全国30万人以上の社員を抱える日本郵便が、なぜギャンブル依存症の啓発に乗り出したのか?
全国30万人以上の社員を抱える日本郵便株式会社は、全国に先駆けて社員に対しギャンブル依存症の啓発に乗り出している企業です。特に熱心な九州支社、経営管理本部総務部長の上杉充さんに狙いを聞きました。
公開日:2024/02/03 03:00
全国で30万人以上の社員を抱える日本郵便株式会社は、実は全国に先駆けて社員に対しギャンブル依存症の啓発に乗り出している企業でもある。
社内でも特に熱心に社内研修や相談窓口の掲示などに取り組むのが、九州支社の経営管理本部総務部長を務める上杉充さん(51)だ。
Addiction Reportは、上杉さんにその狙いや思いをインタビューした。【編集長・岩永直子】
鹿児島で行われたギャンブル依存症研修で衝撃
上杉さんは2022年3月まで東京本社で人材育成やダイバーシティ(多様性)推進を担当し、同年4月に九州支社の今のポストに着任。その年の9月、鹿児島県で局長に対するコミュニケーション研修をした時、たまたまその後に開かれたギャンブル依存症の研修を聴講したのが始まりだった。元局長がギャンブル依存症の家族会にいる縁で開かれたのだ。
そこでギャンブル依存症問題を考える会代表の田中紀子さんや、依存症からの回復者の高知東生さんが話した内容に、上杉さんは衝撃を受けた。
「それまでは会社の中でギャンブルや多重債務に関する不祥事の話を聞いた時、私は『自分をコントロールできないなんてだらしない!』と思っていました。でもギャンブルで脳に刺激を与えると快楽物質『ドーパミン』が大量に分泌され、それを慢性的に繰り返すうちに、脳に変化が起きてそれまでの刺激では満足できなくなる。そして、もっと強い刺激を求めて依存症になっていく。つまりギャンブル依存症は誰にでも起こり得るものだと聞き、自分の意志では止められるようなものではないと知りました」
さらに、依存症という病気は回復可能なのだということにも驚いた。
「適切な専門家に早く相談することで早期回復につながるのだということも、初めて聞く話でした。そうであれば、郵便局の管理者はギャンブル依存の正しい知識を身につけておくことで、身近にギャンブル依存症になっている社員がいれば相談窓口を紹介することもできます」
「ギャンブルがきっかけで依存症となり、自分をコントロールできなくなる恐れがあることを知れば、金融機関の社員としては『ギャンブルはやめておこうかな』と歯止めになるかもしれません。働きやすい職場とするためにも、郵便局の管理者として持っておかなければならない知識なのではないかと思ったのです」
九州支社の郵便局、全国の郵便局に相談窓口のポスターを掲示
研修後、この研修実施を働きかけた元局長から、「郵便局にギャンブル依存症問題を考える会の相談窓口を案内するポスターを貼らせてもらえないか」と依頼された。
研修内容に感銘を受けた上杉さんは「協力させてもらいます」と快諾し、翌年1月頭には、支社管内の約2500の郵便局に貼った。
これと同時期に、持株会社の日本郵政でもグループ社員向けにギャンブル依存症対策を講じようと動いていた。その月の下旬には、日本郵政から「ギャンブル依存専門の相談窓口を作ったからポスターを貼ってくれ」と全国の支社に指示が来た。外部の専門家に委託して設けられた相談窓口を案内するポスターが、全国2万の郵便局に貼られた。
「結局、同時に2種類の相談窓口のポスターを貼ることになりました。ギャンブル依存症に向き合い、いざという時に相談できる体制を整えるべきだと考えたのだと思います」
シンポジウム登壇、支社内の幹部局長にも研修
そうやって社内での対策を広げていくうちに、2023年5月、ギャンブル依存症問題を考える会から、「ギャンブル依存症を考えるシンポジウムに登壇してもらえないか?」と依頼があった。郵便局で始めた取り組みを話し、後半に登壇した依存症者の家族の話も聞いた。
「一部上場企業に勤めるご主人がコロナ禍でリモートワークが続くうちに寂しくなって、オンラインカジノに手を出したそうです。お金が足りなくなって勝手に奥さんのブランドバッグを売り払ったり、学資保険を解約したりと、日頃から論理的な考え方をする人でもお金に困るとそんなことをしてしまうという話を聞き、愕然としました。正しい対応方法を知らなければならないと思いました」
この年の11月には、九州支社管内27の郵便局グループのキーマンを集めて、ギャンブル依存症や多重債務の法的整理、部下とのコミュニケーションについて学ぶ研修も行った。研修後のアンケートでは全ての社員が有意義と回答し、「誰でもなり得ると気づけて良かった」「対応方法がわかって有意義だった」と好評だった。「もっとこの研修を広げてほしい」という声も多かった。
「この研修で各グループのキーマンに基礎知識をしっかりつけてもらった上で、全ての局長に見てもらう研修動画を用意し、その動画を見て局長同士で議論してもらう研修を実施しました。組織の隅々まで正しい知識を行き渡らせるためです」
ギャンブル依存症は、お金の問題が深刻になるまで周りに気づかれにくいのが特徴だ。
「特に最近のギャンブルはオンラインで賭けられるので、余計社員がギャンブル依存症になっていても把握しづらい。気づいた時に『ダメだぞ』と注意しても止められないでしょう。だからこそ正しい知識を持って入り口のところでギャンブルとの付き合いを考えられるようにし、依存症になっていたら専門窓口につなぐのがいいのではないかと考えました」
変化した、ギャンブル依存症へのイメージ
上杉さん自身、ギャンブル依存症の人への見方は、この2年で大きく変わった。けしからん、だらしないと蔑む存在から、病気で困っている人と見られるようになり、「誰もが陥る病気なのだから、仲間が困っているならば助け合いたい」という意識に変化した。
「私のキャリアも影響しているのかもしれませんが、『多様な人材を活用する』ということを意識してきたので、ギャンブル依存症に困っている仲間も助け合い、活躍できるようにしたいのです」
ゲーム依存症も若者の間で問題となっているが、オンラインゲームの課金も、ドーパミンの異常分泌を促す可能性が指摘されていると聞いて、オンラインでの取引が増えているギャンブル依存症は他人事ではないと感じた。
「うちの息子もオンラインゲームをやっていて、『今しかチャンスがないから誕生日プレゼントはこれに課金させてほしい』と許可を求めてくることがあります。ゲームの運営者は手を替え品を替え課金を促すもので、それに抗うのは難しい。身近のそんなやり取りを通じて、誰にでもリスクはあると感じています」
新入社員研修や管理者登用研修でも
今、若者の間で違法なオンラインカジノにハマり、早い時期から身を持ち崩す例が増えてきている。同支社では今年、新入社員研修でもギャンブルのリスクを伝える内容を盛り込もうと検討中だ。
一見、保守的に見える日本郵便でこうした取り組みを進めているのは驚きだが、上杉さんは全ての企業でこうした研修が必要だと話す。
「ギャンブル依存症の対策としては、まず正しい知識を深めて広げていくことが大事です。他の会社も管理者研修に加えた方がいいのではないでしょうか?」
九州支社の社員3万人のうち、3000人は既に研修を受けた。今年は社員のギャンブル依存症に対する認識を把握するために、いくつかの郵便局の社員にアンケートを行うことも検討している。
こうした活発な活動ぶりに、本社からも「九州支社のギャンブル依存症に対する取り組みを教えてほしい」と問い合わせがあったため、取り組み状況を伝えた。
「九州でもさらに研修を広げたいですし、4月になれば新しい管理者や新入社員も入ってくるので、単発ではなく継続的に新入社員研修や管理者登用研修など節目の研修に盛り込みたい。こうした取り組みが全国に広がればいいなと思っています」
コメント
素晴らしい取り組みだと思います
この取り組みが、全国に広まって欲しいです
ギャンブル依存症に対する正しい知識を持つ人が増えれば、早期発見、早期回復に繋がりますね!特殊詐欺と同じように、近くで気付いた郵便局員の方が止めてあげたとは!なんて素晴らしい取り組み!!!
上杉部長のような柔軟な対応ができる管理職が増えていってほしいと思います。息子のギャンブル依存症をきっかけに私の認識も変わりました。岡山でも中国地区の郵便局の方も呼んで、依存症フォーラムを行います。記事にもあったように、日本でも、依存症が恥ずかしいことではない、誰でもやり直せる社会が大切ということの認識が広がっていくことを願います。
すばらい取り組みだと思います
私もギャンブル依存者の息子を持ってます
ほんとにこの病気は簡単に回復できるものではなく回復しても回復し続ける為には周りの対応など凄く大きいと思います
全国の各企業にもこのような取り組みをして欲しいです
企業の依存症研修では、最先端の取り組み。
全国にぜひ広げてほしいです。