「シラフの状態でどれだけ人生を面白がれるか」人気ロックバンドのボーカルが睡眠薬と酒に依存した理由
厚生労働省の依存症啓発イベントが開かれ、睡眠薬とアルコールの依存症に苦しんだロックバンド「ガガガSP」のボーカル、コザック前田さんが回復への道のりについて語りました。
公開日:2024/03/08 02:47
依存症の理解を深める啓発イベント「みんなで考えよう依存症のこと」(厚生労働省主催)が3月7日、東京都内で開かれた。
依存症から回復を続けている著名人や専門家らが登壇し、ロックバンド「ガガガSP」のボーカル、コザック前田さんは自らのアルコールと睡眠薬依存からの回復体験を語った。(編集長・岩永直子)
依存対象が人生の大事なものランキングより上に それが依存症
この日、登壇したのは薬物依存症からの回復を続けている俳優の高知東生さん、橋爪遼さん、元NHKアナウンサーの塚本堅一さん、ギャンブル依存症の当事者で「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さん、国立精神・神経医療研究センター・薬物依存研究部長の松本俊彦さん、父親がアルコール依存症だったタレント東ちづるさんら。
進行役は、お笑い芸人チュートリアルの福田充徳さんが務め、ロックバンド「ガガガSP」が応援アーティストとしてスペシャルライブを披露した。
松本さんは依存症の状態について、「デメリットの方がメリットを上回っているのに止めることができない。健康とか財産とか家族とか恋人とかそれまでの人生の中の大事なものランキングより一番上に依存対象が来てしまう。他にいろんな楽しいものがあったはずなのに、それ以外楽しいと思えなくなる」と解説した。
特に患者が多い3大依存症は「アルコール」「薬物」「ギャンブル」。国内には潜在的に数百万人の患者がいると見積もられている。
まず、アルコール依存症の特徴について、松本さんはこう説明した。
「繰り返し飲んでいるうちにだんだん慣れてくる。酒量が増えて、本人は酔わなくなったというのですが、それは馴染んでいる証拠です。アルコールは依存性薬物の一種で、脳の中で快感を感じるとドーパミンが出る。普段から褒められると出るものなのですが、依存症の人はアルコールでそれが出るようになる」
「それで量がだんだん増えて、コントロールを失うようになって、飲んではいけない昼間とか仕事中とかTPOがわきまえられなくなる。でも飲むのをやめると離脱症状が出て、眠れなくなったり落ち着かなくなったり、汗が吹き出してきたり、手が震えてきたりする。今日は一杯だけと思っても、必ず最後は気を失っている。社会的にも健康的にも色々なトラブルが出ているのにやめることができない。これが依存症の特徴的な症状です」
「そうなんです」「そうなんです」と頷きながら聴いていた福田さん自身もまた、2006年にM-1グランプリで優勝してから、急に仕事が忙しくなって一気に酒を飲む量が増えた。
「毎晩気を失うまで飲むことが続いて、いわゆるブラックアウトです。正月休みをもらったら、大晦日の晩飲む、元日起きて飲む、ちょっと昼寝して夕方ぐらいから飲んで、それを4日間ぐらい繰り返す。最終的には急性膵炎になって倒れましたね。ストロング缶を飲んだらキリがない。あれが恐ろしいんですよ。あれで体を壊しましたね」
負けても脳内に快楽物質が出るギャンブル依存症、人間関係も絡む薬物依存症
ギャンブル依存症も、アルコール依存症と同じように、賭けると脳内に快楽物質のドーパミンが出る。不思議なのは依存症になると、勝った時だけではなく、負けた時も出てくるようになることだ。
「勝っても負けても、『勝つかもしれない』という予測が高まった時に出るんですよ。だから止まらないんです」と松本さん。
アルコール依存症が飲む量がだんだん増えていくように、ギャンブル依存症はだんだん賭け金が大きくならないと興奮しなくなっていく。
「負けたら、負けた分を取り返すために次の賭けに行く。お金がないからあちこちから借りるようになるし、借りる金がなくなってくると会社のお金などを流用したりしてしまう。本人は盗んでいる感覚はなくて、無断で借用して利子をつけて返すつもりで罪悪感はないんです」
勝てば勝ったで次の軍資金になる。「結局、すってんてんになるまで止まらない。色々なデメリットが出てもやめることができないのですね」。
薬物依存症は、アルコール依存症と同様に使うことによって脳内に快楽物質が出るが、最初に使った時はほとんどの人が「拍子抜け」するのも特徴だ。ただ、そこに人間関係が絡むと、抜け出しにくくなる。
「勧めてくれた人が憧れの人だったり、自分が評価されず家庭にも職場にも居場所がない場合、初めて自分の存在価値を認めてくれた人が勧めてくれたりして止まらなくなる。気づいたら、薬中心の生活になっていて、中には逮捕されたり、仕事を失ったり、家族を傷つけたりしてやめようと思っても、『最後の一発』を何十回と繰り返す」
薬物を使っての性交渉は快感が高まると言われているが、松本さんはこれにも人間関係が絡んでいるのではないかと指摘した。
「それ以上に悪いことで秘密を握り合って親しくなった関係って特別な感じがありませんか?そういったことも無視できないんじゃないかと個人的に思っています」
ライブ中も副作用を求めて睡眠薬を過剰摂取
続いて登壇したガガガS Pのボーカル、コザック前田さんは、2010年頃から睡眠薬と飲酒の量が増加し、依存症と診断を受けている。2017年には精神科病院に入院し、両方を断ち続けながら、月1回の通院を続けている。
量が増え始めたのは、ライブが忙しくなり始めた頃だ。
「アドレナリンが出過ぎていて夜眠れなくなって、次の日のライブや喉に影響するのが怖かったので睡眠薬を飲むようになりました。1錠では効かなくなって、それが2錠になり、3錠になっていき、そのうち睡眠薬の副作用に頼るようになりました。僕の場合は飲むとアッパーになる。高揚する。だんだん酒と睡眠薬を混ぜて使うようになりました」
驚くのはそのうち、ライブ中もその作用を求めて睡眠薬を飲むようになっていったことだ。
「ライブでなかなかテンションが上がらない時に、睡眠薬を使ってアッパーになってライブをする使い方になっていきました。耐性がついているので何錠飲んでも眠くならないんです」
大量の睡眠薬はツアー先で初めて行く病院で嘘をつきながら手に入れた。「出張で1ヶ月ここにいるので、1ヶ月分の睡眠薬をくださいと言ってもらったり、病院のハシゴをしたりしました」
常にシラフでない状態。その頃の記憶はほとんどない。バンドの他のメンバーも「いつもと違う」と気づいてはいた。ライブ中も同じ曲を真面目な顔で2〜3回歌おうとする。移動中の車の中でも隠れて薬を飲んでいる。
「止めたらめちゃくちゃ怒られそうで言えなかった。キマっている感じだったので」とメンバーの一人は言う。
依存症が進むと、曲作りもできなくなっていった。ライブのMCは噛みまくったが、かろうじて歌は歌えていた。
自助グループに通って、アルコールと睡眠薬を断つ
2017年のゴールデンウイーク、睡眠薬をほぼ飲み切ってしまい、錠剤を細かく砕きながらチビチビと飲んでいた。飲まないとひきつけを起こして救急車で運ばれることもあったから、切らすことができないと思っていた。そうしてほぼシラフの状態に戻った時、ハッと我に返った。
「自分のやっていることは底ついてるなと冷静になれたんです。自分たち主催の大きなイベントがその年にあったので、そこまではやめられないだろうと思いました。だから病院に入ろうと。バンドも辞める覚悟で、病院に入る決意をしました」
1ヶ月入院し、さまざまな依存症の仲間と出会った。
「依存するものは違えど、道理は一緒なので、悩みを持っている人たちと話ができたのは大きかったです。頭ごなしに『やめろよ』と言われてもやめられなかったし、同情されても『違うだろ』という思いがあった。でも同じ話ができる人がいたので、入院は僕にとって意味があった」
今は「我慢している」という感覚はない。
「やめられたという喜びが大きくて、気分が高揚しています。最初にやめた頃に高揚する時期があるのですが、その時に勉強しようと思って、『AA(アルコホーリクス・アノニマス アルコール依存症の自助グループ)』や『NA(ナルコティクス・アノニマス)薬物依存の自助グループ』という自助グループに通いました。酒はやめなくてもいいと言われたのですが、飲んでいるうちに気が緩んで睡眠薬にも手が出るのでアルコールもやめました」
こうした回復への道のりは、社会にまだ十分伝わっていない。松本さんは依存症への理解が薄いことが原因ではないかと分析する。
「意思が弱いとか道徳心がないとか、法に触れるものだったら犯罪になり、『ダメ。ゼッタイ。』と言う。そうなると問題を抱えた人たちが相談しにくくなりますよね。周りの友達や家族もやたらと相談してはいけないことなのかなと思うし、話題にのせづらくなります」
こうした社会の中で依存症であることをカミングアウトする人は少ない。
「依存症という病気の存在が知られてこなかったし、回復できるものだとも知られてこなかった。こうして前田さんのようにカミングアウトしてくれる人がいると、助かる人がたくさんいますね」と松本さんは称えた。
前田さんは同じ症状に苦しんでいる人にこう語りかけた。
「お酒や睡眠薬でできている人格は仮の人格で本当の自分でないことが多い。本当の自分はどういう人間であるか受け入れる時間が必要なのかなと思いますし、そこで底をついたなという瞬間があって無理なくやめられる方向に行けばベスト。クリーンでいられる喜びを意識して、これからもカミングアウトは続けていこうと思います」
スペシャルライブで前田さんはステージで熱唱し、観客にこう呼びかけた。
「人生これからで自分の半径5メートルを幸せにしないと人生意味がない。そのために僕はずっとクリーンな姿で皆さんにステージを楽しんでもらうことがこれからの目標になっていくと思います」
「素面の状態でどれだけ人生を面白がれるか。それが今では僕のテーマかなと思っています。しんどくなったら自分の命の清掃業者を呼ぼうと思う時もあるかもしれません。だけど人間の一番の目標は死ぬまで生き抜くということだと思います。死ぬまで生きてやろうじゃないかと!」
「弱さを曝け出すことが強さ」自助グループの意味
後半は、薬物依存から回復し続けている元NHKアナウンサー、塚本さんの進行で、俳優の高知さん、橋爪さん、父親がアルコール依存症だった女優の東ちづるさん、ギャンブル依存症問題を考える会代表の田中さんらが、自助グループの意義について語った。
自助グループは当事者だけでなく、家族にとっても重要だ。
田中さんは「家族もたくさんの苦労があったと思うので、自助グループで癒されていく。そしてちょっと冷静になってどんな風に当事者に対応したらいいのか客観的に学ぶと、無駄なサポートや間違った手助けを止める勇気が持てる。先輩たちの話を聞いて真似をして問題を解決していく。家族にとっても大きな効果があります」と語った。
自助グループで仲間の中で自分のことを語り、仲間の話を聞く効果について高知さんはこう語った。
「生きていく中で、どれほど自分を隠して生きづらさを持っているか。弱さを曝け出すことが本当は何よりも強い人間なんだと気づけたらいいと思いますね。僕はそれで救われたので」
東さんは父親のアルコール依存症を家族内で抱えて、他人に知られないようにしていた。父の死後、初めてカウンセリングを受けて、「依存症は病気なのだ」と理解した。
それを思い切って発信し始めると「実は私も」「私の家族も」と同じ悩みを抱えた人たちが声をかけてくれた。
「それをしているうちに私自身もセルフヒーリングになっているとわかったんです」
そして今、同じ悩みを抱えている人に対してこう呼びかけた。
「一人じゃないよ。これは病気だから回復できますよ。そのための専門医もいるし、施設もありますよと伝えたい。そして私は、『依存症、ハリウッド』で検索してとよく言うんです。そうしたら錚々たるスターが出てくる。そしてみなさんが回復を応援して、業界にカムバックできるんです。日本もここまでいけばいいなと思いながら検索しています」
橋爪さんは「『依存症の回復ってこうだよ』と伝えるよりは、同じ目線で『一緒にやっていこうね』と言いたい。僕の役目は一緒の目線で『ちょっとずつやっていこう』と呼びかけることだと思います」と伝えた。
【依存症かも、と思ったら。主な相談窓口はこちら】
・各地の精神保健福祉センター(依存症全般について当事者や家族も相談可能)
・アルコール依存症の自助グループ AA(アルコホーリクス・アノニマス)
・薬物依存症の自助グループ NA(ナルコティクス・アノニマス)
・依存症全般の問題に取り組む特定非営利活動法人「ASK」
コメント
良いイベントでしたね。
印象的だったのは当事者家族の対応についてのVTRです。
刮目すべきは宅配された違法薬物を表現する際、ワイドショーで使われるような白い粉や注射器などで表さず、届いた段ボール箱を覗くという演出で見せた点です。
安易で露骨な小道具が当事者を刺激するトリガーになる、と常々松本俊彦医師が仰っていたので、おそらくその監修のもとでつくられたのでしょう。学びだけでなく、配慮が感じられる仕上がりでした。
日本にも依存症に対する正しい理解、ひいてはリカバリー・カルチャーが根付きますように!
昨日のイベントに参加していました。
ギャンブル依存症の家族(当事者息子)ですが、私は精神福祉センターに親子で面談した午後に家族会で自助グループの方にお会いできて繋がる事ができました。
息子は1人暮らししながら自助グループや当事者支援部に繋がりながら社会復帰、回復へ歩みだした所です。
依存症になりつまづいてしまっても社会が暖かく迎い入れてくれる世の中になってほしい。依存症の知識が多くの人に広がるように。私も微力ながら発信できるようになりたいと思っています。