「死にたい」という電話にスマホを手放せなかった日々 依存症の夫のそばで妻がみてきた回復の道のり
酒と睡眠薬に依存するコザック前田さんのそばには、いつも妻の真奈美さんがいました。一緒にアルコールを断ち、夫の回復を支え続ける真奈美さんに、これまでの道のりを聞きました。
公開日:2024/04/21 02:00
睡眠薬とアルコールの依存症から回復を続けているコザック前田さんの妻、真奈美さん(44)。
薬と酒で記憶が途切れ途切れになっているコザックさんを、ずっとそばで支え続けてきた。
依存症は、その人を大切に思う家族も巻き込み、家族も傷つく。そこからどう回復していったのか、お話を聞いた。(編集長・岩永直子)
付き合い始めた時にはすでに睡眠薬と酒に依存
出会いは2008年頃、友達の結婚式の二次会のことだった。
ガガガSPにもパンクロックにも興味がなかった真奈美さんは、当時、前妻と結婚していたコザックさんに関心を持つことはなかった。
「『バンドマン=遊び人』というイメージがあったので、付き合うなんて考えてもいなかったんですよね」
その後、偶然別の場所で再会し、離婚したコザックさんからのアプローチで2011年頃、交際を始めた。コザックさんは既に睡眠薬とアルコールに依存していた。
「飲み過ぎているし、お酒と薬を一緒に飲んでいることは最初から気づいていました。隠すこともせずに飲んでいましたから。なんの薬か最初はわかりませんでしたが、お酒の席で呂律が回らなかったり、酔うのが早かったりするなとは思っていました」
付き合っているうちに、酒と一緒に飲んでいるのが睡眠薬だとわかり、「危ないからなんとかしなければいけない」と止めるようになる。
「毎回、『大丈夫?』とか『もう飲むのやめなよ』と言っていました。お酒の時に言ってもどうにもならないので、シラフの時になるべく言うようにしていました」
心配する真奈美さんにそう言われると、コザックさんも飲む量を減らす努力はしていた。真奈美さんが薬を預かって管理もした。でも、すぐに飲む量は戻った。
酒と薬で人とコミュニケーション
普段、二人でいる時は大人しく、むしろシャイで物静かなコザックさんが、たくさん酒を飲んだり睡眠薬を飲んだりすることでテンションが上がる。人と陽気に喋るようになる。
「薬やお酒を飲んだ時と普段の姿は、真反対のイメージがありました。周りと楽しく過ごすために薬とお酒で無理をしている感じがあって、とても心配していました」
自宅に帰り薬を飲んでいない時は、ボーッとして話しかけても上の空。ほとんどの時間ぐったりしてずっと寝ていた。クリニックに睡眠薬を処方してもらう時だけは起きて出かけていくが、デートの約束をすっぽかすこともあった。
「夜中でも電話がかかってきては、『死にたい』『もうどうでもいいわ』『やる気がない』とマイナスなことばかり言う。出そびれないように、常にスマホを手元に置いて、仕事の時も寝ている時もずっと気にしていました。私自身も夜ぐっすり眠ることができなくなっていました」
「この人と付き合っていくべきか、ずっと私は心の中で戦っていました。一度、『もうやっていけない』と告げて離れたこともあるのですが、久しぶりにばったり会ったら薬の量が増えていたみたいで、顔つきが酷くなっていました。『これはもう放っておけないな』とまた付き合いを始めました」
同棲を始めても、結婚しても、酒も薬も止まらなかった。依存状態が何年も続いた。
ステージやお客さんを見て調子を把握 「ガガガSPを続けさせないと」
真奈美さんは、フルタイムの仕事をしながら、休みの日はなるべくライブに出かけるようにしていた。
コザックさんがきちんとステージに立てているのか心配だった。それにお客さんの表情を見ることで、自身がコザックさんにしていることは間違っていないのか、答え合わせをしているような感覚だった。
「ガガガSPのお客さんはただのファンという感じではなくて、ガガガSPの歌に支えられて生きている人が多いと私は感じています。『この歌を聞くために自分は生きてきたんだ』と目をキラキラさせているお客さんを間近で見ると、私がなんとか支えてガガガSPを続けなくちゃいけない、と思いました」
バンドメンバーやマネージャー、コザックさんの両親とも何度も酒や薬をやめさせられないか相談した。
「家にいるときは私が薬を管理するし見守っているけれど、ツアーの時は全て行けるわけではないので私の目が届かなくなります。そういう時はバンドのメンバーさんやマネージャーさんに見ていてもらうようお願いしていました」
「打ち上げでも全てお酒や薬を取り上げると機嫌が悪くなるので、少しは飲ませながら、飲み過ぎないように注意していました」
「薬を止めるために入院する」決断に驚き
付き合い始めて5年以上、そんな状態が続いた。だから、2017年5月、ゴールデンウイークの休みで自宅にいた時、突然、本人から「薬をやめるために入院する」と言われた時は驚いた。
「覚悟を決めた顔でした。『自分の親にも迷惑をずっとかけてきたから、親孝行のためにも元気な姿を見せないと、という気持ちがある。だからイベントが終わったら病院行くわ』と言われました。やっと決心してくれた、良かった、とすごくホッとしました」
ただそう決意したからといって、すぐにはやめられないのはわかっていた。1回の入院でやめられるわけでもないだろうとも思っていた。
それでもやめ続けることをなんとか支えたかった。9月にガガガSP主催の大きなフェスを終え、11月に精神科病院の閉鎖病棟に入院してからは、毎日面会に通った。仕事がある日も休憩時間に必ず会いにいった。
会いに行くたびに、顔つきが変わっていくのに気づいた。
「以前は薬を飲んだ人特有のトロンとした目をしていたのですが、徐々にしっかりしていきました。シラフになり、生き生きしてきた。そんな姿を見るのが私も嬉しかった」
それまで仕事中も、夜眠る時も、「死にたい」とかかってくる電話を取り逃がさないように、スマホを片時も身から離さずに生活していた。入院生活で徐々に回復する姿を見て初めて、スマホを手放して過ごせるようになった。
12月に退院してからコザックさんは薬も酒も一切断った。
「『お酒と薬を一緒に飲んでいたので、お酒を飲むと薬を思い出してしまう』と言って、お酒もやめました。私もお酒は好きでよく飲んでいたのですが、一緒にやめました。近くで飲んでいるとやめ続けられないと思ったので『私もやめるよ』と言うと、『ありがとう』と言ってくれました」
楽になった日常 二人で過ごす穏やかな時間
それ以来6年間、再び薬やアルコールに手を出すことはない日々が続いている。
「すごく元気になって、楽になった生き方をしているなと思いますね。普段も気を張っていないのを感じます。力を抜いて人とも話している気がします。それを見て私も嬉しいし、私もこれまでで一番楽な生活を送っています」
酒も睡眠薬もやめて、最近は二人で一緒にジムに行くようになった。休みの日は二人でカフェ巡りをしたり、買い物をしたり、恋人時代はできなかったデートを楽しんでいる。
「すごく健康的になりましたよね(笑)。今はすごく穏やかな時間を過ごしています」
ライブを見にいっても、夫がすごく楽しそうにパフォーマンスをしているのを感じる。これまでは心配で様子を見にいっていたのが、真奈美さん自身も楽しんでみられるようになった。
「前はステージの上でハイテンションではあったのですが、素で楽しんでいるようには見えなかった。今は心から楽しんでいるように見えます。ファンの方も心からガガガSPのライブを楽しんでいるのを感じます。ああこれで良かったんだ、とファンの方の表情を見てほっとしています」
これからも夫が薬やアルコールの力に頼ることなく、楽しい毎日を過ごしてくれたらと願う。
「楽しく、自由に生きてくれたらいいなと思います。そのためにお酒や薬をやめられたことは大きい。近くに住む夫の両親もこれまでずっと悩まれてきたので、すごく喜んでいます」
夫がこうして依存体験を語ることも応援し、自身も取材に答えるようにしている。
「夫や私が表で語ることによって依存症に苦しんでおられる方や悩まれている家族や身近な人たちの支えになれたらと思います。私は夫の依存症について、周りに言えませんでした。彼のイメージに傷がつくかもしれないので、基本的に一人で闘っていて苦しかった」
「どういう声掛けをしたらいいのか、どんな風に対応したらいいのか、自分だけで考えて実行して、それが正しいのかもわからなかった。答え合わせはライブでファンの方の姿を見ることで、その繰り返しでした。だからこそ、私たちの経験から一人で悩んでいる方に何か役立つことがあればと願っています」
そんな真奈美さんに抱いている思いをコザック前田さんに聞くと、返ってきた言葉はこうだ。
「この人と結婚していなければ、僕はもうとっくに死んでいたと思います」
(終わり)
【相談先】
「アラノン」(アルコール依存の問題を抱える人の家族や周りの人の自助グループ)
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コメント
回復に繋がるまでの道のりが壮絶で、胸が苦しくなりました。でも最後まで読んでみて、こんな未来があるんだと勇気と希望をもらえました。「私たちの経験から一人で悩んでいる方に何か役立つことがあればと願っています」メッセージが心に響きます。
「この人と結婚していなければ、僕はもうとっくに死んでいた」
このことばが、すべてだと思う。
そばにいること。ともに生きていくことの大切さを強く感じます。
「夫や私が表で語ることによって依存症に苦しんでおられる方や悩まれている家族や身近な人たちの支えになれたらと思います。」
本当にそう、ありがとうございます。
自分だけじゃないんだ、と知ることで一歩踏み出せると思います。
このストーリーが多くの方に伝わりますように。
真奈美さん、お話していただきありがとうございました。
私も家族から『もうどうでもいい』『いなくなりたい』と言われていたので、ケータイを話せませんでした。
お二人の回復の姿は、依存症の当事者にも家族にも、希望の光です。
妻の真奈美さんの心境は痛いほどわかります。
依存症者は本人だけでなく周りも巻き込まれる病気です。
回復されて本当に良かったです。