依存症のマシュー・ペリーに薬物を提供した医師に30ヶ月の実刑判決
マシュー・ペリーをケタミンの摂取過剰で死に追いやった事件。5人の被告の一人である医師のサルバドール・プラセンシアに、30ヶ月の実刑判決と5600ドルの罰金が下されました。この事件の関係者で初の判決です。

公開日:2025/12/13 07:20
起きなくて良かった悲劇から2年。マシュー・ペリーをケタミンの摂取過剰で死に追いやった事件が、先週、解決に向けてまた一歩進んだ。起訴された5人の被告のひとり、医師のサルバドール・プラセンシアに、30ヶ月の実刑判決と5600ドルの罰金が下されたのだ。
ケタミンを求めてプラセンシアと出会う
メンタルヘルスの問題を抱えていたペリーは、元々、合法なクリニックで抗うつ効果があるケタミンを投与してもらっていた。しかしそのうち依存するようになり、クリニックに増量してほしいと要求。断られ、ほかの入手先を探すうちに、ある人とつながる。それが、ロサンゼルス郊外マリブで緊急治療クリニックを経営するプラセンシアの患者のひとりだ。
その患者から「ケタミンを欲しがっている有名人がいる。彼は現金で大金を払う」とペリーを紹介されると、プラセンシアは、過去にケタミン専門クリニックを経営していた友人マーク・シャーヴェスに連絡。シャーヴェスは昔の患者の名前を無断で使い、処方箋を書いて、供給元からケタミンを入手した。警察の捜査で出てきたテキストメッセージで「あのバカ、いくら払うだろうね」、「さあ見てみよう」と、プラセンシアとシャーヴェスは、1瓶12ドルで仕入れたケタミンを2,000ドルでペリーに売りつけている。ペリーが長年依存症と闘ってきたことを知っていて、搾取をしたのだ。
ケタミンの女王からも手に入れて
依存が悪化していく中、プラセンシアから手に入れるだけでは足りなくなり、ペリーは、友人エリック・フレミングを通じて、その界隈では「ケタミンの女王」として知られる麻薬ディーラー、ジャスヴィーン・サンガからも買うことにした。紹介者のフレミングは、ペリーに高額の手数料を要求している。

これらの取引の主な窓口となったのは、住み込みのアシスタント、ケネス・イワナガ。自宅でもペリーの要望にすぐ応えられるよう、医療関係者ではないイワナガに注射のしかたを教えたのは、プラセンシアだ。

ペリーが命を落とした2023年10月28日、イワナガは、彼に頼まれるまま、3回もケタミンを注射した。その後、ペリーに「注文していたメガネとiPhoneを取りに行くように」言われ、家に戻ってくると、ペリーは自宅の庭のジャグジーで溺れ、意識を失っていた。この日に投与されたケタミンは、プラセンシアではなくサンガが提供したものだ。それもあり、検察はプラセンシアに3年というやや短めの刑期を要求、判決はさらに短い2年半となっている。
大金に目がくらみ 医師免許は返納
判決を受ける前、裁判所に送った手紙で、プラセンシアは、自身のクリニックの経営が厳しく、大金が入る魅力に勝てずに、ペリーが依存症だとわかっていながらケタミンを提供してしまったと告白。「人を傷つけるつもりはありませんでした。しかし、あの時期に私が下した決断は、医師としての義務に背くものでした。医師としてやってはいけないことをやってしまいました。誰かに強制されたわけではありません。私は間違った判断をしてしまったのです」と、反省の気持ちを述べている。
一方で、ペリーの実の母と義理の父(母の再婚相手)は、「フレンズ」で世界的スターになったペリーがずっと依存症に苦しんできたことは誰もが知っていたとし、「にもかかわらず、この医師は、職業上最も重要な誓いを、何度にもわたって破ったのです。秘密で、こっそりと、被害者に会ったのです。たった数千ドルのために」と、やはり手紙を通じてプラセンシアに怒りをぶつけた。ペリーの実の父と義理の母(父の再婚相手)も「あなたは何を考えていたのですか?最終的にマシューを死に追いやるまで、あと何回あると思っていたのですか?そういうことを考えましたか?どうでも良かったのですか?あなたが害を与えた人物は、ほかにもいるのではないですか?」と、手紙でプラセンシアを問い詰めている。
裁判所でペリーの両親、義両親を前にしたプラセンシアは、「本当にすみませんでした」と謝罪。40代前半のプラセンシアには幼い息子がおり、将来、自分がやったこと、つまり、誰かの息子を守らなかったのだということを、彼にどう説明するべきかと思うと苦しくなるとも、プラセンシアは述べている。起訴を受けてプラセンシアは医師免許を自主的に返還しており、出所しても医師に戻ることはできない。
プラセンシアの判決を皮切りに、来年2月までに出揃う判決
プラセンシアが受けた判決は、5人の関係者の中で初のものとなる。シャーヴェスは現地時間今月17日、フレミングは来月7日、イワマサは来月14日、サンガは2月25日に判決を言い渡される予定だ。家宅捜査で大量のドラッグを発見されていながら、最後の最後まで無実を主張し、今年9月にようやく罪を認めたサンガは、最長45年の懲役を受ける可能性がある。サンガは、自分が提供したケタミンの過剰摂取でペリーが死亡したと知った後も、優雅に日本を旅行し、東京のマンダリンオリエンタルホテルなどで撮影した写真をインスタグラムに投稿していた。
倒れ、立ち直りを繰り返した生涯
ペリーは、1969年、マサチューセッツ州生まれ。父はアメリカ人俳優、母はカナダ人。両親の離婚後は、母と母の再婚相手のもと、カナダで育つ。15歳で実の父が住むロサンゼルスに引っ越し、演技を勉強。いくつかのテレビドラマ出演などを経て、1994年に放映開始したシットコム番組「フレンズ」で大ブレイクを果たした。10年続いたこの番組で、ペリーを含む6人の主要キャストは、最終的に1話あたり100万ドル(今日の換算レートでおよそ1億5,500万円)の出演料を得ている。
依存症が始まったのは、アルコールを試し始めた14歳。1997年にスキーの事故で怪我をしたことをきっかけに処方薬にも依存するようになった。立ち直っては再び倒れることを繰り返した彼は、同じ思いをしている人たちのために「ペリー・ハウス」という回復施設をオープンし、2013年にホワイトハウスから表彰されている。しかし、その後もバトルは続き、2018年にはオピオイド依存のせいで大腸が炸裂し、死の危険にさらされた。回顧録やインタビューを通じて自身の依存症について正直に告白してきた彼は、15回の回復施設滞在、14回の手術などを含め、これまでに依存症治療のために900万ドルを費やしたと語っている。
彼の最後の出演作は、2021年、HBO Maxで配信された「フレンズ:ザ・リユニオン」。この収録にも、手術から回復後まもない、辛い体に鞭を打って参加していた。

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