高知東生さん渾身のセリフに「勝った!」 俳優から生の声を引き出す演出方法
全国で公開されている依存症をめぐる人々を描いた映画『アディクトを待ちながら』。ナカムラサヤカ監督は俳優にアドリブで演技させ、サプライズの展開も仕掛けました。なぜこんな演出方法を取ったのでしょうか?
公開日:2024/07/12 02:02
薬物、ギャンブル、アルコールと様々な依存症からの回復を、当事者が多数出演してリアルに描いた映画『アディクトを待ちながら』。
俳優にアドリブでセリフを言わせ、事前に伝えていない展開をサプライズで仕掛ける演出方法を取っている。
ナカムラサヤカ監督は、当事者でもある俳優たちから何を引き出したかったのか、前編に引き続きインタビューした。(編集長・岩永直子)
※大阪 第七藝術劇場、アップリンク京都で公開中。7月12日〜池袋 シネマ・ロサ、扇町キネマなど、全国で順次上映予定。
サプライズを仕掛けて撮影
——今回、クライマックスでは、俳優たちにアドリブでセリフを言わせたというのが驚きです。また、ほとんどの俳優にサプライズを仕掛けて撮影したというのもすごいですね。なぜこのような手法を取ったのですか?
ワークショップのみんなには、映画の展開とは違う台本を元々渡してありました。高知さんと限られたキャストだけに展開を伝えておいて、他のキャストには伝えない。
俳優だけに限りませんが、人間って脳の中で自分のリミットを決めているところがある。そのリミットを外すためにどうしたらいいんだろうと監督としては考えるわけです。
「ここまでやるんだ」と思っている時点で、もうそこまでしかいけない。それをサプライズ的な仕掛けをすることで、彼らが元々持っている力とか、無意識の意識をさらに伸ばしたかった。スポーツ選手でいう「ゾーン」に入れたい。
サプライズを仕掛けた時に、俳優がどうなるのか私も見たい。そのための準備を4日間のうちの3日間でして、最終日でその仕掛けをしたんです。
最初はみんな戸惑ったと思うのですが、それぞれが自分と主役がどういう関係かをちゃんと考え抜いてきています。それまでの人生がどうだったかをみんな作り込んできている。だから、私が思うより早く芝居に戻っていました。
みんなカメラを気にするわけではなく、映画の中の人間関係に集中することができていたと思います。ああいう感覚はなかなかないのではないかと思います。
高知さんのアドリブに「勝った!」
——高知さんにもサプライズを仕掛けていたんだそうですね。
最後のセリフの前に週刊誌の記者から言われる質問を高知さんには事前に知らせていませんでした。その質問を投げかけられて戸惑う高知さんの表情も全て映っていますが、とてもリアルです。高知さんは演じた役、大和遼の本物ですからね。
そこで咄嗟に高知さんから出た言葉はやっぱり良かったと思います。
——あのセリフは全て高知さんのアドリブなんですね。心震えました。
不思議だなと思う一方、やっぱりそうなのかという思いもあるのですが、依存症からの回復プログラム「12ステップ」を経験すると、自分を解放できるようになってくるじゃないですか。そうなると、芝居もどんどん良くなってくるんですよね。
田中さんに「新しい演技のメソッドが12ステップから作れるんじゃないですか」と言ったぐらいです。
Twitterドラマを作る中で見てきた高知さんの芝居より、今回の芝居は格段にいいし、きっとこれからもっと良くなってくると思います。
——あのセリフを語る姿を撮影現場で見ていて、どう思っていましたか?
ああ任せて良かったと思いました。何に勝ったのかわからないけど、「勝った!」と思いました。「この映画は勝った」と。すごい奇跡が起こったなと思いながら見ていました。
高知さんからあの言葉が出てきたのは、受け手が良かったことも影響しているんですよ。片方だけが良くても芝居は良くならない。受けている彼らもファンとして生きてくれていたので、泣きながら高知さんの言葉を聞いていました。
それを高知さんも感じて芝居をしているので、余計良かった。双方がすごくいい化学反応を起こして、あの芝居が成立したのだと思います。
新しい挑戦「いいっすよ〜」と応じてくれたプロデューサー
——監督はこれまで「バチェラー・ジャパン」シリーズなど、リアリティ番組のクリエイティブを担当していて、出演者から本心を引き出す演出を試行錯誤されてきたのだと思います。それが今作にも活きているわけですね。
そうですね。人の生の声がいかに人を感動させるかを、リアリティショーの現場だと毎回感じてきました。その生の声を引き出すにはどうしたらいいかをこちらは考えていく。そしてそれをどう撮り逃さないように撮るかを考えるのが私たちの仕事です。
リアリティショーのいいところを映画に反映させたいとすごく思っていました。映画にするのだったら、何かひとつ挑戦をしたかった。日本で初めての何かを。予算がなくてもアイディアは考えられるので、そんな挑戦をしたんです。
とはいえ、なかなか映画の現場でこんな撮影手法は取れないと思うのです。結末が決まっていないのにお金を出してくれるスポンサーなんていない。でも今回はプロデューサーの田中紀子さんが「ああ、いいっすよ〜」なんていうノリで、「高知さん連れていけばいいんですね〜」と言ってくれた。すごいなと思いました。
——まさに田中さんギャンブラーですから、監督に賭けちゃったんでしょうね(笑)。
笑。そんな方がプロデューサーだったから、今回しかできないなと思ったんです。
——まさに奇蹟のコラボレーションですね。
本当にそう思います。
依存症当事者に批判的な役
——やはり薬物での逮捕経験のある橋爪遼さんには、薬物で逮捕された人に批判的な役を演じさせたのが面白いギャップでした。
まず、反対の役ができるほどこの人は回復していますよ、ということを見せるのは大事だと思っています。それにやっぱりちょっと面白いでしょ(笑)?ひとつの風刺ですけれども、自分はブラックな人間なのでそんな面白さをちょっと入れたいなと思ったんです。
——橋爪さんが出てくる最後のシーンの表情(エンドロール終了後)も話題になっています。
あの表情も橋爪さんが自分で演じたものです。今、萎縮しているアディクトたちに「こんなものだよ」と思ってもらいたい気持ちが強くて、あれを最後に持ってきたんです。
社会のイメージを作る報道も構造的な問題
——アディクトたちを批判的な目で見て、センセーショナルに取り上げようとする報道の姿も映画では描かれていますね。依存症に対する世間の目を際立たせているように見えました。
そうですね。それに依存症に対する社会のイメージを作るのに、メディアは影響していると思います。私からすると依存症だけの話ではないのですが、メディアには社会のイメージを生む力がある。
いいことにしても悪いことにしてもペンは剣よりも強い。そういう強い力を持っているんだということを自覚してほしいという思いがまずありました。
ただ、私はその週刊誌の記者がフリーランスで寄稿している媒体から切られるかもしれないという状況も映画の中で同時に描いています。私がフリーランスだからよくわかるのですが、成果を上げないと今は簡単に干されてしまう世の中です。
でもそういう状況になったら、ああいう報道になるよという思いもある。人は自分や自分の家族が生きていくために働いています。目に見える成果が評価の唯一の基準となるのだったら、そりゃスキャンダルを追うような報道になるよねと思います。
それは個人だけの責任ではないし、構造的な問題がある。人は一人だと、時代に対しては無力です。だからこそ依存症の人たちは仲間とみんなで立ち向かおうとしている。大きな意味でも私たちに伝えてくれることがあるなと考えました。
——週刊誌の記者の彼もプレッシャーがあって、売れるものを書かなければ生きていけない。それは個人の責任だけにすることもできない。
今はインターネットでどれだけ読んでくれる人がいるかが基準になっています。そうなると目を引くものや、下品なものが主流になっていく。まさに都知事選挙のポスターもそうですが、「こんな社会ではああなるよ」と思うんですよね。
そこは一人ひとりしっかりしてほしいという思いもあるし、それを歓迎する私たち民衆がいるということも、自戒を込めて描きました。
——でもその構造に気づく人が増えて、変わっていけば、その構造も変えられるかもしれませんね。
そうなんです。そう思っています。
まだ出会っていない仲間に届け
——今、新宿を皮切りに、全国で上映され始めています。皆さんの劇場での反応をご覧になって何を感じていますか?
思った以上に喜んでくださって、「生きていて良かった」というレベルで喜んでくださる言葉をたくさんいただいています。「自分の今までの人生が報われた」とまで言ってくださる方も本当に多いのです。「見たおかげでまた今日一日やめられます」という声もありました。
京都での上映では当事者の方が、「改めて家族がこんなふうに待っていてくれるんだということを強く感じられてありがたかった。家族に会いにいけるように頑張ります」と感想を言ってくださった。きっと今は回復するために家族と離れているのでしょう。
そんな言葉を聞けただけでも本当に作って良かったなと思いました。
——今回、監督も俳優さんたちも依存症について学び、依存に至る人生の背景まで考え抜かれて、このような映画が生まれたのだと思います。こういう依存症の捉え方が、映画を見た人にも広がったらいいと思いますか?
依存症は自分には関係ないと思っている人に届けることが一番大事な役割だなと思っています。
お客様に今すごくたくさんきていただいて(新宿では連日満席)、それによって話題になって、劇場館数もどんどん増えています。それによって一般の皆さんの目に触れる。
田中さんの言葉を借りると「まだ出会っていない仲間に届ける」ことがすごく大事なこと。知らないことって怖く思えてしまうから、まず知っていくことが大事だと思います。
依存症について「見たことがある」「聞いたことがある」を増やして、依存症の問題に冷静に対処していく人を増やす。それがエンターテイメントの役割だなと思います。
(終わり)
★Addiction Reportは『アディクトを待ちながら』とのタイアップ企画として、依存症啓発キャンペーンを開催中。「ダメ。ゼッタイ。」に代わるキャッチコピーやポスター、依存症の回復体験談を募集しています。締め切りは8月6日。詳しくはこちらのキャンペーンページから。
【ナカムラサヤカ】映画監督
助監督として数々の映画に参加。主に佐々部清監督に師事。『FASHION STORY-Model-』(2012年)で映画監督デビュー。五輪公式映画『東京2020オリンピックside A/side B』ではディレクターの一人として抜擢。また、Amazon『バチェラー・ジャパン』シリーズやABEMA『LOVE CATCHER japan』でクリエイティブチームに参画するなどドラマだけでなく恋リアやドキュメンタリーなど様々なジャンルの演出を手がける。
コメント
後半で、ぐっと惹きこまれ、映画の雰囲気が変わった気がしました…!監督の仕掛けのせいだったんですね!熱量が違って、演者さんの気迫がすごかったです。涙が止まりませんでした。
高知さんの最後の言葉も感動!
また夫も誘ってみに行きたいですわ
この映画をナカムラサヤカさんが作ってくださったことに感謝です。
どの役者さんも役者を超えて、ひとりの人間としてその人になって演じてるからか、ドキメンタリーなのかわからなくなるくらい引き込まれてました。
また、観たい!
この世の中で戦ってる人に、普通に生活してる人にも観てほしい、まだ出会ってない仲間に届いてほしいです。
ナカムラサヤカさんの熱い思い、このインタビューも届いてぇ〜
今日、池袋で2回目鑑賞しました。作り込まれた作品が多い中、大事な場面ほど役者さんにすべて任せて演技を自由にさせるという、ナカムラ監督の懐の深さ、やっぱりかっこいいなぁと思いました。余白を最大に生かした演技が高知さんの最後のシーンだと思います。記者さんからの質問の内容、知らなかったんだなと思い、より一層高知さんが魅力的に思えました。
これまでどれだけ大変な思いをされてきて、自分に何年も向き合ってきて出た言葉だからこそ、胸を打つんですね。高知さんの心がにじみ出ていました。
映画の深掘り記事、興味深かったです。
「ああ、いいっすよ〜」なんていうノリで、「高知さん連れていけばいいんですね〜」と言ってくれた。
こういった背景があったとは!(そして田中さんの姿がこのセリフでパッと浮かびました笑)本当に奇跡の映画ですね。
2回鑑賞しました。今日の劇場では上映後拍手が起こりました。
依存症者に関わるいろんな人の視点が丁寧に織り込まれていて、今の日本社会を嫌というほどシンプルに浮き彫りにしているなと思いました。世間の一般的な声、メディアの煽り、依存症者に向き合う家族の声、はたまた依存症者に向き合えない家族、面白半分動画を回す人、その動画を見て視点を変える人、ひたすらバッシングして終わる人、依存症への深まり支援に回る人、、、
と同時に、力強く生き直す依存症者とその家族も描かれていて希望も感じました。今まで光が当たっていなかった依存症者の回復への歩み、そしてその家族との関係の変化を短い時間の中で表現していて、一依存症者の家族として嬉しかったです。
依存症者に限らず、しくじったことがある人全員が心にゆとりをもてる映画だと思います。
制作してくださり、ありがとうございました!
今の日本の依存症の世界を
こんなにも理解して
こんなにも愛をもって
こんなにも希望に光を当てて作れたのは、ナカムラサヤカ監督だからだと思う。感謝です。
とにかく泣きました。いろんな意味で泣きました。
又、人前で泣くと、とても心が楽になります。
皆で泣く一体感も心地良いです。
そして色んな気付きが有ります。全ての人の人生に栄養となります。
先日は100名程の研修会で依存症についてスピーチする機会有りましたので、この映画をお勧めしました。
まるごとすごいインタビュー。
なにかをトピックにコメントなんかできない。
ひとこと、ひとことが胸に沁みる。
いろんな媒体でナカムラサヤカ監督のお話を聞いたり、読んだりしてきたが今回もまた監督の魅力に触れることができた。
監督、プロデューサー、出演された方々、高知東生さん、橋爪遼さん、制作に関わった方々に感謝します。すごいぞ、ほんとに。
岩永さんの、まさに田中さんギャンブラーですから、監督に賭けちゃったんでしょうね、に爆笑。