Addiction Report (アディクションレポート)

まっちゃんは燃え盛る火の中でボンヤリしていた

生活困窮者の支援に関わって15年になる小林美穂子さん。アルコール依存症を抱えていたまっちゃんのことを振り返ります。

まっちゃんは燃え盛る火の中でボンヤリしていた
筆者の小林美穂子さん

公開日:2025/04/04 00:00

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生活困窮者支援に関わるようになって早15年、未熟な私もいろんな方々に出会ってきました。

生活に困窮してしまう理由は人それぞれ。体調を崩して一時的に困窮してしまう人もいますし、貯金もままならないほどに不安定かつ低賃金の職場を渡り歩くしか選択肢がない方もいます。社会が求める基準が高く、その上狭すぎるために、その輪に入ることができない人もいます。

輪の中ではものすごい速さでメリーゴーランドが回っていて、吹き飛ばされないように誰もが必死にしがみついています。ボヤボヤしたり、立ち止まったりしたら吹き飛ばされて輪の外へ排除されてしまいます。

生活困窮しても、この国には社会保障制度がありますから、憲法が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」は守られます。だけど、その制度にうまく当てはまらない人が一定数いることは、支援団体で活動してしばらくすると分かってきました。

「依存症」——薬物、ギャンブル、アルコール、市販薬、ゲーム、スマホ、セックスなど、いろんな依存対象がありますが、その中でもアルコールとギャンブルが原因で生活が立ち行かなくなり、何度も制度を利用するのに破綻してしまう、そんな方に多く出会います。

仕事や生活、健康に支障をきたすほどに依存対象に没頭するようになると、「依存症」と呼ばれるのですが、依存症は「精神的な弱さ」なんていう単純な問題ではなく、今では病気として認識されています。病気と認識されたからといって特効薬があるわけでもなく、日本では理解も広がっておらず、サポート体制も十分とは言い難い状況にあります。

そんな中、私達も試行錯誤しながら、依存症に苦しむ利用者の生活と健康をどうしたら守れるか、試行錯誤の毎日です。

路上の漫談家

私がこの世界に飛び込んで間もない頃…まだ40歳になったばかりの頃です。当時インターンとして所属していた認定NPO法人ビッグイシュー基金で夜回りをすることになりました。

夜回り中の街(稲葉剛さん提供)

夜の新宿駅で寝支度を始めている方々に声をかけながら歩いていると、「なにやってるの?」と声をかけてきたおじさんがいました。清潔な白いワイシャツにスラックス姿、眼鏡をかけた小柄で人懐っこいその男性は「松田(仮名)」と名乗り、かなり自虐的な自分史を語り始めました。

その軽妙な語りは、まるで漫談。笑ってはいけないと思いつつも、あまりに魅力的なお人柄と、卓越した語りに魅了されました。私達はすっかり聴きいってしまい、新宿駅構内に笑い声が響きました。

余談ですが、その夜回りチームの中でもひときわ嬉しそうに笑っていたのが、ひとが大好きでたまらない荒井佑介さん。現在は若者支援をするNPO法人サンカクシャの代表理事として大活躍中です。

忘れられないほどに愉快な夜回りとなったその夜、私の胸に松田さんの名前ががっちりと刻まれました。

有名人「まっちゃん」との再会

その後、別の支援団体で働き始めた私は、居場所となっていたサロンにやってきた松田さんと再会します。「よおよお」と片手を上げながら勝手知ったる我が家のように入ってきた松田さんは、古くからの常連さんたちから「まっちゃん」と呼ばれる人気者で、支援業界では知らぬ人はいないくらいの有名人だということをその時に知りました。

この日もまっちゃんはワイシャツにネクタイ姿でした。

どこから見てもサービス精神あふれた陽気なおじさんです。下町の商店街に二、三人はいそうな。そんなまっちゃんでしたが、生活保護制度を利用してアパートに入居しても、それが長続きはせず、結局は路上や役所があてがう宿泊施設を行ったり来たりしていました。

彼にはアルコールのご苦労…というか、依存症がありました。

依存症というと、意志が弱く、だらしがない人と勘違いしている人も多いと思うのですが、程度の差はあれど、あなたも私も、何かに依存して生きていると思っています。

ちなみに私の場合はゲームです。おそろしくシンプルなゲームを渡り歩くこと十数年。課金をしないことでギリギリ生活を守っていますが、おびただしい時間がこれまでに費やされてきました。 

ただ、私は無為に時間を過ごすことに無上の喜びを感じるタイプでもあるので、罪悪感はあまりありません。むしろ、必要な時間だと思っています。いろんな辛さを麻痺させ、乗り越えるため、人は少なからず何かに依存せずにはいられないのだと思うのです。生き続けるための手段なのだと。

まっちゃんの場合、どんな理由なのかは分かりませんが、逃げた先はお酒だったようです。

燃え盛る火の中で

なんと、まっちゃんは生涯一度も働かないで生きてきたことが自慢でした。

そうして家族からも愛想を尽かされ、追い出されてホームレス状態になり、それでも持ち前の愛嬌を武器に、路上にも支援団体にも友達をたくさん作ります。

制度を利用してアパート生活になり、ようやく落ち着いたと周囲も安堵した数年後、アパートが火事に遭ったのをきっかけに再び路上生活へ。結局、最後は路上で倒れ、救急搬送された先の病院で亡くなりました。

まっちゃんが、生前どうしてアルコールに溺れたのか、つきあいの浅かった私には分かりません。

見ていたわけではないのに頭に焼き付いているシーンがあります。

木造アパートが火事になった際、「火事だー!」と隣人たちが避難しながら、まっちゃんの部屋のドアを開けると、燃えさかる火の中で、まっちゃんはぼうっと座り込んで酒を飲んでいたというのです。

「なにやってんだ!逃げないと!」隣人によって抱えられるようにして救助されたというそのエピソードは壮絶で、それまでの彼のイメージとは対極にありました。

私の頭の中で、まっちゃんは火が迫る畳の部屋で、あぐらをかいて酒を飲んでいます。

煙が充満し、炎がはぜる音がする六畳間で丸まった小さな背中。笑える要素がなに一つないその姿。

ダメ人間としての自分史を、漫談のように語っていたお調子者のまっちゃん。常に明るくおどけて人を笑わせていた姿、そして火の中でぼんやりと座っていたまっちゃん。私達は少しでも「知っている」ような気になっている他者のことを、実際はどれほど知っているのでしょうかね。

まっちゃんを思い出させる花「トキワツユクサ」。花言葉は「尊敬」「懐かしい関係」。フランスの古典小説にちなみ「放浪のユダ」とも呼ばれている。

やめないといけないって分かってるんスけどね

この原稿を書いている最中に、若い相談者から電話がありました。何年か前にSOSを受けて、生活保護申請の同行やアパート探しを一緒にした人です。重い持病があり、継続的な治療をしなくてはならない人でした。複合的な障害を抱えながら、日本全国仕事を求めて渡り歩き、一人でなんとか生きてきた人です。

せっかく一緒に苦労して見つけたアパートも長くは維持できず、彼を見守る親切な大家さんをも裏切って家賃を滞納し、挙句に彼は失踪しました。あっちこっちに失踪するたびに、持病治療は中断されます。その後も行く先々で困窮すると電話をかけてきてくれるのですが、昼間から大体酔ってます。

「お酒飲んでるでしょ。呂律回ってないもの」と指摘すると、毎回「分かります?」と素直に認めるのですが、今日は「飲んでないっす!いま、○○薬局でペットのお茶買ってきて、それ飲んでます」と答えたので「酔い覚ましのお茶でしょ」と言うと「そうっスね!」と元気に答えるので思わず笑ってしまいました。

こんな行き当たりばったりの生活はいいかげんに終わりにして、治療が続けられる生活をしないと、本当に死んでしまったり、お酒やお金絡みでトラブルに巻き込まれたりと、あまりいい展開は考えられません。また生活保護を利用して医療にかかりませんか?と何度も何度もやり取りをしています。

それでも、「分かってるスけどね、やめないといけないって分かってんスけどね」と繰り返しながら、「小林さんには迷惑ばっかりかけて」と恐縮する。

「迷惑なんてかかってないけど、私は心配なんですよ」と答えながらも、この先もこのやり取りが延々何年も続いていくであろうことも想像がついているのです。制度と路上の行ったり来たりを無限に繰り返しているうちに、やがて助けてくれる人は減り、条件はどんどん悪くなっていくことを、彼自身も知っています。

依存症に特効薬はないし、私達もなにができるというわけでもありません。とても無力です。生きていてよと祈るような気持ちで、緩くつながっていることしかできません。

生活保護利用者や依存症に苦しむ人達に、世間は驚くほどに冷たい。でも、誰もが、外見からは見えないいろんなものを抱え、そうは見えなくても、その人なりに懸命に生きている。

「ダメな人」と一刀両断されてしまいがちな人達が、これまでどんな人生を歩いてきたか、いろんなものを一人で抱え、もがくように生きてきたか。かけがえのない一人ひとりの側面を、今後ほんの少しだけご紹介できたらと思っています。

コメント

2ヶ月前
焼きもろこし

読んでいて、勤めたことのないまっちゃんがなぜいつもYシャツネクタイ姿だったか、分かるような気がしました。

その格好がまっちゃんの思う1番の「真人間のする格好」だったからではないでしょうか。

自分ははみ出し者なんだと思っていたからそうしていたんじゃないかな と思いました。

かく言う私自身がそうだからです(出かける時は勤め人っぽい装いを意識しています)

2ヶ月前
焼きもろこし

読んでいて、勤めたことのないまっちゃんがなぜいつもYシャツネクタイ姿だったか、分かるような気がしました。

その格好がまっちゃんの思う1番の「真人間のする格好」だったからではないでしょうか。

自分ははみ出し者なんだと思っていたからそうしていたんじゃないかな と思いました。

かく言う私自身がそうだからです(出かける時は勤め人っぽい装いを意識しています)

2ヶ月前
匿名

優しいお話ありがとう。まっちゃんはいい人に囲まれ、ある意味幸せだったかも。

2ヶ月前
ホープ

私もギャンブル依存です。

生活や仕事で不安になると

自傷行為でリセットしてしまいます。

コロナ後遺症になり生活保護受給して

リセットしてしまいましたが

ワーカーさんやいろんな皆様ど出会い

やっと自分で心理学の本読んで

何がしたいのか?

これから先どうしたいのか?

など考えられるようになりました。

でもカウンセラーを受けたいんですが

高いですよね。

4月14日から再就職しますが

期待と不安が半々です。

たぶん人それぞれの自分との向き合いかたがあるので難しいですよね。

まずは、

世の中が多様になる事?

そして自分自身を向き合う場所ができたら嬉しいでしょうか!

ありがとございました。

2ヶ月前
匿名

依存症に特効薬もなければ、出来ることもない無力という言葉が、胸に刺さりました。

確かに、依存症の私の息子もそうです。生きていてよと、祈る気持ちです。

2ヶ月前
匿名

依存症に対する理解が世の中に知られていず、サポート体制も十分ではない。

世間からは、心が弱いや、自分でなんとかしろなど、そうなってしまったその人達の背景はみてくれない。それが現実。人の事ってわかっているようでわからない。だって自分の事ですらわからないもの。

2ヶ月前
カネゴン

とても哀しい内容ですが、みんなその人なりに一生懸命にもがき苦しみながら、生きているのが伝わります。

ありがとうございます。

2ヶ月前
匿名

今の世の中生きずらさを抱えていきる人は沢山いるだろう。

親、子供、夫、妻、ご近所さん、会社の上司等々言い出したらきりがない、学歴社会、を乗り越えた人だけが、幸せな生活を送ることが出来る。と私もずっとそう思っていました。ほんとうの幸せってなんだろう?

人の足を引っ張ってのしあがってる人も沢山見てきました。いつもいじめられ、会社のゴミのように扱われている人も見ました。悲しい世の中です。

みんながもっと、思いやりの気持ちと勇気を持って生きていって欲しいです。他人の気持ちを思いやれない人間がいっぱいいる。他人に無関心❗そんな人間がいっぱいで悲しい。逃げないで私は生きて行きたいです。

2ヶ月前
こうじ

生活保護利用者や依存症に苦しむ人達に、世間は驚くほどに冷たい。でも、誰もが、外見からは見えないいろんなものを抱え、そうは見えなくても、その人なりに懸命に生きている。

ひととなり、話しかた、肌ざわりのようなもの、ひとりひとり違うことを、ひとつひとつ読めることを、楽しみにしています。

2ヶ月前
匿名

執筆ありがとうございます。

心に沁みました。

次回も楽しみにしております。

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