Addiction Report (アディクションレポート)

「過熱する薬物報道で命を落としかけた」元NHKアナウンサーがマスコミに願うこと

元NHKアナウンサーの塚本堅一さんは自身の体験ももとに、これまでの薬物報道のあり方に疑問を呈す。あるべき薬物報道の姿とは。

「過熱する薬物報道で命を落としかけた」元NHKアナウンサーがマスコミに願うこと
元NHKアナウンサーで現在は依存症啓発に取り組む塚本堅一さん(撮影・黒羽政士)

公開日:2024/09/20 01:45

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元NHKアナウンサーの塚本堅一さんは自身の体験ももとに、これまでの薬物報道のあり方に疑問を呈す。

報じる側にいた塚本さんの目には現在の薬物報道はどのように映るのか。そして、あるべき薬物報道の姿とはどのようなものなのか。

自分は「偏見など持っていない」と思い込んでいた

ーー元NHKアナウンサーという肩書きも活かし、塚本さんはこれまでの薬物報道にも疑問を呈しています。

これはずっと言い続けようと思っているのですが、私自身も「自分は薬物使用をした人に対して偏見など持っていない」と思い込んでいた。これは紛れもない事実です。

本当に恥ずかしいことではあるのですが、実際には「そんな偏見持っていません」という顔をして、報道の現場に立っていた。でも、違った。だからこそ、本当はみんなそういう気持ちがどこかにあるんじゃないですか?とも思うんです。

例えば俳優の高知東生さんは、薬物使用で逮捕されましたが、今は少しずつ社会復帰し、最近では映画で主演も務めています。じゃあ、彼の活躍を心の底から喜ぶことができますか?

私についても、こうやってメディアで発信したりしているのを見て、心のどこかで「お前、薬物使っただろ」と思っている人も少なくないのではないでしょうか?

そしてそれは、薬物の問題について「ダメ。ゼッタイ。」という言葉を使って、薬物を使った人は廃人であるかのような伝え方しかしてこなかった社会全体の問題だと捉えています。

大抵の人は薬物について考える機会もなければきっかけもない。そんな中では、スティグマの払拭というのはいつまで経っても困難です。

報じる側にいるマスコミの人々に考えていただきたいのは、いま本当に必要なのはどのような報道なのかということです。

ーーでは、具体的にどのような報道が必要なのでしょうか。

日本の薬物使用に対する啓発や教育では、一次予防に主眼が置かれ、「ダメ。ゼッタイ。」という言葉とともに、とにかく薬物を使うなというメッセージを発信してきました。一定程度その効果を発揮してきたのは事実だと思いますが、その反面、一度薬物を使用した人々の二次予防や三次予防については疎かにされ続けています。

撮影・黒羽政士

また、ただ単に興味本位でゴシップのような報道を続けて、薬物使用をした人を袋叩きにし続けて何が得られるのかも自問自答してほしい。

薬物については、実名報道の是非についても、一度立ち止まって考える必要があると思います。今年5月に京都府木津川市のダルクに入所中の薬物依存症患者が覚醒剤を使用したことが報道されました。しかも、一部の報道機関は実名で報じた。

私もマスコミにいたので記事が出るに至った背景を想像できるのですが、おそらくは新人記者がサツ回りをする中で情報を入手し、デスクに「記事にしろ」と発破をかけられて記事が出たといったところではないでしょうか。

このニュースを報じるかどうかもそうですし、さらに実名を出すのかどうかは本来非常に慎重に判断すべきポイントです。実名で報じた場合、報じられた依存症患者のその後はどうなるのか。二次予防、三次予防まで考えれば「その実名報道は本当に必要ですか?」という疑問が拭えません。

しかし、多くの報道関係者はこのような知識のアップデートができていないのが実情です。

私はマスコミ関係者にこのような視点で、薬物報道を捉え直し、いま本当に伝えるべきニュースは何かを考えてほしいと願っています。

私自身、過熱する薬物報道によって命を落としそうになった。だからこそ、このように薬物報道へ疑問を呈し続けるのが自分の役割だと考えています。

イメージカットで薬物再使用、報道の悪影響は随所に

ーー回復支援施設や自助グループで、誤った薬物報道が続くことでスリップ(薬物を再使用)してしまう仲間たちがいたことも綴っていますね。

薬物報道ガイドラインでは、イメージカットとして注射器や白い粉を使用することを控えるように呼びかけています。その理由があのようなイメージカットで気分が悪くなる依存症者や再び薬物を使用してしまう依存症者がいるためです。

私自身も実際にそのような人々に出会うまでは、本当にそのようなことが起きていると信じることができませんでした。

でも、とある著名人の薬物使用がしきりに報道されていた時期に自助グループのミーティングで、「ニュースを見ていたら(薬物を)使っちゃいました」と告白した仲間がいました。

薬物報道は薬物をやめようとしている人にも影響を与えている。これは偽らざる事実です。

撮影・黒羽政士

また、一部のワイドショーなどでは専門家とは言いがたい人々が薬物使用についてコメントしている現状も課題だと言わざるを得ません。なぜここまで専門家軽視の状態が続くのか、疑問に感じます。

実はいま、新しい本を執筆中なんです。2冊目となる著書は、若い人に向けた薬物問題についての本になる予定です。

ここまで「ダメ。ゼッタイ。」が根深い日本においては、もう両論併記は必要ないのではないか。そこまで薬物はとことん「悪」だと言うならば、こちらはとにかく薬物に優しい人たちを集める本にしようと考えています。

薬物事犯として苦しい思いもしましたが、その経験から日本でもトップクラスに薬物に理解がある人々に出会うことができました。自分が回復の道を歩む上で最も効果があったのは、こうした人との出会いだったと思っています。

世間一般ではあれだけバッシングされ続けたとしても、世の中にはこんなに優しい人たちがいる。薬物使用についてただ単に断罪するのではなく、しっかりと向き合ってくれる人たちがこんなにいるのだと知ってもらうために、この本を書き上げるつもりです。

ーー薬物報道のあり方も根底から変えることにつながるかもしれません。

はい。まだ若い、比較的頭の柔らかい人たちに丁寧に情報を伝えることで、社会の雰囲気を変えることができるのではないかと期待しています。

薬物の問題は人権問題です。薬物使用後の生活の困難さで命を落とすのは、あまりにもったいない。だからこそ、繰り返しこの問題については問題提起していきたいと考えています。

ーー今後、塚本さんはそうした二次予防、三次予防の課題に取り組んでいきたいと考えているのでしょうか。

腐ってもマスコミ人として働いていた私としては、啓発を続けていきたいと思っています。

それに一度は薬物使用で逮捕され、バッシングもされた自分が楽しく生きている姿を見せ続けることにも意味があるんじゃないかなと。たしかに苦しいこともありましたが、そこから広がった世界も確実にある。

もちろん依存症啓発はライフワークとして続けますが、アナウンサーの経験を活かした仕事だけに止まらず、色々なことに幅広くチャレンジしていきたいと思っています。

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コメント

6日前
キャサリン

今日で終わってしまうのが寂しい。

塚本さんの記事で、自分の歩いてきた道を毎日振り返ることができた。

そして毎日よく頑張ってるね、と励まされているような気持ちになった。

これからも頑張って生きていこうよ、と背中にそっと手を置いてくれている気がした。

「薬物使用後の生活の困難さで命を落とすのは、あまりにもったいない」

逮捕され、罪に問われ、実名・顔写真報道をされたあともその人たちの人生は続く。

その人たちやその家族のその後に、誰が関心を持ってくれるだろう。

私たちは可哀そうな人でも、残念な人でもない。その後の私たちを知ってもらうことも大事だな。

素晴らしい記事とステキな写真、ありがとうございました。

ご著書楽しみにしています。

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