「ギャンブル依存症は回復できる病気です」 大谷翔平選手の通訳がかかった病気の実態や治療について専門医に聞いた
大谷選手の通訳、水原一平さんがかかっていると言われるギャンブル依存症。どんな病気なのでしょうか?専門家に解説してもらいました。
公開日:2024/03/22 05:34
大谷翔平選手の通訳、水原一平さんが違法なスポーツ賭博で抱えた多額の借金を、大谷選手の金で返済し、解雇されたという衝撃的なニュース。
水原さんは「自分はギャンブル依存症だ」と話しているそうですが、そもそもギャンブル依存症とはどういう病気なのでしょうか?
ギャンブルで多額の借金を抱えると「だらしないからだ」「反社会的な人物だ」とレッテルを貼られがちですが、それは本当なのでしょうか?
Addiction Reportはギャンブル依存症に詳しい昭和大学医学部精神医学講座准教授、常岡俊昭さんに取材しました。
ギャンブルだけでしか脳内の快楽物質が出なくなる病気
——ギャンブルがやめられないというと「だらしない」という性格の問題にされがちですが、「ギャンブル依存症」とはどういう病気なのでしょうか?
依存症の一種です。アルコール依存症がアルコールをやめようと思ってもやめられず、薬物依存症が薬物をやめようと思ってもやめられないのと一緒で、ギャンブルをやめようと思っても、自分の意志の力や自分の考えではコントロールできない状態になります。
止めようと思っても気づいたらやってしまうような脳の回路になっている病気です。
——その時、脳内ではどのようなことが起きているのでしょうか?
基本的には「報酬系」と言われる脳の中で自分の辛さを和らげ、快楽を感じさせるような回路が働いています。
快楽物質「ドーパミン」が放出されるのですが、かつては色々なもので出ていたはずの物質です。例えば勉強して成績が良かったら快楽物質が出て、「また勉強を頑張ろう」と思えるようになっていきます。
でもギャンブル依存症になると、ギャンブル依存症以外では報酬系が働きにくくなってきます。楽しいことは世の中には山ほどあるはずで、友達と遊ぶのも楽しいし、映画に行くのも楽しいし、好きな人と一緒にいるのも楽しいはずなのに、それが楽しくなくなって、報酬系が働かなくなります。
そこで唯一残るのが依存対象で、ギャンブル依存症の場合はギャンブルだけになります。ギャンブルだけしかつらさを和らげる効果や楽しくなる効果を持たなくなっている状態になります。
——ギャンブル依存症になると、ドーパミンは勝った時だけ出るわけではなくて、負けた時にも出るそうですね。
正確に言うと、一番出る時は「勝てるかもしれない」と勝ち負けが確定する前です。だから結果として負けたとしても、その前に快楽を経験する。だから負け続けても「勝てるかもしれない」という瞬間は快楽を感じるので、やめにくいのではないかと言われています。
つらい現実に対する「薬」として使うと依存しやすい
——パチンコや競馬など、日常生活の中でギャンブルを楽しんでいる人はたくさんいます。依存症の人が生活が破綻してしまうまでやめられなくなるのは何が原因だと考えられているのでしょうか?
これが原因だ、というわかりやすい一つの要素があるわけではないのですが、いくつか依存症になりやすいやり方があります。刺激の大きさは一つの要因です。
そして、何のためにギャンブルをやっているのか、という点も重要です。
暇な時間にたくさんの趣味の中の一つとしてやっているなら、依存症になる人は少ない。でも、「薬」としてギャンブルを行っている人は危ないです。
つまり、現実がつらくて、現実逃避のためにやっているとか、生活のプレッシャーが強くてギャンブルをやっている時だけそのプレッシャーから解放される、忘れられる、という場合は手放しにくくなると言われています。
——いわゆる「自己治療仮説」ですね。つらい現実を依存物質や行為で紛らわしてなんとか生き延びる。
そうです。そういう人がハマりやすくなります。
アクセスしやすく、24時間できる問題
——今回、大谷選手の通訳は違法なスポーツ賭博をやっていたと報道されています。日本でも違法なスポーツ賭博やオンラインカジノが蔓延っており、違法でありながらアクセスしやすい状況が放置されています。そういう環境要因は依存症になりやすくさせているのでしょうか?
二つあると思います。一つはアクセスしやすくなっていること。ギャンブル自体にアクセスしやすくなっていることもあるし、ギャンブルに伴う借金へのアクセスの良さもあります。
若い患者さんに「最初に借金した時はどんな気持ちでしたか?」と聞くと、「なんとなくやっちゃいました」と借金に対する抵抗感が少なくなっています。
もう一つは、24時間ギャンブルできるようになっている環境がすごく大きい。ギャンブルは二次的にうつ状態を引き起こします。他の楽しみに対する報酬系が働かなくなるし、借金した先から追い込みもかけられます。借金を返せない自分への自己嫌悪も出てきます。そういうことでうつになりやすくなります。
しかも、うつになった時にどうするかといえば、依存症の人は依存対象でどうにかしようとします。つまりギャンブルでうつになったのに、さらにギャンブルをやる。「もうやらない」と決めたのに、またやってしまった自分に嫌気がさす。こうしてどんどんうつのループにハマっていきます。
パチンコやパチスロはどんなにハマっていても夜中はできなかったのです。店が閉まるので強制的に何時間かは離れることができた。
でもオンラインカジノやスポーツベットなどオンラインでのギャンブルは、国境を超えて24時間やることができます。休む時がない。患者さんでも隣で彼女が寝ているのに、その隣でギャンブルをしてしまう自分に対し、自己嫌悪が強くなっています。
——依存症は自分にとっての「大事なものランキング」が崩れて、依存対象が一番になってしまう病気ですね。ギャンブル依存症でも同じことが起きるのですね。
そういうことです。
——先生の外来に来るギャンブル依存症の人はどういう属性の人が多いのですか?
圧倒的に男性が多く、90〜95%が男性です。若い人も増えています。5年前と比較すると、20代が増えています。社会人になったばかりとか、大学生も増えています。彼らがやっているのはオンライン系です。
——スマホで手軽にできてしまうからハードルが低いのですね。
そうですね。
——今回の大谷選手の通訳の水原さんの件も、金額の大きさに驚くのですが、ギャンブルは借金の金額も大きくなりがちなのでしょうか?
借金の額は本人の返済能力を明らかに超えるものになっていきます。普通は水原さんほどのお金は持てませんが、ギャンブルを続けるために自分の能力の全てを使ってお金をかき集めます。
ギャンブラーの場合はお金で困った時も「ギャンブルで一発逆転」という発想しかなくなります。妄想といってもいいかもしれません。ギャンブル以外での解決方法が脳から完全に抜けてしまう。100万円の借金があっても、1万円の軍資金があれば100万円当ててなんとかなる、という発想になっていきます。
でも借金がさらに増えると「次は50万ぐらい賭けないと取り戻せない」となり、どんどん借金が膨らみます。気がついたら年収の何倍もの借金を抱えることになります。
——負けたら負けたで「負けを取り返そう」となるし、勝ったら勝ったで「またこれを突っ込んで増やそう」となるようですね。
「勝ったら何に使うの?」と質問して、しっかり答えがある人は少ないです。「勝ったらもう一度ギャンブルをやります」という人がほとんどです。だから勝っていても無くなるまで賭け続けます。
尻拭いは最悪の対処法
——情報は錯綜していますが、大谷選手が借金を肩代わりしたのではないかという報道も当初はありました。周りの対処法として「尻拭い」はどうなのでしょうか?
もし依存症であれば最悪の対応です。道徳観や正義感の問題ではなく脳の中の回路の問題で、第三者が助けてくれると本人は何も変えなくても良くなります。何も自己分析せずに、治療もせずに「神風」が吹いたからOKとなると、次もそれを期待してしまいます。
本人が意識しているかは別として、「困ったらなんとかしてもらえるから、自分の問題には向き合わなくていい。振り返らなくていい」となってしまう。
依存症は慢性疾患なので、治療が後になればなるほど重症化します。早いうちに治療に来てくれた方が圧倒的に楽です。尻拭いは問題に蓋をしてしまうので、症状を悪化させて、治りにくくさせてしまいます。
例えば、治療機関や回復施設に行くためのお金を出してあげるとか、病院まで一緒に付き添ってあげる、ことはいい。ただ、借金を肩代わりして、目の前のつらさを解除してあげるだけの手助けは最悪です。
——一度は自分の問題に向き合わないと回復には繋がらないのですね。
ただ自分の問題に向き合うのは大変なので、安全な場所でつらさに向き合ってもらうことが必要です。安全につらさに向き合うための医療や自助グループへのアクセスを援助してあげることはぜひしてほしい。
——肩代わりして、「二度とやらないと約束して」と約束させるのも良くないと聞きます。
病気なので治療しなければ結局はやってしまうので、約束はその時に裏切るものを一つ増やすだけです。余計、自己嫌悪に陥らせる。治療なしに「絶対に血圧を上げないでね」と約束させるようなもの、食物アレルギーの人に「食べても発症しない」と誓わせているようなものなので、意味がありません。
依存症の知識がないと、借金を精算して「二度とやらないでね」と約束させたらうまくいきそうだなと思いそうですよね。だから正しい知識を持つことが必要です。
家族や周りはどうすべき?
——問題に気づいた時に家族や周りの人ができることは何でしょう?
日本であれば精神保健福祉センターに相談するとか、治療のできる専門施設、ギャンブル依存症問題を考える会などの当事者団体、GA(ギャンブラーズ・アノニマス)などの自助グループにつないであげることが一番いいと思います
治療は?
——治療としては何をするんですか?
私の場合はうつっぽくなっていたら入院させます。死んでしまう病気なので、このうつ状態は死に得ると思ったら入院させています。安全な環境を用意すると、うつ状態から抜け出せる人は多いです。
外来で通える人の場合、一つは「認知行動療法」という手法を使います。どういう時にギャンブルをやりたくなって、どういう時にはやりたい気持ちにならないかを考えてもらい、羅列してもらいます。私は「自分の説明書を作ってください」という言い方をしています。
でもこれだけだと「うまく我慢しましょう」という話になり、どこかで破綻してしまいます。
だから、何かつらくなった時にすぐに繋がることのできる自助グループに通うことが中心になるのではないかなと思っています。自助グループの効果について最初はピンとこない人がいるかもしれません。即効的な治療として認知行動療法を行い、自助グループで仲間を作って自己治療にギャンブルを必要としなくなる生活をつかんでいく。
仲間と話して自分の考え方の癖に気づいていき、つらさに気づいていくことが必要です。
——借金を抱えている人は自己破産などをした方がいいのですか?
タイミングの問題だと思います。まずは治療しないと、借金がゼロになってもまたやってしまいます。早期にとりあえず借金だけ無くすことは個人的には反対です。治療が軌道に乗ってから安心した生活をしていくために借金を精算することは大事です。「誰かがなんとかしてくれる」ではなく、借金を自分ごととして考えることが必要です。
予防策は?
——ギャンブル依存症にならないために一次予防として必要なのは何でしょう?
世の中からギャンブルを無くすことでしょうけれども、そうもいきません。ギャンブル依存症の人はギャンブルをやっていて、自分が依存症になるなんて思っていません。
アルコールやたばこと同じように、リスクがあるものだということは宣伝すべきだと思います。たばこのパッケージにがんになる可能性が書かれているように、ギャンブルでも「依存症になってあなたの人生が破綻するかもしれません」と警告をつけてほしいです。
——公営ギャンブルがあったり、カジノのあるIR施設を国が推していたり、国のお墨付きを得ていますよね。アルコールもたばこもそうですが。
だからこそ注意書きや警告は責任を持ってやってほしいと思います。
——大谷選手のような超スター選手が今回ギャンブル依存症問題に巻き込まれたことは、本人にとっては気の毒ですが、啓発の大きなチャンスでもありますね。
可能ならば大谷選手には専門家や田中紀子さんのような人と対談してもらって、「彼はギャンブル依存症という病気なんです」と言ってほしいです。
——「けしからん」という道徳の問題にしがちですが、病気だということは知ってほしいですね。大谷選手という偉大な選手のそばにいてプレッシャーも感じていたのかもしれないですね。
プレッシャーや他人に言えないことはたくさんありそうですよね。実際に診ていないので真実はわからないですが、きっと大変だったろうし、自己治療が必要そうだなと推測はできますね。
——もし彼が依存症だったとしたら、治療や回復施設に結びついた方がいいでしょうか?
絶対にその方がいいと思います。個人的には自殺しないか心配です。もしうつになっていたら入院した方がいいと思います。
メディアはギャンブル依存症について正確に伝えて
——大騒ぎになっていますが、こういう時、メディアはどう報じたらいいと思いますか?
ギャンブル依存症であるならば、ギャンブル依存症はどういう病気なのか正確に伝えてほしいです。死んでしまうリスクのある病気ですし、自分で自分のことを責めてしまう病気です。
でも病気なので、適切な治療や支援を受ければ回復できます。治るから治療してほしいし、治療が早ければ早いほど治るんだよ、と伝えてほしいです。
——メディアもセンセーショナルに伝えるだけではなくて、これを機会にギャンブル依存症の啓発をしてほしいわけですね。
そうです。理想的には彼がその報道を見て、治療につながって回復してほしい。そして復帰して、大谷選手とツーショット写真を見せてくれたら同じ病気に苦しんでいる人の力になると思います。遠くから応援しています。
【常岡俊昭(つねおか・としあき)】昭和大学医学部精神医学講座准教授
2004年、昭和大学医学部卒業。2009年から、昭和大学附属烏山病院に勤務し、亜急性期病棟病棟長、スーパー救急病棟病棟長を経て、2018年から慢性期病棟病棟長としてギャンブル依存症治療プログラムを開始する。2023年より現職。精神保健指定医。精神科専門医。専門は薬物依存・ギャンブル依存・アルコール依存、ピアサポートなど。著書に『僕らのアディクション治療法:楽しく軌道に乗れたお勧めの方法』(星和書店)がある。
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コメント
興味深く読みました。
「国noお墨付き」という誤字がありました。もったいなーい、さらに多くの方に読まれる前にと思いお伝えします。
息子がギャンブル依存症になり、「親は、ギャマノンに繋がりなさい!」と常岡先生に強く言われていなかったら、私は、今どうなっていたか…
依存症患者、そしてそれに巻き込まれた家族も回復できるなどと思いもしなかった。支えてもらえる仲間のありがたさをひしひしと感じています。先生ありがとうございます
センセーショナルな報道ではなく、ギャンブル依存症の正しい知識や、命を断ってしまうリスクのある病気であることを報道して欲しいです。
水原さんが報道を見て、依存症の治療に前向きに取り組まれ、回復されますように。
回復して復帰して、大谷選手とツーショットの写真を見せてくれたら、同じ病気に苦しんでいる人にとって大きな力になります!私も水野さんの再起を心から応援しています。
私の息子も大学生の時に、偶然行った競馬場でのビギナーズラックをきっかけに依存症への一途を歩みました。
辛いこともありましたが、田中紀子さんが『いつかきっと息子さんがギャンブル依存症になって良かったと思う日が来るから』と言われ、そんな日が来ると信じてやってきました。回復の道は厳しいものですが、親も子も自助グループでの学びと参加が大切だと思っています。水原さんも、社会復帰してまた、笑顔で大谷選手と再会できる日がきてほしいです。
本当に常岡先生がおっしゃる通り、水原一平さんには、回復の道を歩んでほしいです。そして、いつの日か、回復への道を歩む中で、もう一度、大谷翔平選手とツーショットを!欧米のスター達が数々のリカバリーストーリーを打ち立て、映画にもなっているように、日本でも、水原一平さんと大谷翔平選手のリカバリーカルチャーを築いていけるはずです。私は水原一平さんの回復とさらなる活躍を心から祈っています。私や息子が、田中紀子さんやギャンブル依存症家族の会、自助グループに繋がることが出来て回復出来たのですから!そしてこの5年間、たくさんの回復した仲間も見てきました!水原一平さんの回復を心から応援しています!
ギャンブル依存症の事がとてもよくわかりました。
依存症が我慢が足りない人のなるものではなく、誰でもなってしまう病気で、治療が必要だという認識が広まってくれる事を切に願います。