家庭に問題がなくてもオーバードーズ 市販薬に頼る若者を診ている精神科医に聞く(1)
若者の間で広がっている市販薬の乱用。現状はどうなっているのでしょうか?国立精神・神経医療研究センターで診療している精神科医、沖田恭治さんに聞きました。
公開日:2024/09/23 02:01
若者の間で市販薬の乱用が問題となっている。
彼らはなぜ市販薬を使うのだろうか?
危険はないのか? 使わずに生きる方法はあるのだろうか?
国立精神・神経医療研究センターで実際に市販薬に依存する若者を診ている病院精神診療部医長、沖田恭治さんに話を聞いた。3回連載でお届けする。(岩永直子)
10代の受診者の65.2%が市販薬の問題
まず市販薬乱用の実態はどうなのか、沖田さんが示すデータを見てみよう。
まずは1987年以降、全国の精神科医療施設を対象に隔年で行われている「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」だ。2022年は1143施設から2468例について回答があった。
薬物の問題で精神科に通っている人(※)のうち、1年以内に使っている薬物が「市販薬」の人は2割に上った。
※ICD-10のF1診断「精神作用物質使用による精神および行動の障害」に含まれる診断全て(急性中毒、有害な使用、依存症候群、離脱状態、せん妄を伴う離脱状態、精神病性障害、健忘症候群、残異性障害・遅発性精神病性障害、他の精神および行動の障害)が含まれる。
過去からの推移を見てみると、覚醒剤が減少し、処方薬の「睡眠薬・抗不安薬」が横ばいになっているのに対し、市販薬だけは2018年の2倍以上に急増している。
10代だけを抜き出してみると、他の薬物を押さえて市販薬の割合が増え、病院を受診する10代の65.2%が市販薬の問題を抱えていることがわかる。
「ストレス解消」という検索で出てくる市販薬乱用の方法
——やはり若者では市販薬が多いのですね。
10代で受診する患者はほぼ市販薬の問題を抱えています。私が診ている患者ではもっと多く、ほとんどです。大麻を使用している人はあまりおらず、ほとんどが市販薬の問題です。
——なぜ若者で市販薬が広まっているのでしょう?
手に入りやすいのが一番大きな要因だと思います。ドラッグストアはあちこちにあるので、どこでもいつでも手に入ってしまう。ネットの通販で買う人も多いです。
先日、若い患者さんと話していて苦笑してしまったのは、『ストレス解消』というキーワードでXを検索したら、市販薬のオーバードーズ(過量服薬)の方法が出てきて使い始めたのだそうです。そうか……と思いました。
——先生の診ている市販薬乱用の患者で一番若い人は何歳ですか?
12歳の小学生です。でもその人は1回の受診で来なくなりました。
——親に連れられてくるのでしょうけれど、親が勘づくレベルまで量が増えたり、健康問題が起きていたりするのでしょうか?
薬の瓶をまとめてバレないように捨てていたのが何かの拍子でバレてしまったとか、そもそも学校に行けなくなってしまって親が気づくパターンが多いです。
——不登校や行き渋りと重なるのですね。
かぶっています。
発達障害や気分障害を抱えている子も
——不登校や行き渋り、朝起きられないなどの他に、どんな問題を抱えている子が多いのですか?
発達障害がある子は多いです。でも明らかに発達障害というよりも、診療していくうちに発達の問題を抱えているんだろう、と気づくことが多い。幼い頃から児童精神科に通っているような、明らかに発達障害である子はあまりいません。
社会に適応できているし、学校もまあまあ行けているし、友達もいる。だけど、会話のキャッチボールや物事の解釈が微妙にずれてしまう。ASD(※)だけでなく、ADHD(※)の問題もあると思える子が多いです。
※ASD (自閉スペクトラム症) 言葉や表情、視線、身振りなど言葉以外のコミュニケーションで相手の考えていることを読み取ったり、自分の考えを伝えたりすることが苦手で、特定のことにこだわりや強い関心があるような発達障害の一つ。
※ADHD (注意欠如・多動症) 注意散漫だったり、順序立てて行動することが苦手だったり、落ち着きがない、待てない、行動のコントロールが効かないなどの特徴がある。学校や家庭、職場での生活に困難を抱える場合に診断される。
——発達障害故の生きづらさを和らげるために、使っている人もいそうですか?
それはあるでしょうね。
また気分障害を抱えている人も多いのですが、「うつ病」というほどには抑うつ症状は強くない。それでも思春期以降、うつ状態が断続的に続いている。強いて言えば「気分変調症」という診断がマッチするような人が多いです。
——咳止めのデキストロメトルファンを使う子が増えているのですね。
デキストロメトルファンが市販薬化されて買いやすくなったからです。処方薬と用量も変わらないものがドラッグストアで買えるようになっています。
家庭環境に問題が見られない子も
——家庭環境にも問題を抱える患者が多いのですか?
それが意外と、「こんな酷い家庭で育ったから」というわかりやすい事例は少ないのですね。
——むしろ一見、恵まれたご家庭の人もいるんですか?
そういう方もいます。一方、一見恵まれているけど実は毒親でというパターンもある。どうしても家庭環境に原因を求めたくなるのですが、全然そうではないケースも結構います。
——市販薬の問題では、よく新宿・歌舞伎町を彷徨う「トー横キッズ」が取り上げられます。家庭の居心地が悪くて、飛び出してきた子たちです。そういう子が典型例と見られていますが、そうでない子も多いのですね。
そうじゃない人も多いです。
——昔、ブロンが流行った頃、「良い子の息切れ」という言葉が使われました。学業もスポーツも頑張って家でもいい子でいるのに疲れてしまって、薬で緊張感をほぐそうとする。そういうパターンが今も結構あるんですか?
そういう人もいますね。僕が思うに、この市販薬の問題は「こういう人たちがなりやすい」というより、もっと広い問題です。誰でもなり得るし、なるかどうかは運のようなところがある。
先ほど話した「ストレス解消」と検索して市販薬に行き着いた子も、発達障害があって、とても素直で、市販薬の名前をたまたま見かけたから、「じゃあ飲もうか」となったんです。そこで「ジョギング」を勧めるアカウントを見つけていたら、それをやっていたかもしれません。たまたまである可能性が高いのです。
ネットで煽られる「大丈夫でいなければいけない」強迫観念
——誰でもなり得るというのは、今の若い子たちが置かれている環境がストレスフルになっているのですか?
もちろんそうだと思います。少し前はまだ世の中がもう少し寛容でした。今はスマホを開くたびに、Instagramなどで生き方のモデルとなる人や、この人をモデルに生きなくてはいけないという強迫観念を抱かせる人が出てきます。
細身の女の子を見ていると痩せたくなるのと同じで、「ストレス解消にこういう方法があるよ」「つらいよね。じゃあこんな感じのものがあるよ」と見れば、実際にやりたくなるのではないかと感じます。
——情報が多過ぎるのでしょうか。
人と自分を比べる情報で溢れている。メンタルヘルスは大事だと思いますが、健康でなければダメだということもないじゃないですか。ストレスは解消しなくたっていいんです。僕はよく患者さんに「大丈夫じゃなくても大丈夫だから」って言うんです。
「大丈夫でなければいけない」「健康でなければいけない」というような強迫観念が大人に蔓延しているから、子供にも広がっているのかなと思います。
——「綺麗じゃなければいけない」「痩せていなければいけない」とか「より良い自分でなければいけない」というプレッシャーもありそうですね。
そうですね。これを言うと年寄りじみているのですが、患者さんが「私はこんなトラウマがある」と話す内容を聞くと、そんな問題は昔もあったんだけどなと思うことがあります。ただ僕らの頃は「トラウマ」という概念がなかったから、みんなスルーして生きてきた。
情報として「こんなことがトラウマになる」と入ってきているから、それを自分に当てはめるんですね。
教育歴が長く、「真面目な子」が使う傾向
沖田さんは国立精神・神経医療研究センター内でも市販薬乱用の患者の調査を行なっている。
過去6年間に受診した患者(91人)の初診時のデータを分析した結果では、内訳は10代が26%、20代が45%で、10〜20代で7割以上を占めている。女性が58%と男性よりも多かった。
教育年数が高卒以上の患者が多く、薬物の使用歴や補導・逮捕歴のない「真面目な患者像」が見える。
——やはりいわゆる「真面目な子」が多いのですね。
違法薬物と比べてその傾向があります。高卒以上が多く、ドロップアウトしている感じではありません。違法薬物を使うこともありません。
——社会に適応している印象ですね。
そうです。むしろ社会に適応するために市販薬を使っています。
——どこで市販薬のODを知ったパターンが多いのですか?
やはりXなどのSNSが多いです。
——精神疾患を患っている人が多く、自傷行為も結構経験がある子が多いのですね。
多いですね。精神疾患では先ほどお伝えした抑うつ傾向や気分障害のほか、解離性障害(※)を抱えている人もいます。解離状態でリストカットや脱毛などの自傷行為をする人もいます。
※記憶や自己意識、感情などが自分から離れたように感じられて、記憶が抜け落ちたり、自分が自分でないように感じたり、感情を失ったりする状態。
——ドロップアウトもしていないし、家庭環境も酷いわけではないのだけれど、何かしらのストレスを抱えているのでしょうか?
そうですね。何らかのストレスがあって、それに対処するために自傷行為や市販薬のODをします。
——ただいじめや虐待経験がある子も42%と多いですね。
そうですね。そういう逆境的な体験を生き延びてきた子もいます。
重症なのに病気という意識が低い
沖田さんは自身の市販薬依存の患者に対して心理検査(20人)も行なっている。その結果、自分が病気だという認識は薄いが、重症の人が多いことが見て取れる。
——病気と思っていないのに重症だなんて危険ですね。重症とはどんな状態を指すのですか?
使用状況を聞いているので、使う頻度や量が多く、離脱症状を経験しているような人です。
——依存症の認識がないなら、どのような訴えで受診するのですか?
どの依存症もそうですが、「依存症です」と言って、受診してくる人はほとんどいません。とはいえ、依存症外来に来る人はまだ意識が高い。
覚醒剤などの違法薬物で受診する人は、通い続けることで、どこかのタイミングでご自分が依存症であるという認識が芽生えてきます。でも市販薬依存で受診している人は、どれだけ通院が長くなっても、その認識があまりない。というか、依存症だから病院に繋がっているとは思っていないかもしれません。
——親が連れてくるから仕方なく来たという感じですか?
それもありますし、何かしらのつらさを抱えていて、それはメンタルヘルスの問題だから精神科に通っているんだというイメージの人が多い印象です。
——市販薬が違法ではないことも影響しているのでしょうか?
それはあるでしょうね。
——用法用量を守っていない意識はあるのですか?
守っていない意識はあるのですが、「そのへんの街中で売られている薬なんだから、危ないわけないじゃん」と思っている節があります。その認識は、率直に言えば結構怖いです。
——「迷い」が高いですが、これはどういうことですか?
治療態度を見ているので、依存症であるという認識がなくて、治療することに迷いがあるということです。「実行」がかなり低いのも、これも治療に向けて取り組んでいく意識が低いわけです。データがあるわけではないですが、大麻を使う若者もこれに近い印象です。
——先生は治療の入口として「依存症」として扱わない方がいいとおっしゃっていますが、それはここからきているのですね。
そうです。でも実際は依存症なんです。だからどこかで依存症の治療の文脈に乗ることができるようにしなければいけません。最終的に回復プログラムや自助グループにつながることはすごく大事です。ただ、現状、従来の回復プログラムや自助グループに繋いでうまくいっているかというとそうでもないのが難しいところです。
抑うつや孤独感は強いのにその感情を表せない
——抑うつ感も高いのですね。
抑うつ感は高く、不安感はそうでもないのですが、孤独感も高い。「失感情症」とは自分の感情に触れて、それを把握、理解して、言葉にする、描写することができない状態です。やはりつらさと自分の感情を切り離す解離的な傾向がある。
つらさにどっぷり浸かるよりも、自傷して体の痛みに置き換えたり、解離したり、市販薬を使ったりする。自分のつらさに触れないようにしている。自分の感情に触れるのが元々苦手だからそうしない側面もあるのですが、だんだんしない癖がついていったのでしょう。
——それは自分が安心できて話せるような人が周りにいないことも影響しているのでしょうか?
それは絶対にあると思います。
——そういう意味では家庭環境に何かしら問題があるんでしょうか?
個人的な話になりますが、アメリカでしばらく暮らしていて感じたのですが、僕らの親の世代は基本的に専業主婦が多かったですね。でも僕らの世代は共働きが当たり前になっている。なのに僕らの親の世代に目を向けると、親がずっと家にいないで子育てをするモデルとなる人がいない、模索しながら子育てをやらざるを得ない人が多いのかなと思います。
アメリカはもっと早く女性の社会進出が進んでいるので、女性も働くのが当然だし、そういう前提で育ってきたし、ベビーシッターなどを家に入れるのが普通です。
——それは日本では、思春期の頃に子供の話に耳を傾けてくれるケア要員がいない状況になっている、という意味ですか?
そうですね。今の日本では親が留守中、子供の面倒を見る人を家に入れる金銭的な余裕がない人も多いけれど、共働きが当たり前になっています。そこはすごく大きい。
日本では10歳ぐらいの子が夜一人で塾から帰ってくる光景が当たり前です。欧米だったら絶対にない。子供が一人でふらふら夜外出すること自体が珍しい。欧米だと即虐待になります。欧米は日中はナニー(子守)が子供と一緒にいるけれど、暗くなってからは、飲み会文化もないですし、親が家で一緒にいる時間がある。そういう文化の違いもあるのかなと思います。
(続く)
【沖田恭治(おきた・きょうじ)】国立精神・神経医療研究センター 病院精神診療部医長
2007年、浜松医科大学卒業。千葉大学病院、カリフォルニア大学ロサンゼルス校留学、千葉県精神科医療センターを経て、2018年1月から2022年9月まで国立精神・神経医療研究センター脳病態統合イメージングセンター室長。2022年10月より現職。2024年1月より岡山大学医学部医学科臨床教授兼務。専門は脳神経画像、物質使用障害。
Addiction Reportでは、なぜ市販薬に頼りながら生きている人がいるのか、取材を続けていきます。楽になるため、しんどさを忘れるため、楽しむためなど、市販薬を使った体験をお話しいただける方、市販薬に依存している人の支援についてお話しいただける方を広く募集しています。ご協力いただける方は、Addction Reportのメール([email protected])かX(https://x.com/addiction_rpt)、岩永のX(https://x.com/nonbeepanda)のDMまでご連絡をお願いします。岩永が必ずお返事します。秘密は守ります。
※「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」のデータについて、どんな診断を抽出しているのか追記しました。(2024年9月24日追記)
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コメント
市販薬依存の現状を知れば知るほど、
これから対策をうっていかなければ
日本の未来を担う若い子達が沢山犠牲になってしまうと怖くなった。
「Needy Girl Over Dose」という2022年に発売のゲームで、オーバードーズがファッションとして描かれています。薬物摂取を甘美なものとして描き、SNSで関連楽曲がバズるなど強い影響力を持っています。
率直に言って危機感があります。
オーバードーズがファッションとなっていることについて、専門家の皆様はどのように認識されていらっしゃいますでしょうか。
市販薬問題がよくわかる記事。
多くの人にぜひ読んでいただきたい。
問題の現状の理解が深まれば深まるほどに、では、私たちおとなに何ができるのか、今何から始めたらよいのか、を考える。
理解を広げる、それがまず一番にしないといけないことだが、正直その先が見えてこないことに思い悩む。
ケア要因に関しては、家族は共働きをしないと生活できない現実もあるし、逆に家族間のケアで問題が大きくなる場合もある。
次回の展開に期待。
依存しながら適応している若い方、「がんばっているんだな」と思いました…。
できることなら、市販薬以外の何かが見つかってほしい…。
40代でも市販薬使ってる自分がバカのように思えます……10代の子のメンタリティなんですかね……自分情け無いです。