「こころから寄り添わない大人」に絶望、ひきこもって過食に…トラウマ乗り越えたカウンセラー【後編】
藤原秀博さんは、過去の「傷」が原因でひきこもりや摂食障害を経験し、ダイエットをやめられなくなりました。自助グループに出会い、回復の道を歩み、人のこころに寄り添うカウンセラーになります。しかし、メディアは「悲惨な当事者」として扱い…
公開日:2024/03/15 02:00
中学2年のときに集団暴行やいじめを受けたことをきっかけに、藤原秀博さん(46)は家にひきこもりがちになった。26歳のときに会社員になったが、人間関係がうまくいかず、自分に自信をもつことができなかった。
「見た目をよくしよう」と始めたダイエットは過激なものだった。サウナスーツの上にスーツを着用し、さらに15キロのおもりをつけて出社していた藤原さんは、上司が言ったことばで、ようやく自分と向き合う決意をする。(ライター・吉田緑)
初めて出会った「仲間」
いつものように出社したある日のことだった。上司に、こう言われた。
「においがひどい」
ショックだった。身だしなみには気をつかってきたつもりだった。「自分のにおいがわからなくなるほど体重にとらわれていたのか。正気を失っている」と、ようやく気づいた。メンタルクリニックの門を叩き、摂食障害と診断された。
「もし、同じ病気の人がいるならば会ってみたいと思い、自助グループにつながりました。自分だけがおかしいと思っていましたが、同じ悩みをもつ仲間に初めて出会いました」
グループでおこなわれていたのは、依存症の回復プログラムとして知られる「12ステップ・プログラム」だった。プログラムに興味がわかず、人間関係に疲れて離れた時期もある。しかし、数ヶ月後に再びグループに戻ってみると、驚くことがあった。
「仲間の言動や自分自身との向き合い方が変化していることに気づき、人は数ヶ月でこんなに変わるの?とビックリしたんです。私も『過食症を必要としない自分づくり』をしようと、プログラムと向き合うことを決めました」
それからは、真剣に向き合った。プログラムに取り組んで立ち直った経験を持つ「スポンサー」のもとで学び、他の仲間にも救われながら、回復の道を一歩ずつ歩み始めた。これまで誰も教えてくれなかった「生きる術」、「摂食障害や依存症と向き合うための姿勢」を学んだ。磨かなければならないのは外面ではなく、内面だと気づいた。
回復の過程で、末期がんになった父親とも向き合った。母親はすでに他界し、藤原さんは実家に戻ってくるよう言われていた。
「父はひとりになることは想像していなかったのだと思います。母や私に介護してもらえると期待していたのかもしれません」
会いに行こう。そして、これまで隠していた過去の話をしよう。もしかしたら「そんなつらいことがあったのか。わかってやれない親でごめんな」と言ってくれるかもしれないーー。
そんな淡い期待を胸に、実家に向かった。集団暴行を受けた過去を打ち明けた藤原さんに、父親はこう言った。
「そんなこと今更言われても知らねぇよ。こっちは精一杯、働いていたんだ」
そのことばは、グサリと刺さった。仲間に聞いてもらい、こころの傷を癒した。「やっぱり父と同じ屋根の下で過ごすことはできない」と感じ、遠方から介護のために通い続けた。「会社勤めはやめるなよ」と言われたため、仕事は辞めずに済んだ。葬儀では、喪主を務めた。
カウンセラーになるも…メディアは「悲惨な当事者」として報道
いつの日からか、藤原さん自身もスポンサーを引き受けるようになっていた。しかし、異性には断らざるを得なかった。恋愛関係のトラブルなどに発展するおそれがあるとして、引き受けるのは好ましくないと言われていたためだ。スポンサーとしてではなく、純粋に相談に乗ってほしいなどと頼られる機会も増えた。できることに限界があった。
目の前にSOSを出している人がいるのに、こたえられないーー。それは、誰にも手を差し伸べてもらえなかった過去をもつ藤原さんにとって、何よりもつらいことだった。
民間資格を得て、カウンセラーとしての活動を始めた。性別や内容を問わず、助けを求める人に寄り添う道を築くためだった。ひきこもりの当事者団体にも協力し、回復について綴った本も出版した。依存症回復支援施設の開設に携わったこともある。人の力になりたい一心で、活動の幅を広げていった。
そんな藤原さんに興味を抱くメディアも少なくなかった。しかし、メディアが注目したのはカウンセラーとしての一面ではなく、ひきこもりの経験がある当事者としての「悲惨な体験」だった。報道をみて、唖然としたこともある。
「カウンセラーとして話した内容が丸ごとカットされていたことがあります。かわりに『専門家』として出演した医師が、私と同じ話をしていました。画面の中での私は『タダのひきこもり』として扱われていたんですよね」
報道関係者に「悲惨なクライアントを連れてきて」と頼まれたこともある。
「『人前に出られる状態にないクライアントにカメラを向けないでほしい』と拒否すると『取材してやろうと思ったのに』と言われてしまいました」
人や組織に絶望することはあるけれど…
人を信じられなくなったり絶望を感じたりする出来事は、今でもある。回復の道を歩み始めた人が組織に潰され、再び外の世界を断絶してしまう様子も見てきた。
「ひきこもりだった人がようやく夢をかなえたのに、就職先がブラック企業だったということがあります。人を信じる決意をして外に出たのに、潰されてしまう。ただ、腐敗した組織でも、そこにいなければできないことがある人もいます。私にできるのは、どんな組織であっても、人が魂を持ったまま活動できるように、枠の外から応援することです。そして、自分が関わった大人たちが、波乱万丈であっても、温かい家族関係・人間関係を築いてくれることが一番嬉しいです」
困りごとを解決しようと急ぐあまり、悪質な業者とのトラブルに巻き込まれてしまった人からの相談も少なくない。ひきこもりの人を無理やり外に連れ出す「引き出し屋」とよばれる民間支援業者の行為によって、傷を負った人たちもみてきた。
「人は、どうしても『答え』を求めてしまいがちです。悩みや不安を一瞬で取り除くことができると期待してしまう。でも、人生に答えはありません。私は問題を取り除くための答えを提示するのではなく、すぐには解決できない問題や障害などとどのように付き合っていくかを一緒に考えたい」
カウンセラーになって10年。コロナの後遺症で遠出できなくなり、外出時は杖をつくこともある。体調が安定せず、やむを得ずに予定をキャンセルすることもある。しかし、助けを求める声が聞こえれば、オンラインなどを駆使し、相手に寄り添う。
世間には「素通りする大人」だけではなく、手を差し伸べてくれる人もいる。こころの傷を受け止めてくれる居場所はある。藤原さん自身が、証明する。
▶「こころから寄り添わない大人」に絶望、ひきこもって過食に…トラウマ乗り越えたカウンセラー【前編】
【藤原秀博(ふじわら・ひでひろ)心理カウンセラー】
ボトルボイス所属カウンセラー(https://bottlevoice.net/sodan-yoyaku/list/301)。ASK認定依存症予防教育アドバイザー。NPO法人YーARAN(横浜依存症回復擁護ネットワーク)理事。ナルミーランド副理事長。あすぷろ実行委員。2021年、全国初の「ひきこもり人権宣言」を当事者団体で発表。翌年に弁護士や精神科医などと「ひきこもり報道ガイドライン」も発表する。神奈川県で複数の依存症回復施設の開設に携わり、各所で講義も行う。著書に『現代引きこもり生活学のすゝめ~覚醒の十二章~』(日本デジタル出版協会、2018年)。「依存症オンラインルーム【摂食障害】Room E」(https://www.ask.or.jp/adviser/online-room.html)を運営。
コメント
藤原さんに救われている一人です。ありがとうございます。ナイチンゲールの心を持っていらっしゃいますよね。
私も少しですが、メディアに出て痛い目にあった事があります。編集されて、都合の良い所だけ使われて、不本意な面が誇張され、その後の人生が変わりました。SNSも怖いです。
マスコミを訂正するのは難しい。
藤原さんも傷付いているのに、サポートし続けてくださって本当にありがたいと思います。
私も藤原さんに救われた一人です。
20年以上、摂食障害に苦しみ、
一日20時間以上家に引きこもり食べては吐く生活をしていたこともありました。
こんな自分は「ダメ人間」だ。とひたすら責めては自己憐憫の中で生きていた私ですが、行けと言われ仕方なく通っていた自助グループで、藤原さんと出会い衝撃を受けました。
「過食するのも大変。過食費は膨大にかかるし、体力は奪われるのに、本当によくやってるよ」
その肯定的な言葉に、初めて自分を分かってくれる人がここには居る。
と自助グループに対する意識が180度変わり、自分にとって必要な場所だ。と心から思えるようになりました。
「人生に答えはない。すぐには解決できない問題や障害などとどのように付き合っていくかを一緒に考えていきたい」その言葉通り、
藤原さんは10年以上、私の心の恩師として支えてくれています。
そんな寄り添いができるのは、藤原さん自身数々の辛く悲しい経験、周りから理解されない苦しい経験をされたからこそだと思います。
経験からのこころからの寄り添いとサポート。
藤原さんは仲間であり本当に素晴らしいカウンセラーさんです。
感謝という言葉では言い表せないほど
感謝しております。
勿論自助グループの力も大きかったと思いますが、ヒデさんの努力も大きかったと思います。記事を見るとヒデさんは本当に努力家で勉強家だなと感心致します。
またメディアで「悲惨な当事者」と報道されて悲しみや悔しさがあるかもしれません。でも私は今、このヒデさんの体験を読んで部屋でスクワットを始めたり、食事制限を始めたり、一歩を踏み出す事が出来ています。
ヒデさんの「悲惨な体験」に私は励まされ救われました。
一歩踏み出す勇気をくれました。
希望の光が見えました。
だから、本当に心から「ありがとう」と言いたいです。
ヒデさん、ありがとう!
私も自助グループに現在通っています。
共依存、生きづらさに限界を感じていました。
初めて参加した時はとても勇気がいりました。
行く前は心がガチガチに固まっていて不安でしたが、仲間が温かく迎えてくれて心からほっとする場所でした。
回復には何が必要なのか考えました、、
まず、自分ひとりではどうにもならないことを自覚すること。
今までと同じやり方では同じパターンの繰り返しだと気づくこと。
心から安心できる仲間や居場所を作ること。
自分を内省し、12ステッププログラムに向き合うこと。
魂で寄り添ってくれるhideさんのようなスポンサー、カウンセラーは唯一無二です。
「人生に答えはありません…すぐには解決できない問題や障害などとどのように付き合っていくかを一緒に考えたい」
「一緒に」という言葉にhideさんの人柄が詰まっていますね。
hideさんスポンサーさんになっていただき心から感謝しています。
いつもありがとうございます!
わたしも幼いころいじめや親の虐待で摂食障害になりガリガリでした
精神状態もおかしいのに親はスルーしていました
家に居たくないので引きこもりにはなりませんでしたが
藤原さんのお気持ちが痛いほどわかります。
いろんな活動されていて素晴らしいと思います
写真も素敵ですね
藤原さんの文章は好きです
これからも頑張ってください
藤原先生に某施設で本来の12ステップを教えていただいたので、依存症の克服に留まらず、生きづらさトラウマと向きあうプログラムを実践する気持ちになれました。今は先生のおかげで息子と幸せに過ごせています。一人でも多くの人に読んでもらって、立派な資格や肩書がなくても能力の高いカウンセラーがいることに気付いてほしいです。反対に国家資格があっても無理解な医師、無能なカウンセラーが多すぎます‼
それから、社会勉強もせず親に世話になりながら、ひきこもり当事者の講師みたいな方が結構いますが、これだけ8050問題が深刻な少子高齢化社会で、家族の立場からすると容認できません。イジメ被害者で摂食障害の当事者が、社会で働きながら、親の介護や葬儀までやり遂げて支援者になっている、藤原先生の話だからこそ説得力を感じます。この記事は福祉の概念を高めていて満足して読めました。