6億7000万円なんでこんな金額に!?ギャンブル依存症者が陥る「負け追い」の心理
ギャンブル依存症の人が多額の借金を作ることは珍しくありません。なぜそうなるのか。ギャンブル依存症だった田中紀子が当事者の心理を解説します。
公開日:2024/03/23 00:54
大谷翔平さんの通訳をつとめていた水原一平さんのギャンブル依存症問題が世界中を駆け巡った。私にも様々な取材依頼があり、そこで「まだまだギャンブル依存症は知られていない」と実感した。そこでマスコミの皆さんから疑問点の多かった質問について、改めてポイントをまとめたいと思う。
1)金額に驚いた!
記者の皆さんが一様におっしゃっていたのは、「6億7000万円という金額に驚いた」だった。
だが我々から見れば、「あれだけ大金持ちの大谷翔平さんのそばにいて、ご自身も高い年収を得ている方なのだからそれぐらいは十分あり得るだろう」という感想で、金額的な驚きはそれほどなかった。
これはひとえにアンテナの立て方の違いなのだと思う。
我々の団体では、「ギャンブル等の理由で起こった事件簿」というデータをまとめており、新聞報道されたギャンブルが原因の横領事件等を日々拾っている。
例えば最近でも、
- 8億円余詐欺事件元従業員を起訴「ギャンブルなどに使った」(2023年11月29日)
- 競馬、ギャンブル、借金返済…新たに3億4800万円多額横領(2024年3月4日)
- 福利厚生ポイントを不正入手し、3億4千万円をギャンブルに(2024年3月8日)
といった具合に、ギャンブル依存症と思われる人の多額横領や詐欺事件は頻発している。今回の事件に特別感などない。
これはベンツを買おうと思っている人が、やたらとベンツが目に入るようになるのと一緒で、メディアや一般の方々の勉強不足というよりは、日頃のニュースがアンテナにひっかかってくるかどうかの違いなのだと思う。
このように、ギャンブル依存症に陥れば、多額の被害を周囲の方々に巻き起こすことは日常茶飯事に起きているのが現状である。
2)なぜ高額被害になるのか?「負け追い」の心理
ではなぜこれほど高額になるまで、ギャンブルにのめり込んでしまうのか?
一般の方々は、何よりもこれが不思議に思われるようだ。
だが、ギャンブル依存症の当事者となれば「そりゃあ、そうだよ」という共感しかない。なぜならこれこそがギャンブル依存症者の心理そのものだからである。
ここで我々が研究者とともに開発した、スクリーニングテストをお見せしたい。
4問の質問に対し、1年以内のギャンブル経験で2問以上「はい」と答えたら、依存症の可能性があるので、相談に来られることをお勧めするというものだ。
- Limitless(制限なし):ギャンブルをするときには予算や時間の制限を決めない、決めても守れない
- Once again(もう一度):ギャンブルに勝ったときに「次のギャンブルに使おう」と考える
- Secret(秘密)ギャンブルをしたことを誰かに隠す
- Take money back(金を取り返す)ギャンブルに負けたときにすぐに取り返したいと思う
特に4問目の「ギャンブルに負けた時にすぐに取り返したいと思う」というのが重要項目となっていて、これこそギャンブル依存症者の「症状」なのである。
誤解されがちだが「症状」というのは、本人の考え方とか、性格、根性とは全く違うものだ。でも、これが一般の方にはイメージできない。
私だってギャンブルを始めたばかりの時、つまり趣味の範囲で楽しんでいた頃には、「あぁ、外れた~。でも興奮した~。面白かった!」で気が済んでいた。
ところが、ギャンブルにどっぷりはまり、借金生活となった頃から、外れると「このままでは帰れない。なんとか取り戻さなければ」という強迫観念、ギャンブル依存症の「症状」に取りつかれてしまった。
このまますごすごと負けて帰るのかと思うと、イライラそわそわして、居ても立ってもいられない、何とも言えない落ち着かない状況になってしまう。
ある時など、競艇場で80万円ほど負け、最終レースが終わった後もどうしてもソワソワして、帰り道に消費者金融のATMに走り30万円を借り、宝くじ売り場でスクラッチくじを借りたばかりの30万円分全額購入し、歩きながら削ったことすらある。
このギャンブル依存症者のソワソワ感が異常なのである。
少々不謹慎な例えかもしれないが、子供が連絡もなくなかなか帰ってこない、友達に連絡したら皆帰宅している、うちの子のことは誰も知らないと言っている——。このような状況になったことを想像してみてほしい。
不安で落ち着かなくなり、ソワソワして居ても立ってもいられない、他人の慰めなど上の空といった状態にならないだろうか。まさに真っ最中の依存症者の感覚はそんな感じなのである。
頭の中はギャンブルのことだらけ、どうやって金を作ろう、どうやって明日ギャンブルに行こう、どうやって家族に嘘をつこう、なんとかして負けを取り戻さなくては。こんな考えが頭の中を駆け巡ってしまうのである。
こうして「ギャンブルで負けた金はギャンブルで取り戻さねば」という「負け追い」が続いてしまう。
途中で多少の勝ちがあったとしても、「こんなもんじゃ今までの負け分に全く追いつかない。これを軍資金にして大きく当てよう」と思ってしまう。
一般の方々はこういう話を聞くと、あまりに現実離れしていることから「そんな大穴狙いなんて、夢見がちで楽して儲けようとする怠け者」のイメージを持たれると思うが、実際は全く違うのである。
「大穴を当てて取り戻すしかない」
ヒリヒリする感覚で、その考えに取りつかれてしまっているのである。
3)必死にギャンブルして頑張っているのに!
こうしてギャンブル依存症になると、ギャンブルはまったく楽しくない。
考えてもみてほしい。常に借金に追われ、ほとんど毎回落胆に終わり、外れたら明日の生活費もない。下手したら会社に行く交通費もなくなる。というような、人生そのものを賭けてしまうような生活が楽しいわけがない。それでもやめられない、やめる方法がわからないのがギャンブル依存症である。
子供たちの学費も使い込んでいる、妻に渡す生活費がない、こっそり貯金を使い果たしてしまった、親の老後の資金も食いつぶした。こんな状況になっていれば、ギャンブル依存症者は必死になってこの穴をギャンブルで当てて埋めようとする。
もちろんそんなことは絶対にうまくいかない。そして家族に露呈することになり、ののしられ怒られ、わかっていることを説教される。
「楽して稼ごうと思うな」
「ギャンブルで家を建てた奴はいない」
「確率的に負けるようにできているんだ」
こんなギャンブル依存症者ならとっくにわかりきったことを延々と説教される。そしてギャンブル依存症者はこう思う。
「家族に迷惑かけないために、こっちは必死にギャンブルやって頑張っているんだ。借金を返すためじゃないか!なんでわかってくれないんだ」
こうして両者の言い分は食い違い、分かり合えない。
もちろんギャンブラーは頭の片隅で、自分の考えがおかしいことも、こんな言い分は理解されないであろうこともうっすらとわかっている。
だから黙りこくっている場合も多い。しかし心の中は怒りや、悲しみが渦巻いているのだ。
4)唯一の理解者
こうしてギャンブル依存症者と、家族や友人といった周囲の人間関係は壊れていく。お互いは全く理解しあえない。
ところが、このギャンブル依存症者のおかしな理屈を唯一心から共感してくれる人たちがいる。
それが回復し続けているギャンブル依存症者たちだ。
家族や周囲の人間に「相談電話をかけろ」と言われて、しぶしぶ電話をする。
「どうせまた説教されるのだろう」
「どうせわかりきった理屈を言われるだろう」
「もう、うんざりだ」
こんな風に思っていたギャンブル依存症者たちは電話をかける。
すると、話を聞いた人が「それは大変だったね」「すごくわかるよ。自分もそうだったから」と思いもかけない言葉をくれる。
「傷つけたくないのに、傷つけてしまったんだよね」
「お金を返そうとして、ギャンブルしていたんだよね」
誰にも判ってもらえなかった、自分の不可解な行動を初めて理解してくれる人たちに出会う。それが我々が行っているピアサポートである。
そして、どうやってギャンブルをやめていくのか、どうやって傷つけた人に埋め合わせをするのか、どうやって借金問題を片づけるのか、一つ一つ伴走しながら、一緒に解決してくれる。
こういう話をすると「依存症だといえば何でも許されると思うな」と言う人が必ずいる。これは全くの誤解である。
そもそも依存症だといって、借金の支払いや犯した罪が許されることなどない。罪を犯した場合はそれを償い、借金を返しながら、ギャンブルをやめ続ける、これが現実である。
支援や治療に繋がりながら、ギャンブルをやめて、同時並行でギャンブルのために作った諸問題を解決していくのである。それは一人で向かうにはあまりに大きな山だ。だからこそ、同じ経験をした仲間たちの手を借りるのだ。
私たちは、一般の人たちには理解されない絆で結ばれている。友情とも少し違う。
言うなればギャンブル依存症という共通の問題と戦ってきた、戦友のようなものである。あの惨劇や苦しみは、同じ経験をした人にしかわからない。だからこそ心の平和を得た喜びを、今なお戦っている仲間たちに伝えたいと思うのだ。
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コメント
分かり易い解説ありがとうございました。うなずきながら読ませて頂きました。
家族も辛いけど当事者も辛い事が痛い程わかります。
なかなか難しく奥が深い依存症と言う病気、たくさんの方に理解ある社会になって欲しいと願います。
ギャンブル依存症の家族です。ギャンブラーの心理は私には全く共感出来ませんが、そんな感情なんですね。理解しやすかったです。いつもありがとうございます。
ギャンブル依存症の病気の知識、理解が、たくさんの人たちに広がれば、やっと、うつ病が理解されてきた、今、になったように、ギャンブルで苦しんでいる人たちが、治療や回復のための方向に向かえる社会になって欲しいです。
そして、家族や、友人知人が間違えた(借金の肩代わり、説教など)方法で、目先の解決だけをしないように、そんな社会になって欲しいです。
ギャンブルの種目によって使う金額は違うと思う、バカラやスポーツベットなんて24時間賭けれるんだから、なかなか抜けれない、そうなると死ぬか生きるかの世界になってくる。生きて治療に繋がり回復して欲しい。日本の政治家はこの記事をしっかり読んでこれから何をするべきか、まともな専門家を交えて対応策を学ぶ機会だと思う
本当に不可解で残酷な病気だと思います。当事者にしか分からない、心理があるのですね。そして、その当事者がその事を知らないまま「自分は違う」と否認し続けるから、重症になり周りの人をも巻き込んでいきます。この事件によってギャンブル依存症が病気で、どのように回復出来るのかを世の中に知ってもらうきっかけになりましたね。
りこさんの解説がとてもわかりやすいです。
イライラそわそわの感じが過食に似てるなと思いました。やめたいのにやめられない。家族に隠れて食べる。食べる為の資金繰りの手段を選ばない。ギャンブルは今はインターネットもあり距離をおくのが難しくですよね。
一般の人にはなかなか理解してもらえない、といつも思っていました。
だけど今回の一平さんの事で、リコさんの書かれていることを読んだ方たちが(私の周りの一般の人たちも含め)少しでも、「こういうことか!」と知ってくれたら本当に嬉しいです。
まだまだ、社会には理解されていないギャンブル依存症という病気が、今、テレビなどで報道されている。
一般の人の目に止まってほしい。
そして、当事者も家族も、同じ経験をした戦友につながってほしいです。今、苦しんでいる方に、早く、心の平安が訪れますように祈ります。
りこさんの
今なお戦っている仲間に伝えたいという言葉に、共感しとても暖かい気持ちになりました。ありがとうございます。
リコさんわかりやすく解説してくださりありがとうございます。息子のギャンブル依存症の問題で、日々勉強中です。この病気を理解するのはとても難しく、回復するのかと不安でいっぱいになります。周りの仲間の力を頼りに1日1日を過ごしたいです。
自分の不可解な行動を初めて理解してくれる人たちに出会って私は救われたと感じました。ギャンブラーに対しての行動が間違っていたんて、思ってもみませんでした。家族も同じ苦しみです。
それぞれ、大切な戦友と一緒に回復に進んでいけたらいいなとおもいます。
ギャンブル依存症者の渦中の心理が全く知らないので、記事を読んでは、そうではない人にとって想像がつかないものだと思いました。回復者に繋がらないと誰も確かに想像できないし分からない心理だと思いました。
分かりやすく理解しやすい内容です。多くの人に読んでもらいたい❕
私にできることは、りこさんの話、活動を広めること。
当事者の気持ちがわかりました。
依存症に対して知識がない自分なら、「そんなに辛いならやめればいいのに。やめないの自分の責任でしょ。」と思っていたと思います。やめようにも止めることができない。辛い病気だと改めて感じました。
ギャンブラーの心理、「そうなんだ」
と知ることはできても理解もできないし、わからない。だから同じ経験をした仲間が必要なんですね。
家族や周りの人も「私達には何もできない」と受け入れるところからなんだけど、コレも1人ではなく仲間が必要だなと改めて感じる。
それぞれに仲間がいて、必要とすれば与えてくれる事を自助グループで知りました。
ギャンブル依存症の当事者の心理、家族の気持ち、分かりやすくまとめていただき、ありがとうございます。
社会にこの病気の正しい理解が広まることを切に願っています。
家族としてできる活動に率先参加しています。
心の平和を得るという事。
私も自分をいつも後回しにして、子供や夫の事で頭がいっぱい。他人をどうにかしたくて ああでもないこうでもない 心と頭が忙しかった。
私が 活動に参加して求めたのはこれだった。
心の平和が今日一日持てたか。
とても分かりやすい
ギャンブル依存症者の心理を理解した
回復方法もわかりやすい解説で
一般的な、家族、友人の対応が間違っていること気付かされました。
リコさん ありがとうございます。
読んでいて感動しかありません。
なかなか理解されない世の中です。
一生懸命発信していて素晴らしいです。