「罰」から「治療」へ――依存症と再犯を巡る医療と司法の現在地
依存症犯罪は罰中心から治療重視へと転換し、刑務所内の支援も進んだ。しかし出所後の再犯は後を絶たない。なぜ回復は続かないのか。30年現場に立つ医師の証言から、医療と司法の課題を探る。
.jpg?fm=webp&q=70&w=500)
公開日:2026/04/13 02:00
依存症に関連する犯罪は、「罰するべきもの」として扱われてきた。だが近年、司法の現場ではその認識が変わりつつある。罰を与えるだけでなく、治療につなげることの重要性が重視されるようになってきたのだ。
刑務所内では、認知行動療法などのプログラムも整備され、依存症からの回復を支える取り組みは前進している。ところが、出所後、再び同じ行為に及んでしまうケースは後を絶たない。
なぜ、治療を受けても人は元に戻ってしまうのか。30年以上にわたり依存症と向き合ってきた大石クリニック・大石雅之院長の証言から、医療と司法の取り組みの現在地、そしてその先にある課題をひもとく。
隔離から治療へ――依存症医療の転換点
大石雅之院長は、1980年代より精神科医としてキャリアをスタートした。1991年に横浜市に大石クリニックを開業、以来30年以上にわたってアルコール依存症をはじめとする依存症治療に向き合ってきた。
精神科医になった当初、依存症専門クリニックはほとんどなく、精神病院の閉鎖病棟に閉じ込め隔離する治療法が主だったという。
――先生が依存症治療を始めた30年前から、依存症や関連する犯罪に対する医療のあり方は、どのように変わってきたのでしょうか。
当時の状況を語るうえで最も有名な事件として、1983年の宇都宮病院事件があります。栃木県の精神科病院で、看護職員らが患者を暴行し、死亡させた事件です。
当時精神科病棟には薬物やアルコールなどの依存症患者も入院しており、被害を受けていたといいます。
患者に対する過剰な身体拘束や隔離などの人権侵害が常態化していたことが国際的な非難を浴び、1987年の精神衛生法の改正につながりました。
新たに制定された精神保健法(現・精神保健福祉法)では、患者の人権が明記され、入院中心の医療から、社会復帰を目指す支援体制へ重点がおかれるようになったのです。
精神科の医師たちは、依存症患者には隔離ではなく治療が必要であると、地道に訴えてきました。
依存症のなかには、犯罪行為に直結するものもあります。クレプトマニア(窃盗症)が依存症により引き起こされることを世間に広めたのは、赤城高原ホスピタルの竹村院長です。
また、精神的・社会的なリスクを冒しても、痴漢や盗撮、露出行為等の性的な問題行動を繰り返してしまう性嗜好障害は、榎本クリニックの榎本院長と私が中心になって理解を広めてきました。
このように、精神科の医師が中心となって、病的窃盗や性嗜好障害が単なる犯罪行為ではなく治療が必要な病であることを訴え、支援を行ってきたという背景があります。
進む制度改革と変わらない再犯率
――先生のクリニックでは、薬物依存や窃盗症など依存症に由来する犯罪に対する司法対応を実施されていますが、具体的にはどのようなことをされているのでしょうか。
薬物の自己使用やクレプトマニアなどの依存症に関係する刑事裁判において、弁護士やご本人からの依頼によって裁判所に提出する書類を作成しています。ひとつは、精神鑑定によって責任能力を判断する鑑定書、もうひとつは、「治療を受けている」事実を裁判所に示す診断書や更生計画書などです。
後者には、刑の軽減という現実的な意味があります。通院状況や治療への取り組みが、裁判所の量刑判断に影響することがあるのです。
たとえば、薬物事件で逮捕された場合、みな刑務所に入りたくないというのが本音でしょう。刑務所に入るくらいなら外で治療した方がいいと。そこで、更生する意思があることを裁判所に示し、少しでも刑を軽くしてもらうために来院するんです。
警察に捕まる前に来院する方は、残念ながら多くはありません。しかし、たとえ動機が減刑狙いだとしても、治療を始めることに意味があるのだと思います。
――実刑によって刑務所に入った場合でも、治療は継続できるのでしょうか。
刑務所内での依存症治療については、近年では認知行動療法などを取り入れた個別治療が行われるようになりました。また、2025年6月からは従来の懲役刑と禁錮刑が統一され、拘禁刑の導入が始まったことで、刑務所内での治療を継続しやすい環境が整いつつあります。
【刑事収容施設等での依存症治療プログラムの変遷】
1990年代 覚せい剤事犯の急増を背景に、法務省が矯正施設内での薬物指導を本格化。
指導の主流は講話や説諭(言い聞かせ)といった根性論的なアプローチが中心。
体系的なプログラムや科学的根拠が乏しく、教育の効果に限界があった。
2006年「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」施行
「薬物依存回復処遇プログラム(RSAP)」を全国の刑務所に導入
根性論から脱却し、認知行動療法をベースに「依存のトリガー(引き金)」や「再使用のパターン」を自己分析し、具体的な対処スキルを習得する形態へ移行。
.png)
刑事施設における薬物依存離脱指導の効果検証
2013年「薬物依存者・高齢犯罪者等の再犯防止緊急対策」
専門的プログラムの対象を拡大
回復共同体モデルの試験的導入
出所後の支援機関との連携強化
保護観察所との連携による仮釈放後の継続支援の仕組み整備
2016年 刑の一部執行猶予制度の開始
受刑後に社会内で保護観察を受けながら治療・支援を継続する「出口戦略」が制度化。
2022年 刑法改正 「懲役刑」「禁錮刑」が廃止・統合され、「拘禁刑」が新設
懲役刑では刑務作業が中心で、治療プログラムは「空き時間に行うもの」という位置づけだった。しかし拘禁刑導入により、作業よりも治療プログラムを優先的に割り当てることが制度上可能に。
しかし、刑務所内の治療には一定の効果はありますが、再犯抑止という点では課題が残ります。刑務所内で行われる薬物依存離脱指導について、動機づけや自己効力感といった心理面は改善する一方で、再犯率そのものを明確に下げたとは評価できないことが、法務省の検証によってわかっています。
重症例には、多面的支援が必要なのです。
法務省矯正局「刑事施設における薬物離脱指導の効果検証調査報告書 令和4年10月」
刑務所内で実施される治療プログラムにより、動機づけ(やめたいという気持ち)や自己効力感(やめられる自信)、スキル(再使用を防ぐための知識)などは統計的に有意に向上した。
.png)
一方で、再犯率については、受講の有無による明確な差は確認されていないと結論づけている。つまり、意識は変わるが、再犯率に有意な差はないという結果となった。
※出所後1年・2年以内に犯罪を起こし、実刑になったケースを再犯率の対象とする。
.png)
回復の前提としての生活基盤
――なぜ、心理面では一定の効果があったにも関わらず、再犯率に有意な差がないのでしょうか。
刑務所の外に出た後の、アフターフォローがないからでしょう。刑務所内と外では、環境のギャップが大きすぎます。
重要なのは、刑務所を出た後なんです。私が先ほど「重症者」には多面的な支援が必要だと言ったのは、それが理由です。
認知行動療法やカウンセリングは、刑務所を出ても家があり仕事がある「軽症者」には役に立つでしょう。しかし、家も仕事もない人は、どれだけ刑務所内で離脱指導を受けたとしても意味がない。
雨に濡れている人には、依存症についての知識を提供するよりも、まずは傘を差しだすことが必要です。カウンセリングや薬だけが医療ではないんです。
当院では、刑務所を出所した方に限らず、家族との関係が悪化して家に帰れない方や自宅で再発を繰り返している方などに対し、7か所のグループホームと個人寮を用意しています。また、無職の方には就労移行支援等も実施しています。
仕事をもつ人と持たない人とでは再犯率が違うことは、データとしてはっきりしています。まずは家を作り、仕事に就けるようにすることが優先です。生活が落ち着いて、お金を稼げるようになってからでなければ、認知行動療法も自助グループへの参加も、効果を発揮できないのです。
法務省・矯正統計年表より
薬物乱用者に限らず、刑務所再入所者のうち、再犯した時点で無職だった者の割合は72.7%であり、仕事についていない人の再入率は、仕事についている人の約3倍であることが示された。
また、釈放後に帰住先がない者の2年以内再入率は、出所受刑者全体と比べて約1.7倍であることが判明している。
.png)
.png)
――最後に、先生は依存症と再犯を減らすために、何が最も重要だと考えますか。
一番重要なのは、早期発見・早期治療です。刑務所に入る段階というのは、すでに重症化しているケースが多い。そこから立て直すのは難しいでしょう。本来は、重症化する前に見つけて、治療につなげるべきです。
そしてもう一つ。治療を医療の中だけで考えないことです。依存症は、個人の問題ではなく、生活の問題であり、社会の問題です。だからこそ、住む場所や仕事まで含めて支えることが、結果的に再犯を減らすことにつながるのだと思います。
(終わり)
【大石 雅之(おおいし まさゆき)】大石クリニック院長。
1954年、広島市生まれ。精神科医。麻酔科医としてキャリアをスタート後、精神科へ転向。入院中心だった時代に外来治療の必要性を感じ、1991年に横浜市で大石クリニックを開設した。デイケアや就労支援、グループホームの整備を通じ、回復と社会復帰を支援。アルコールや薬物に加え、ギャンブル、窃盗症など多様な依存症の治療にも取り組んでいる。
