庭のお子さんは、親と同居していてもどこにも居場所がない。だから、今のしんどさを誤魔化すために、薬局で市販薬を買い込んで、オーバードーズを繰り返していたりします。依存症の臨床では、こうした状況下にいる人をどう救うか、が課題になっています。一方で、こうした親御さんは、世間体を気にするので、お子さんがわざと行動を起こすと、途端に積極的に動いたりします」
(片山):「カウンセリングでも、総じてお父さんは関心が低かったりしますね。でもその分、治療に参加すると展開が早いので、支援に積極的に巻き込みたいキーパーソンの一人です」
(信田):「子どもが親の反応を気にせず行動した方が、結果的に問題解決が早まる場合もありますね」
