ネットでのバッシングは「憎しみ依存症」 人は「正義感」から人を叩く
事実無根なのにネットで長年、殺人事件の犯人に仕立て上げられたスマイリーキクチさん。依存症の人へのネット上のバッシングも酷いですが、なぜこんなことが起きるのか、聞きました。
公開日:2024/03/04 02:02
事実無根なのに、タレントのスマイリーキクチさんはネットで残虐な殺人事件の犯人に仕立て上げられ、10年もの間、言われなきバッシングを受け続けた経験がある。
そんなスマイリーさんに、依存症、とりわけ違法薬物の逮捕報道やバッシングはどのように映っているのだろうか?そしてS N Sで執拗にバッシングをする人たちはなぜそのようなことをするのだろうか?
Addiction Reportはスマイリーさんに取材した。全3回連載の1回目。【編集長・岩永直子】
S N Sでデマを流す人はそれに依存している
——事実無根の噂で昔の殺人事件の犯人に仕立て上げられ仕事にも実害が出ながら、警察がなかなか動こうとしなかったのは驚きました。
警察が動くまで9年かかりましたからね。いまだに犯人だと言ってくる人もいるし、一度書かれるとデジタルタトゥーが残って噂を消すことは無理だと思いました。
今も中傷する人がいて、その人たちの普段のSNSの投稿を見ると、ネットに依存していることがわかります。一般社会の人と普通の交流が持てないような陰謀論など、支離滅裂なことを常に書いています。
だから僕自身はSNS上でその人に直接、反論する必要もないと思っています。講演の時に子供達にもよく伝えるのですが、S N Sをやる上でスルー力は一番必要です。
人を叩くことでモラルの高さを主張? 著名人の逮捕バッシング
——著名人が違法薬物で逮捕されると、ワイドショーやS N Sでバッシングされて、過去の作品まで否定され、復帰が難しくなります。やった罪以上に社会的制裁が加えられることについてどう思いますか?
叩く材料や落ち度がある人間に対しては、人はすごく凶暴になるなと思います。人を叩くことによって自分はモラルを守る人間だというのを主張したがるのでしょう。だからあそこまで執拗に叩き、追い詰める。
違法薬物はもちろんやってはいけないものです。しかし、その人は何かがきっかけで手を出した。でも、その人が薬物をやっていなかった時期の作品まで全て否定されます。極端になると、その人の生い立ちから人格から全てが否定されてしまいます。そこが怖いです。
社会復帰を考える時に、若い頃から芸能界だけで生きてきた人は、普通のサラリーマンにはなかなかなれないでしょう。
その人が芸能界に戻る時、必ず復帰の会見をしなければならないことに疑問を抱きます。
復帰前にレポーターに囲まれたり、記者会見をしたりして、一度リンチを受けなければいけません。「本当に反省したのですか?」「なんでやったのですか?」と根掘り葉掘り聞かれます。それが「禊」だと考えていたのに、思うように復活できないこともあります。
今はインターネット上に大手メディア以外の別の媒体があるので、そちらには出られます。しかしテレビになると、暴走族でいう「やめるならヤキを入れろ」という世界と同じで、一度制裁を加えられ、リンチを受けないと復帰できません。
——昔は勝新太郎さんや萩原健一さんが薬物で逮捕されても、アウトローな魅力のある人として何度も復帰しました。今はかなり厳しくなっていますね。
勝新さんは記者会見で爆笑を取っていましたよね。メディアも視聴者も、みんな余裕がなくなっているのだと思います。
S N Sでの人気メニューは「怒り」 憎しみ依存症
S N Sも情報ではなく「喜怒哀楽」が流れてくる。その中でも一番の人気メニューが「怒り」です。
——なぜ「怒り」なのでしょうね?
やはり「怒り」が一番「共感」と「発散」と「興奮」を生む。この3つが引き出されるのは怒りなのですよね。悲しみや楽しさよりも、怒りの方が、みんなでスクラムを組み、自分はいかに正しい人間なのか証明することになります。
でも、みんなで叩き過ぎる世界や、報道がそれを煽る姿に僕は恐怖を感じます。
人間は何かしら依存する動物だと思います。感情に関しても、「薬物をやる人を許せない」とか「人を叩かないと許せない」という憎悪があると思います。そして現代は、そんな依存を持つ人が増えました。
それは心の貧しさの影響でもあるでしょう。だけど僕は、バブルの頃にS N Sがあったら、今のような殺伐とした状況にはなっていないと思います。みんな物質的には満たされていたからです。
僕自身、子供の頃から不適切な行動はしてきています。でもそれを世間の人は許してくれていました。寛容だったのです。
でも今は経済的にも余裕がなくなり、人のつまずきを許さない社会になっています。一度のミスも許しません。デジタルタトゥーとして残りますし、特に芸能人で薬物をやったら復帰できないような空気がある。飲酒運転で人身事故でも起こしたら、その人は芸能活動は厳しくなると思います。
「正義感」からバッシング
社会的制裁は一律ではありません。みんなが人を叩くことにこれだけ酔いしれるのは、群集心理もあるのでしょうけれども、その人を社会的に抹殺することが「正義」とされてしまう時代だからなのだろうと思います。
——正義感で叩いていますよね。スマイリーさんを事実無根のデマで叩いた人たちも、「こんな人を芸能界にいさせてはいけない」という正義感でやっていたのでしょうね。
そうですね。告訴した19人中、「嘘か本当かは関係なく、誰でもいいから叩きたかった」と言った人は一人いました。あとの18人は「悪い奴を懲らしめたかった」というのが動機でした。
朝から「人殺しさん死んでください。今日が命日になったらみんな喜びます」といつも僕のブログのコメント欄に送っていたサラリーマンは、「会社に行く前に良いことをしたかった」と話していました。中傷なのに本人は、「良いことをした」という認識なんです。
今、情報社会でのモラルを習っている子供たちは、「悪口を書いてはいけない」とか、「人を傷つけてはいけない」と教わっています。
でも怒りのはけ口でネットに依存している人は、誰もそれが「悪口」とは思っていません。「良いことをした」「正義の鉄槌を私が下すんだ」と思っている。そしてまずいことが起きたら他人に責任を押し付ける。
言論の自由を履き違えていて、何をやってもいいと思っています。それは「言論の自由」ではなく、「言論の無法」です。まず言論の責任を踏まえた上でネットを使わなければいけないのですが、自分は自由に発言できると勝手に思い込んでいます。すごく怖いことです。
いい加減過ぎるデマが生まれる理由
——スマイリーさんは事実無根の犯人のレッテルを貼られて叩かれ続けたわけですが、犯行現場と同じ足立区の出身というだけで仕立て上げられました。かなり雑なレッテルの貼り方ですね。
元々その事件では「菊池」という名前の犯人さえいなかったんです。でも、東京地検の検事さんからは「足立区の事件ということがわかっているのだから、足立区出身と書いたら疑われると予測できますよね」と言われました。
——足立区出身の人が何人いると思っているのでしょう。足立区の人にも失礼ですよね。
被害者に責任があるかのように言われて、僕は法律ってこんな世界なんだ、正しいか正しくないかではなく、見た人がどう考えるかで判断されてしまうのだと思いました。
「検察ガチャ」じゃないですけれども、担当検事が「私はインターネットのことはわかりません」とスタート時点から理解する気もなく、「菊池さんが誹謗中傷や殺害予告を見なければいい」なんて言う。そんなことを言われたら、ネット空間での被害者は何も言えなくなります。
思い込みが分かれ道 スタート時点で答えは決まる
——S N Sで誹謗中傷する人は、かなり強い言葉で攻撃を加えるにもかかわらず、その根拠となる情報はあやふやです。簡単にネット上に流れてくるデマを信じてしまいます。
ネットの中で情報を見ているうちに、「こいつ悪者かも」と思った瞬間、悪者に見合う情報を探す。逆に「これは嘘かもしれない」と思ったら、「嘘かもしれない」に見合う情報を探しにいく。
だから、最初の思い込みが分かれ道になります。スタートの時点で答えは決まっている。「こいつは悪者」と決めたら、そんな情報をかき集めることはいくらでもできる。自分の思い込みに合わない情報は、どれほど確実に見えても無意識に排除していきます。
そして自分の気に入った情報を集めて、「犯人だ」と決めつける。パズルに例えると、自分の決まった形にするためにいびつなピースでも強引にはめ込む。世間から見たら、パズルはガタガタで絵柄も合っていないのに、自分では「完璧だ」と思ってしまう。
それは、一人でやっているからです。複数の人たちで話しながらやっていれば、「それはおかしいんじゃないか」と反対する人もいるでしょう。一人きりの部屋やベッドの中でスマホを見つめながらはめ込んでいくので、その人の元々のリテラシー(情報を読み解く力)が低ければ、あっという間に間違った世界にはまりこんでいきます。
新型コロナウイルスの流行でもそうでしたが、あれだけ陰謀論が拡散したのはそのせいでしょう。陰謀論を唱える人たちのデモを見たことがあるのですが、みんな目が血走っていて、正気の沙汰とは思えませんでした。誰一人幸せそうには見えませんでした。
でも彼らは自分の正義の怒りによって人を傷つける、「憎しみの依存」がある。憎しみの依存はなかなか解けません。怒りの中毒で、常に、何に対しても怒る。
——常に怒っていたら、不愉快でしょうに。
でも、そういう人たちは怒ることでリラックス効果を得ている気がします。「自分は社会に対して良いことをしている」という正義感に酔いしれて、自分に価値を見出してしまう。実はこの危険、他人事ではないんです。
(続く)
▶「ネットもメディアも「残酷ショー」 つまずいた人をバッシングするS N Sやそれを煽るメディアたち」に続く
【スマイリーキクチ】タレント、一般社団法人「インターネット・ヒューマンライツ協会」代表
1972年、東京都足立区生まれ。1993年、コンビ「ナイトシフト」結成。翌年解散。1999年、根も葉もない噂によってネット上で残虐な殺人事件の犯人に仕立て上げられ、全ての仕事を失う。その時の経験をもとにネット犯罪の恐怖や被害を防ぐ方法について啓発する講演を全国で行っている。2020年、一般社団法人「インターネット・ヒューマンライツ協会」を立ち上げ、代表に就任。著書に『突然、僕は殺人犯にされた』(竹書房文庫)がある。
【スマイリーキクチさんインタビュー】
- ネットでのバッシングは「憎しみ依存症」 人は「正義感」から人を叩く
- ネットもメディアも「残酷ショー」 つまずいた人をバッシングするS N Sやそれを煽るメディアたち
- 叩くあなたは君子なのか? 正義で人を叩くのはネット依存の始まり
コメント
メディアもアンチする人たちは何の立場で言ってるんでしょうかね。
当事者でもないやつが勝手に首突っ込んで説教して、、、。何様のつもり?
スマイリーキクチさんのその後の活動も素晴らしいので応援しています。
SNSの誹謗中傷をしている人は、いい事をしていると思っているって本当に怖い事ですね
周りに、自分がいじめに遭わないように、先に誰かを標的にしてる人がいましたが、自分が常識ある正義感の持ち主だと主張するために、人を打つ
間違った正義感でスマイリーさんに与えた傷はあまりにも大きすぎます