「ODよりコカイン」はなぜ生まれたのか 「薬をやめられない」に揺らぐ境界線
「違法薬物をどうしても使いたいなら、相談してほしい。自分が用意する」――。そう公判で語ったのは、公益社団法人日本駆け込み寺の元事務局長・田中芳秀被告(44)だ。
事件前、被告は団体職員として、市販薬乱用や悪質ホスト問題に悩む若者を支援する立場にいた。いったいなぜ、被告は自ら違法薬物に手を伸ばし、相談者にもそれを勧めるに至ったのだろうか。

公開日:2026/05/04 02:00
2025年5月、田中被告は新宿区の路上でコカイン粉末を所持していたとして、現行犯逮捕された。その後の供述により、逮捕時に一緒にいた相談者の女性と、前日にコカインを使用したことも明らかになっている。
そこには「個人の逸脱」だけでは捉えきれない、支援の現場で起きていた判断の揺らぎがあった。
(取材・文:遠山怜)
背景には年間1000件のSOS
2025年8月、初公判で被告は「今回の事件により、関係者や利用者の皆様にはご迷惑をかけました」と頭を下げ、コカインの所持と使用を認めた。逮捕の3〜4か月前から、夜間相談の眠気覚ましとして使っていたと話す。
事件前、被告は新宿区で支援活動を行う日本駆け込み寺等において、活動の中心を担っていた。2023年に団体職員となり、年間で約1000件の新規相談に対応し、そのうち70〜80件は継続支援を行っていた。とくに、被告が対応していた悪質ホストや市販薬乱用をめぐる相談は夜間に集中しやすく、深夜帯の稼働が必須だったという。
勤務時間は朝10時から夜の20時までだったが、相談者からは日夜問わず連絡があり、団体は時間外対応を半ば黙認していた。※1
薬物を使った性的搾取の影
事件当日、被告と一緒に逮捕された相談者の女性(以下、Aさん)も、継続的支援の関係にあった。Aさんは悪質ホスト問題の被害者であり、心配した母親からの相談をきっかけに、連絡を取るようになった。

「Aさんは、恋愛関係にあったホストから、借金返済のために性風俗で働くよう、強要されていました。精神的に不安定な状態が続き、処方薬を乱用して入退院を繰り返していたため、私は『オーバードーズはやめるように』と説得していました」
現状を脱するためにも、まずは薬物乱用に歯止めをかけようと試みていた、と被告は語る。そんな最中、Aさんに違法薬物を勧める発端となった出来事が起きる。Aさんは常連客から“いい薬がある”と誘われていた。
「Aさんは馴染みの客から違法薬物に誘われていました。ここで誘いに応じれば、負のスパイラルから抜け出せなくなると思った。だったら、自分が見えている範囲で使った方がマシだと思った。だから、『違法薬物をどうしても使いたいなら、相談してほしい。自分が用意する』と言いました」
被告によると、性産業における搾取にはいくつかパターンがあるという。ホストから借金返済のため性風俗に斡旋されるルートに加え、客やホストから違法薬物に誘われ、依存させて隷属状態にさせることも搾取の定石だという。
被告は、そうした性的搾取のパターンを警戒し、相談者の安全を守るために自身が薬物提供するという判断に至った、と語る。
そこにあったのは、「自分の管理下で違法薬物を使った方が安全だ」、という発想だった。
支援者の独断の末に
だが、ここで疑問が残る。なぜ、医療機関等の受診を勧めなかったのか。裁判官がそう尋ねると、被告は一瞬言葉を詰まらせたうえで、こう述べた。
「病院に行ったところで、薬を出されるだけ。むしろ、処方薬のオーバードーズがひどくなるだけで、問題は何も解決しないと思った。もっとも、今は、それは間違った判断だったと思います」
田中被告の説明をたどると、本人なりには「相談者を守るため」の判断だったことがわかる。だが、その判断は、相談者の安全を守るどころか、結果的に別の危険性に直面させたことになる。
東京地裁は、被告はすでに反省の意を示していると評価した上で、「薬物に親和性が見られ、精神的に不安定な相談者に違法薬物を勧めるなど、社会的非難を免れない」として、懲役2年執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。
薬をやめられない人に、どう向き合うのかーーもう一つの現場から
被告の有罪判決を持って、事件は刑事事件上の区切りを迎えたが、その余波はいまだ続いている。他の支援団体にも、「支援員の倫理観を強化すべき」という声が寄せられる一方で、疑問が残る。田中被告はどこで間違えて、なぜ踏みとどまれなかったのか。
そして、「支援者個人の管理や監督を強めることで」で、こうした事件を未然に防ぎ、困難を抱えている人を支えることができるだろうか。
その手掛かりとして、同じく新宿区で相談支援を行うNPO法人ぱっぷすの実践を参照したい。まずは、支援員はどんな状況に置かれているのか、一例を見てみよう。
相談員の内田絵梨さんによると、近年の相談件数は右肩上がりの一方で、寄せられる内容は年々、複雑化しているという。ぱっぷすにも、毎月300件以上の新規相談が寄せられる。加えて、同じ人の中で性的搾取、借金、貧困、自傷、家族との断絶、市販薬の乱用など複数の問題が重なっていることも少なくない。


内田さん:「たとえば、『ホストに多額の借金をし、性風俗で働くことを強要されている。店の客に最中の様子を盗撮され、親に黙っている代わりに愛人契約を迫られている。死にたい気持ちを抱え、リストカットや処方薬依存が手放せない』など、複合的な問題が同時に起きていることがほとんどです」
支援は「やめさせること」から始まらない
では、こうした状況下で依存の問題が明らかになった場合、どう対応しているのだろうか。
田中被告は「やめさせられない」ことを前提に対処を試みた。この点については、ぱっぷすも同様に、支援者がオーバードーズの良し悪しを判断したり、やめさせたりすることはしないという。
内田さん:「支援者が『それは良くないからやめなよ』と、一方的に判断することはありません。第三者から危険に見える行為でも、本人にとっては何らかの意味がある。それによって、心のバランスを取っている側面があるはず。本人の状態や意思を無視して、外側から正解を押し付けても、関係性が終わってしまうだけ。なので、本人が『ODしたい』という場合、その気持ちを否定するより、『なぜ今、飲みたくなったのか』を一緒に考えるようにしています」
事実、薬物依存症の現場応対では、「一定数は薬物をやめられない」ことを前提に、支援や治療を組み立てることが推奨されている。とくに、薬物が心理的苦痛を緩和する目的で使われている場合、それにより衝動的な自殺を防いでいる側面もあるという。※2
ぱっぷすや日本駆け込み寺のような開かれた支援の場では、本人が嫌だと思った時点で離脱してしまう。加えて、急な断薬のリスクを踏まえれば、「すぐにやめること」を前提とした関わりには危険が伴う。
だからこそ、ぱっぷすでは、正しい答えを用意するより、悩んだ時に話せる関係を作ることを最優先にしている。行政や医療との連携は、本人が望んだタイミングで行い、「連れて行けば終わり」ではなく、その結果も含めて話せる関係を目指している。
見守りと“介入”を分けるもの
相談者が「続けながら別の方法を模索する」上で、そこに現場応対の指針があれば心強い。しかし、相談員の岡恵さんは、現実的にはそうした対応をマニュアル化することはできないと話す。
岡さん:「相談者の多くは極めて個別性が高い状況にいるため、単純にこの問題にはこうする、と一律的な対応をすることはできないと思います。簡単にはやめられないからこそ、支援員はその都度、本人とどうするか一緒に考える必要があります」
田中被告の判断が危うかったのは、ここにある。
「やめさせられない」ことを前提にした点だけを見れば、現場の考え方と重なる部分はある。だが、そこから「自分が薬物を用意する」に進んだ時点で、支援者は本人の意思を見守る役割ではなく、本人に代わって選択する側になっていた。
それは、被告が本来避けようとしたはずの「薬物で相手の選択肢を狭める行為」に近づくものでもあった。
支援は個人ではなくチームで
では、「本人のため」を名目に、支援者が当事者の選択肢に誤った介入をしないために、現場では何が必要なのか。
ぱっぷすは、組織体制でその難問に応えようとしている。判断に迷った時は、他のスタッフに相談する。必要に応じて、長年、相談員の育成と性暴力被害を支援してきたケースワーカーにスーパービジョンを受けたり、ケース会議で対応を検討したりする。
支援として何が適切なのかに、明確な正解はない。だからこそ、強い支援者を作るより、一人の支援者に判断を背負わせない仕組みづくりに力を入れている。

内田さん:「現場対応は、担当者の判断に任せるところも多い。だからこそ、相談員が一人で判断を抱え込まないようにしています。継続的な相談では、担当の相談員を原則として2人置くなど、基本的に複数名のスタッフが入るようにしています」
複数名で関わることには、支援者の負担を減らすだけでなく、相談者にとっても重要な意味があるという。特に、悪質ホスト問題や性産業の中で搾取を受けてきた人の中には、人との距離の取り方が壊されている人もいる。
だからこそ、支援の場は境界線を一緒に作り直す訓練にもなりうる。複数の人とつながることで、一人の支援者に関係が集中しすぎないようにしながら、人との距離の取り方を少しずつ作り直していく。
内田さん:「境界線は簡単に引けない。だからこそ、一人で抱え込まないことは徹底しています」
「NPOの闇」で済ませていいのか
薬物の問題を抱える人への支援に、ひとつの正解はない。支援員の判断に寄るところが大きいからこそ、その判断の負荷を減らす仕組みが必要となる。この点において、日本駆け込み寺では限界があった。
事件後の公式発表によると、当時、他団体や各種行政・医療機関の支援範囲を把握しておらず、団体間で個人情報を共有する基盤が整っていなかったという。つまり、「医療機関との連携」を選択肢の一つとして知っていても、それを実現する体制が備わっていなかった。こうした連携の弱さは、支援者が一人で判断を抱え込むリスクを高めた可能性がある。
日本駆け込み寺は再発防止策として、時間外勤務の原則禁止と管理を徹底するほか、以降は継続的な支援からは撤退する意向を示している。
しかし、問題はこれで終わりではない。多くの支援団体が、人手不足や資金難から、こうした「支援員の個人プレー頼み」の運営で賄っている可能性がある。こうした体制において、支援者個人の倫理観や、団体内部の管理だけを強めても実効性には限界がある。
薬物がやめられない状況に根性論が通用しないように、それを支える場もまた、精神論ではない支えが必要だ。支援において、当事者が、「薬をやめられない。どうしよう?」を考える場を提供するように、支援する側にも、「こんな時どうする?」が言い合える仕組みが必要ではないだろうか。
支援団体に責任を求めるだけでなく、支援を続けられる体制を社会としてどう支えるか、運営に伴う資金や人員割り当ての見直しをする時期にきている。
