
アルコールによる被害は、本人の健康問題としても、第三者への暴力としても、繰り返し可視化されてきた。にもかかわらず、日本ではそれらの問題は「酒の上のこと」として許容され、「節度を持って飲めばいい」と個人の責任に回収されてきた。
明確な被害があるにも関わらず、アルコールそのものを規制する議論は広がりにくい。なぜ酒は、ここまで例外的に扱われてきたのか。
2026/04/14 02:00
遠山怜

アルコールによる被害は、本人の健康問題としても、第三者への暴力としても、繰り返し可視化されてきた。にもかかわらず、日本ではそれらの問題は「酒の上のこと」として許容され、「節度を持って飲めばいい」と個人の責任に回収されてきた。
明確な被害があるにも関わらず、アルコールそのものを規制する議論は広がりにくい。なぜ酒は、ここまで例外的に扱われてきたのか。
2026/04/14 02:00
遠山怜
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日本のアルコール問題対策では、飲酒下の暴力や貧困にさらされた家族や当事者への対応は、後回しにされてきた。いまも世間では、「家庭内のいざこざ」「節制できない人が悪い」と、問題の原因を個人に求める風潮が根強い。当事者とそうでない人たちの溝を埋める手立てはあるのだろうか。
2026/04/16 02:00
遠山怜
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日本では、飲酒は「個人の節度」に大きく委ねられてきた。その象徴が、「お酒はほどほどに」という言葉なのかもしれない。「ほどほどに」という言葉は、注意喚起する声かけであると同時に、逸脱した個人に責任を帰する言葉にもなり得た。
広く使われながら、その中身が曖昧な「ほどほど」という言葉は、いったいどこから来て、何を個人に背負わせてきたのか。
2026/04/15 02:00
遠山怜