商品名を見てドキッ!CMを見てびっくり 「ヒロポン酢」誰が、なぜ作ったの?
驚きのネーミングのポン酢「ヒロポン酢」。しかも覚醒剤で何度も逮捕されている田代まさしさんをCMに起用しています。誰が、どんな意図で作ったのでしょうか。取材しました。
公開日:2024/02/12 02:03
商品名を見て、一瞬ギョッとしてしまう。
その名もなんと「ヒロポン酢」。「旨さ覚醒」と宣伝し、覚醒剤を使って何度も逮捕されたことのある歌手の田代まさしさんをC Mに起用しているのだから、やはりこれは確信犯だ。
しかし、蓋を開けてみると、果汁を34%も使って味にこだわる本格派のポン酢なのである。
いったいこれは誰が、なぜ作って、こんな売り出し方をしたのだろう。
Addiction Reportは、大阪府の製造販売元「株式会社H E R O」に向かった。(編集長・岩永直子)
「美味しいポン酢ないの?」雑談きっかけに「いっぺん作ってみようか?」
株式会社H E R Oは内職加工業を営み、障害がある人に働いてもらう福祉施設「就労継続支援B型事業所」(※)にもなっている。
※障害があり企業で働くのが難しい人に提供される福祉サービス。企業への就職を目指し労働法が適用されるA型とは違い、高齢で体力が少ない人が働くことが多い。利用期限の制限はなく、ずっと働き続ける人もいる。
2022年1月、作業しながら雑談をしている時、鍋の話が出て「どこかに美味しいポン酢ないの?」と語り合ったことがきっかけだった。「柑橘の風味が薄い」とか「酸っぱいから子供が食べへんねん」と文句は出るのに、「あのポン酢が美味しい」という声はない。
「そしたらいっぺん作ってみよか」と取締役営業部長の平井太郎さんがふざけて言い出し、「作りましょ」と盛り上がった。それが全ての始まりだった。
食品製造なんて手がけたことはない。なぜ唐突にポン酢を作ることになったのか。
「割り箸や厨房で使うもの全般は取り扱っていて、食品関係の企業とは取引があるのです。でも食品を作ったことはないし、作ろうと思ったこともありません。なんかノリで作ってみようとなったんですね」
「株式会社H E R O+ポン酢」で「ヒロポン酢」誤解受けても仕方ない
まずは名前を決めようと議論した。
「株式会社H E R Oが作るポン酢だから、『ヒーローポン酢』と最初は考えたのですが、ラベルにした時に文字が長いし、語呂も悪い。それなら『ヒロポン酢』にしようとなったわけです」
もちろん、昭和生まれが多い職場で「ヒロポン=覚醒剤」と知らない人はいない。「これアレなんちゃうの?」と疑問を投げかけた社員もいた。
「ただ語呂がいいし、響きが可愛らしい。結局反対はゼロで、賛成が全部となって、『ヒロポン酢』で作ろうやないかとなったんです」
わざと覚醒剤に引っ掛けて名付けたわけではない。でも誤解はされるだろうと最初からわかっていた。
「それは仕方ない。ただ戦略ではないのですが、ポン酢なんて日本中数え切れないほどあります。ネーミングでも差別化したいし、『柚子の香りがする〜ポン酢』などの宣伝文句は聞き飽きた。同じ売り出し方しても仕方がないし、まずは興味を持ってもらわないと勝負ができないと考えました」
「コンプライアンス」を理由に2社に製造を断られ
しかし、そこからが難航した。「ヒロポン酢」で商標登録を取り、ポン酢を作るメーカーに打診。「作らせてもらいます!」と快諾したはずのメーカーから、「商品名は決まっているのですか?」と聞かれ、「ヒロポン酢です」と答えたら断られたのだ。
「世界共通、必殺技の『コンプライアンス(※)』ですわ(苦笑)。当然、うちの会社も知っている会社だったのですが、この名前を理由に断られたんです」
※法令遵守。実際には世間の批判を恐れて「コンプライアンス」を理由にすることが多い。
次のメーカーに打診して、商品名を伝えたら、再び断られた。
「みんなコンプライアンスが大好きなんです。そうなったら僕も落ち込むどころか意地になってきて、日本中行脚してでもこの名前で作ってくれるところを探そうと決めました。日本って面白くなくなった。誰かおもろいことを仕掛けていかないとという危機感さえありました」
こうして3社目にようやく引き受けてくれたのが大阪府摂津市の食品メーカー「株式会社丸光」だった。
「名前はこれですよ、と見せると、『これ、面白いですね』と言ってくれたんです。『ただ、僕は個人として面白いと思うけれど、上に掛け合います』とも言われて、『僕は断られたら明日から日本行脚の旅に出ることになるから、かわいそや思ったら引き受けてください』と説得しました」
翌日、「O Kが出ました」と連絡があった。
柑橘の果汁34% 徹底的にこだわった品質
品質には徹底的にこだわった。
「『名前は面白いけど、飲んだら普通のポン酢やないか』というのは絶対に嫌だったので、中身には徹底的にこだわりました。もっとこうしよう、もっとこうしようと要望を重ねて、何度も試作してもらいました」
多くのポン酢はコストを下げて消費期限を伸ばすために、酢を入れて酸っぱくしている。ヒロポン酢は柑橘系の果汁の風味にこだわった。最終的に柑橘系の果汁の配合は34%になった。
「通常だと一桁です。十数%入れている商品だってドヤ顔ですが、我々はそれを34%まで上げた。これ以上入れても風味に効果はないというギリギリまで国産の柚子と柚香と酢橘を入れました。醤油は最高級の本醸造醤油です。どこにも負けない商品が出来上がったと思います」
昭和時代から使っている分厚い釜を使い、じっくりと火を通す昔ながらの製造方法にこだわった。これだと熱を入れて冷めるまでの時間が長くなり、味に深みが出るという。
最後の方には、メーカーからは「既にポン酢としては考えられない原価になって、値段がとんでもなくなる」と悲鳴が上がった。
「それでもわかってくれる人にだけ売れたらいいと、混じりっけなしの中身にこだわりました。どうせコンプライアンスで断られるのはわかっていましたから、はなからスーパーに置いてもらうことは考えていません。それなら徹底的に品質で戦おうと考えました」
当初は2700円。2022年5月、まずはクラウドファンディングで販売すると53万2200円が集まった。「美味しいポン酢が求められているのだと手応えをつかめました」。同年7月1日から一般販売を始めた。累計6000本以上売れた今は、1980円で販売している。
田代まさしさんをC Mに起用「俺しかできない」
ただでさえ誤解されやすいネーミングのポン酢のC Mに、覚醒剤で何度も逮捕されたことのある田代まさしさんを起用するのも挑戦だった。平井営業部長の発案だ。
「このネーミングであちこちのメーカーに断られたので、せっかく美味しいのができたのに世の中に一切広まらないのではないかという危機感がありました。困ったなと思った時に、なぜかふと田代さんの顔が浮かんだのです」
その時、田代さんの動向を見ると、覚醒剤での逮捕で福島刑務所に入っている最中だった。出所後、ヒロポン酢を送った。
その数日後、田代さんが自身のInstagramで「大阪の方からこんなポン酢が送られて来ました!商品名がヒロポン酢!?最初は嫌がらせかと思いましたが、添えられた手紙にはそこの私設(※編集部注 ママ)の障害者の方達が作っていることと商品への思いが書いてあり、食べてみたら滅茶苦茶美味しかったし、ものすごく勇気を戴けました。ありがとうございました!」と紹介してくれていた。
その反応を見て、思い切ってC M出演依頼も送ってみる。
「日本中の著名人でヒロポン酢のコマーシャルができる人は誰か考えたら田代さんしかいないでしょう。そう言ったら周りもみんな納得した。清原和博さんも覚醒剤をやったけれども、清原さんのイメージでもない。これはギャグもできる田代さんにしかシャレにできない。他の人は全く考えませんでした」
ただ、田代さんも出所すぐにこのような商品のコマーシャルに出たら、世間から「懲りてない」「何考えとんねん」と言われるかもしれないという恐れもあった。
「真意を聞きたい」と言われ、オンラインの打ち合わせで、田代さん本人に熱い思いをぶつけた。
「遊びやおちゃらけと思われたら困る」
すると、田代さんからこんな言葉があった。
「確かに日本でこのコマーシャルができるのは俺しかいないよね。これで障害者の役に立てるのですか?」
製造には関わっていないが、梱包する箱の準備や発送の用意は障害のある利用者にやってもらっている。これが売れたら関わっている利用者さんも喜ぶと思うと伝え、時間をかけて承諾してもらった。
驚きの攻めこんだC M
C Mの内容は、田代さん側に一任し、一切口は出さなかった。事前チェックもなし。Instagramで田代さんが公開したタイミングで初めて見た。
「これ、すごいな…!おもろいな。でも大丈夫なん?」
おもちゃの注射をうっている強面の男性たちを、田代さんが「コラー!」とサンダルでパコーンと叩き、「ヒロポン酢で気持ちよくなりなさぁ〜い!」と商品を見せる。そして料理にかけて美味しく食べる姿がレトロな雰囲気で流される。
出演しているのは元裏社会の人物で、そこから5年以上抜け出し、悪役専門の芸能事務所「たんぽぽ」に所属している俳優だ。
宣伝文句「旨さ覚醒 五臓六腑に染み渡る」は、平井さんの息子である代表取締役社長、一太郎さんが考えた。
一太郎さんはこう狙いを語る。
「インパクト重視です。正直、ヒロポンとかけて、シャレを込めちゃいました。商品として振り切る方がいいという判断がありました。叩かれることイコール、興味を惹かれるということでもありますから」
CMの反響はものすごかった。
Twitter(現X)で流した動画の再生回数は1週間で500万回を突破した。売れ行きもぐんと伸び、一時品切れにもなる。リピーターも多い。不思議なことに批判の声は一つもなかった。
平井営業部長は「興味を持って買ってもらえたら、品質には絶対の自信がある。まずは届いてほしいという狙いが当たりました。田代さんに協力してもらってよかった。ど真ん中に入りました」
薬物から回復した人を応援したい
同社はこれまで、3人ほど薬物使用で逮捕された経験のある人に働いてもらったことがある。そんな前科があっても関係なく受け入れていた。
「覚醒剤をやったこと自体は日本では犯罪で、何年か刑務所にも行って、償っている。それをずっとボロクソ言うのはどうなんかなと思っています。やったことはしゃあないし、やはり働きたいと思っている人もおる」
「友達に勧められて興味本位でやり始めた人とか、未来に絶望してやり始めた人とかいろんな人がいると思います。今回、製造会社から断られたことでも痛感しましたが、薬物は世間の壁が厚い。日本社会全体が薬物に厳しいのだろうなという思いがありました」
その利用者や田代さんに限らず、違法薬物で逮捕されると罪を償った後も二度と元の場所に戻れず、孤立していく人が多い。
「薬物をやって、その影響で人を傷つけたならけしからんと思います。そうではなく、心折れそうになって薬物で心を持ち上げて生きている人はいっぱいいるはずです。それを『お前の人生終わりや』と決めつけるのはどうなんでしょう」
「刑期を終えて出てきたらやり直すチャンスを与えないと、全員そっぽ向いたら薬物やらなくちゃどうにもならなくなるでしょう?孤独が一番悪さをすると思うのです。薬物でなくても、孤独になったら潰れてしまう人はたくさんいます。うちの利用者さんもみんな寂しがり屋です。障害があるだけで世間から冷たい目で見られていますから」
平井さんは、依存症の人や障害のある人に限らず、どんな人でもいつかつまずく可能性があると思っている。
「今、社長であっても倒産したり、事業に失敗したりして、全て失うリスクは常にあります。人間、上がることもあれば落ちることもある。ミスをして落ちて、償って出てきた人にチャンスを与える寛容さがなかったら、みんなが苦しくなる可能性があります」
ヒロポン酢はそんな社会に対するささやかな挑戦でもある。
「この商品が、薬物でつまずいた人の偏見を払拭する起爆剤になってほしいですね」
田代まさしさんが「ヒロポン酢」について語っている記事はこちら。
コメント
こんな、お酢 あるの、知りませんでした
ネットで、買えるんですか?