伝道者になるものの、密室の性暴力。その対応で限界 リストカットやオーバードーズに依存する背景 宗教2世と依存症(上)
宗教2世のM(仮名)さん。当初は宗教の中に居場所を見つけたが、その中で性被害にあう。助けを求めるものの、母親に否定される。救われなかったことで、それまでの考えに歪みが出てきてしまう。そんな中でリストカットと、精神安定剤のOD(オーバードーズ)に依存していく。

公開日:2026/06/17 22:00
「依存しなければ生きていけない人も中にはいる」――Mさん(仮名・35歳)の腕には、薄いながらも、過去の過酷なサバイバルを物語る無数のカミソリの傷跡が刻まれている。処方薬の過量服薬(オーバードーズ、OD)をし、生きている実感を求めて夜の街を彷徨ったこともある。なぜMさんは自分を傷つけ、数々の依存を体験しなければならなかったのか。
自由を奪われた「エホバの証人」での日々
Mさんは1991年4月、実業家の一族の長女として生まれた。父親は自営業で経済的には恵まれた家庭環境だった。しかし、Mさんが3歳の頃、母親がキリスト教系の宗教団体「エホバの証人」(JW)に入信した。母親は神仏混合系の新興宗教の信者家系だったこともあり、宗教自体には親和性があった。
「私は4歳の頃、すでに自分の存在が希薄と感じていました。当時、母から鞭をされるときは、フルスイングでされていたからだと思います。私としては普通のことでした。母が正式にバプテスマ(献身)を受けたのは私が5歳の頃でした。弟がまだ母親のお腹にいるときで、大きなお腹をした母が神奈川県にあるエホバの証人の大会ホールでバプテスマを受けていたのを覚えています」
父親の記憶はあるのだろうか。
「たまに帰ってくるのですが、『おじさん、誰?』と聞いて怒られたことがありました。ただ、母がバプテスマを受ける前のことですが、私が鞭打ちされそうになって逃げ回っていたときに、かくまってくれた父の姿を覚えています。
父の帰宅が、エホバの証人の集会と重なってたことがあり、その時は父に信者であることを責められました。『なんで俺がいるのに行くんだ、お前らは!』と怒られたりしました。母に対しては『俺と宗教、どっちが大事なんだ』と、喧嘩していました」
母親は信者になり、Mさんも一般的な子どもが享受するはずの経験が禁じられた。
「誕生日会、クリスマス、正月、学校での校歌斉唱や、騎馬戦・剣道といった格闘技を伴う体育の授業。これらは“悪魔(サタン)に由来する異教の儀式”とされ、参加することは大罪を意味しました。アニメも漫画もテレビを見ることも“悪霊の誘惑”として禁じられ、娯楽は完全に遮断されました。もし教えに背いたり、聖書の朗読中に少しでも眠そうにしたりすれば、ガスホースなどを使い「鞭(むち)打ち」で、お尻や太ももが真っ赤に腫れ上がるまで激しく叩かれました」
この暴力は、当時教団内で“子どもを愛するがゆえの正しい教え″として正当化され、Mさんは逃げ場のない肉体的・精神的恐怖に怯えて過ごした。
「(世界に災いをもたらす魔法のカードを回収・変えながら主人公のさくらが成長する)『カードキャプター・さくら』というアニメが当時、流行っていました。友達の家で見ていたのですが、母が知って、むちゃくちゃムチをされたことがありましたね。『あれは、タロットカードでしょ!』って」
JWではタロットカードは占いと同様に、「オカルト」や「悪霊の働き」とされて、禁じられていた。そのため、教えにしたがって母親は鞭を打って「しつけ」をした。
小学校3年生になる頃、Mさんは「伝道者」としての資格を得て、放課後や週末に大人たちと一緒に民家を一軒ずつ回る戸別訪問(勧誘活動)を率先して行っていた。それ以外の過ごし方を知らないからだ。そしてMさんの鞄には常に一枚のカード、『輸血拒否カード』が忍ばせられていた。
「もし交通事故や大病で命の危険に瀕したとしても、医療行為の輸血を拒絶し、死を受け入れ『楽園』での生活を受け入れなければならないという教えがありました」
小学校低学年のMさんにとって、現実世界は「いつか神であるエホバ、そして終末であるハルマゲドンによって滅ぼされる恐ろしい場所」であり、強い強迫観念と共に張り詰めた監獄そのものだった。

「お前が悪い」と言われた性被害と心の崩壊
小学校5、6年生の頃、Mさんをさらに致命的な悲劇が襲う。教団内で信頼されていた7歳年上の男性信者(高校生)が週2回前後、家庭教師として家にやってきた。
「JWでは密室に異性といることは御法度ですが、母としては『襖をあけた状態だから密室ではない』という認識でした。一回2時間くらいでした。最初は一緒に机に並んで、肘と肘が接触した所から始まりました。そして密着し、胸を見たり、また相手の肘が私の胸のあたりをワサワサするようになりました。『あ、ごめん、ぶつかっちゃったね』と言われたり、足元を触れられたり…」
この男性信者は親の目を盗み、二人きりの空間を利用して、継続的な性的虐待(性加害)を始めた。携帯電話が流行り始めたころだったこともあり、盗撮をされたこともあった。「そんな短いスカートを履いていると見えちゃうよ」と言われた経験もある。
「基本的にはJW信者はミニスカートを履かないですが、ロングスカートでも風が吹いて舞うことがあり、そのとき『パンツが見えちゃうよ』と言われました。セクハラされたのかなと考えていたんですが、今になって考えると、これも性被害、性暴力に含まれると思います。とても、辛かったです」
Mさんは、相手が教団内の「霊的な兄弟」であることから拒絶できずにいた。意を決し、この事実を母親に打ち明け、助けを求めた。しかし、母親から返ってきたのは救いの言葉ではなかった。
「母に伝えても、『あの方がそんなことするわけないでしょ』と流されてしまったんです。私は“善悪の二元論”の白か黒かの生活をしていましたから、私は『悪い』と思ったのに、するわけないって否定され、二元論の天秤がこの頃から崩れていき始めた」
密室の性暴力では目撃者がいるはずもなく、Mさんの訴えは完全に揉み消された。信じたかった母親から裏切られ、Mさんの心は完全に破壊された。
「自分は汚い人間。神からも母親からも愛されない、生きていてはいけない存在」
強烈な自己否定の種が、この時、彼女の魂の奥深くに植え付けられた。これが、のちに彼女を自傷行為とアディクション・依存症の深淵へと引きずり込む決定的な引き金となっていく。
さらには、中学1年の4月には両親の間で離婚騒動があり、学校でのいじめ問題も加わった。逃げ場を完全に失ったMさんは、過呼吸やパニック発作を連発し、学校へ通うことができなくなった。そんな中で、中1の10月ごろ、Mさん自身もバプテスマ(洗礼)を受けることになる。当時のMさんは、教団の中に救いや居場所を求めた。
最初の逃避――リストカットとオーバードーズへの依存
心身ともに限界を迎えていたMさんは、自分を守るための「出口」を探し始めた。民間のフリースクールに通い始めた中学1年〜2年の頃、教義や活動の中に救いを求めていたが、初めて眉毛を剃るカッターの刃を腕に当てた。これをきっかけにリストカットと、精神安定剤のODをするようになった。すでに、13歳のころ、精神科に通って、処方されていた。
「自傷行為は専門学校で実習に行くまで続きました。熱心なエホバの証人二世という育ちをしていなければ、自傷行為はしなかったと思います。死にたくてしているというよりは、血が滲むと満足しました。『生きていてもいいんだ』って自己肯定させるためのルーティンになっていました。痛みはもちろん感じませんでした。だってガスホースでの鞭打ちのほうが痛いですからね」
それが、彼女が覚えた最初の「痛みの麻痺(セルフメディケーション)」だった。同時に、自宅にあった精神安定剤や睡眠導入剤を、一度に何十錠も口に放り込む行為が日常化していく。薬物が脳に作用し、意識が朦朧とする瞬間だけが、過酷な現実から逃れられる唯一の聖域だ。Mさんはこうも言う。
「死にたくても死ねない。神様は私が悪い子だから死なせてくれない、罪を償えと言っているかのように追い詰められていました。頭ではリストカット、ODは悪いことと知っていても、頼らざるをえない。唯一生きている感覚を取り戻せる。『生きててよかった』って自分の血を見ないと満足できないんです。まるで、麻薬のような付き合いでした」

中学3年生になる頃には、原宿で出会った仲間を介して、当時流行していた強力な薬などの乱用へとエスカレートしていく。薬で意識を飛ばし、腕を切り刻んだ。今で言えば、新宿・歌舞伎町に集まる「トー横界隈」の人々にとてもよく似ていた。
(続く)
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