会社にも親にもバレて万事休す FX投資で借金まみれになった彼を救ったのは?
FX投資にハマって、気づけば800万円もの額を注ぎ込んでいたコウヘイさん。借金が膨らみ、会社にも親にもバレて、生活の立て直しを始めますが......

公開日:2026/03/10 22:43
FX投資にハマって、気づけば800万円もの額を突っ込んでいたコウヘイさん(28)。
借金が膨らみ、会社にも親にもバレて、生活の立て直しを始めますが……。
ギャンブル依存症家族の会、考える会につながる
有給休暇を取って、母と二人、役所や弁護士らに借金の対応を相談したが、打開策は見つからなかった。
4月中旬、母が埼玉県浦和市のギャンブル依存症家族の会を見つけてきた。
「ここに一緒に行こう」
そこに行ったからといって、何ができるのか。半信半疑でついていった。
話を聞いてもらい、まず言われたのが「自己破産できるよ」という言葉。
そして、家族の相談会に、母が「息子がFXで借金をこれぐらい抱えて……」と話し出すと、「息子さん、ここに来てるの?ちょっと前に出てきなさいよ」と、やけに元気のいい女性に言われた。
それが、ギャンブル依存症問題を考える会代表の田中紀子さんとの出会いだった。
「FXをやめて、債務整理して、また生活を立て直したいです」と言うと、会場から拍手が上がった。でも内心はまったくやめる気はなかった。
その後に開かれた当事者の会で、自分のサポートグループを組んでもらった。
「みんな笑っていて、ヘラヘラしていて、最初は団体の職員さんなんだろうなと思っていました。自分のこのヤバい状況をそんな人たちがわかるはずない、理解できないだろうと不信感でいっぱいでした」
後で分かったことだが、サポートグループのメンバーは皆、回復したギャンブル依存症の当事者だった。
再び借金してFXに投資
サポートグループのメンバーは慣れた様子で、債務整理をするための弁護士を探す提案をしてきた。
ところが探している途中で、実家から離れて暮らしていた弟が鬱になったと母から聞く。
「自分の債務整理なんてしている場合じゃない、弟にお金を援助しようと思って、クレジット枠で70万円を借りました。それを全額またFXに突っ込んだんです」
その70万円もあっという間に溶けた。そこでようやく目が覚めた。
「支援団体につながって、債務整理を始めようと弁護士を探している最中に再びFXに突っ込んで、全部溶かしてしまった。さすがにもう自分は投資の才能がないんだと思って、目が覚めました」
サポートグループにスリップを打ち明ける
いろんな人に「もうやらない」と約束したのに、また失敗してしまった。会社にも相談できない。家族にも相談できない。その時、頭に浮かんだのはサポートグループのメンバーの顔だった。
「スリップしました(再び依存行為に手を出すこと)」
そう言って相談したグループの一人は意外なことを言った。
「もう休職して、東京に引っ越して、GA(ギャンブラーズ・アノニマス、ギャンブル依存症の自助グループ)通いをしましょう」
コウヘイさんは戸惑った。
「弁護士費用を稼ぐにも、働いていないと無理じゃないですか。それなりに名の通った企業でもあったので、その正社員の地位を手放して東京に引っ越すという提案が全然受け入れられなかったんです。サポートグループのメンバーには『すごく迷っています』と伝えました」
ちょうどその頃、ギャンブル依存症問題を考える会のオンライン相談会があった。代表の田中さんにその迷いを伝えると、「今いくら稼いでるの?」と聞かれた。給料を伝えると、「そんなもん東京でいくらでも稼げるから、引っ越しちゃいなよ」と勧められた。勢いに押され、「はい」と返事した。
それでも心の中ではまだ迷いがあった。他の人にも相談したい。
ギャンブル依存症問題を考える会のウェブサイトを探し、そこに問い合わせのメールを送った。
「今、こういう状況になっていて、こちらの田中紀子代表にこういう風に言われています。でも私は仕事をして返済していったほうがいいと思っているんですけれども、という相談を送ったんですよ」
すると、30分後に返信があった。まさかの田中紀子さん本人からだった。
笑
アドバイスいくらしても、
ご本人従う気持ちゼロのメールじゃないですかw
言うだけは言いましたよ。
あと、やるかやらないかは Up to you ですから。
りこ
やるかやらないかは自分次第——。ようやく腹が決まった。6月中旬に会社を休職。8月上旬、東京に引っ越した。
「強迫的ギャンブラー」という言葉から問題を自覚
引越し費用は、ボーナスで賄った。引っ越す前から、ギャンブル依存症を診療する昭和大学烏山病院を隔週で受診し、受診後はその足で自助グループに通い始めていた。
診察では「最近、どう?」と聞かれ、現状を伝えるだけ。実助グループでも、他の人はどうやらギャンブルをやめられているらしいことは分かったが、それが自分にどう役立つのかはわからなかった。
最初に依存症なのかもしれないと思い始めたのは、自助グループのミーティングで「強迫的ギャンブラー」という言葉を聞いたからだ。依存症という言葉には抵抗があったが、強迫的ギャンブラーはしっくりきた。
「FX以外にいろんなギャンブルがありますが、他のパチスロや競輪、競馬、競艇には全然興味がなかったんです。依存症というと行きたくて行く、やりたくてやる、ようなものだと思っていたんですが、自分はそうではなく金稼ぎの方法として選んだという気持ちがありました。でも最終的に借金を返済するためにやらなくちゃと強迫的にやっていたので、強迫的ギャンブラーという言葉はしっくりきました。自分がギャンブル依存症かどうかは、今でもまだ答えは出ていません」
自助グループの仲間とオープンチャットで話していると、明らかに自分より社会的に高い地位にある人たちが、FXで大金を溶かしていた。自分より優秀な人が色々勉強した上でも負けているということは、自分には太刀打ちできない。そう胸に落ちた。
前の会社を辞めて、IT系企業に転職
1年半ほど休職を続け、傷病手当が切れる前に、今年1月半ば会社を辞めた。自助グループの仲間のところで、ITの仕事の訓練を受けており、そこに転職しようと思っていた。ところが、その仲間の会社に雇ってもらうことが難しくなり、いちから就職活動を始めることにした。
就活中、田中代表から「今、仕事ってどうなの?」と聞かれ、就活中であることを答えると、「うちの夫のところで働く?」と声をかけてもらった。
田中代表の夫はギャンブル依存症の当事者で、今はIT系企業を経営している。面接を受け、12月末には採用が決まった。前の会社を辞めた翌日の1月中旬から、働き始めた。
もちろんここに至るまでの経緯は社長に知られているし、他の社員にも元ギャンブラーがいる。自分を隠す必要がないのは、とても安心できる。
「自分はこういう人間だと周りの人も知っていますから、すごく気持ちは楽です。たまたま自分が身につけた技術があって、それを必要としてくれる会社があって、雇ってくれた。僕は運はないが縁がある。FXでは大敗したから運がないのですが、縁が助けてくれるなとありがたく感じています」
自助グループで気づいた「金を持っていることが幸せではない」
自己破産手続きは3月中に完了する予定だ。自助グループには週2回通い続けている。
でも、今も投資への未練は捨てきれてはいない。
「自分がメインでやっていたのが、金とドル、円の取引なんですが、金は当時やっていた時の2.5倍ぐらいの価値になっています。だから今でもたまに、『あの時、こう上がると考えて、金を買っておけば2.5倍になっていたのに』とは思います」
「自分はFXで異常な賭け方をしていて、ちゃんとしたFX をやったことがないんです。ギャンブルをやっていたと思います。ちゃんとしたFXをやっていたらどうなっていただろうという気持ちは正直残っています」
仲間からは、5年辞めていないと安心はできないと言われる。自分でもそうだなとは思う。
自助グループの仲間には、億単位で稼いだけれど、借金だけが残り、自己破産してつながってきた人もいる。逆にFXで月500万円ぐらい稼いでいるのに、「一緒にいる猫が死んだら死のうかな」と語る人もいる。
「そういう話を聞いているうちに、金を稼いでたくさん持っていることが幸せではないことに薄々気づいてきています。子供の頃の貧しかったこともあり、稼ぐことに執着していましたが、結局今は、仲間の輪の中でしゃべっているだけで楽しい。お金をかけなくても楽しく生きることってできるんだなと分かってきています」
将来の夢は「楽しく生きたい」
今は、職場でもやりがいのある仕事を与えられ、充実している。
「実力を発揮して伸ばしていき、社会から正当に評価を受けた金で生きていけるという手応えをつかんでいます。仕事はもともと嫌いじゃない。付き合っているパートナーの分も二人分稼がなきゃというプレッシャーで投資を始めたので、今度は別の人間関係のパターンを見つけていきたいです」
元の彼女と別れてから付き合った別の人も家賃を滞納するなど、経済的には不安定な人だった。
「結局、そういう人としかお付き合いできないのは、自分に何か問題があるからかなとも思っています。病んでいる人は病んでいる人を惹きつけると言いますし」
将来の夢は「楽しく生きたい」だ。
「そのために今は自助グループに通っています。今は自助グループに通い、仲間と話したり、一緒に何かしたりすることが楽しい。私は運はないが縁がある。そんな縁を、これからもっと広げていけたらと思っています」
