僕が「名もなきアディクト」でいたい理由【後編】 「『回復』は美談ではなく、永遠に続く」
覚醒剤をやめて7年以上になるNPO職員のクマさん(仮名・40代男性)。
もっともつらかったのは、薬物をやめた後の日々だったといいます。
「タダの無名のアディクトでいたい」と語る理由はーー。
公開日:2024/08/15 02:00
「僕はタダの名もないアディクトです。『回復』したわけではなく『回復中』で、偉いわけではありません。たまたまクスリが止まっただけ」
こう語るクマさん(仮名・40代男性)は覚醒剤をやめられなくなり、刑務所に2回服役していた過去がある。現在はNPO団体職員として働いている。
「薬物が止まった」ときから7年以上の月日が経った。もっとも苦しかったのは、シラフになってからの日々だったという。
どのような苦難があったのか。そして、自らを「タダのアディクト」と称し、無名の存在であり続けようとする理由とはーー。
●「生きづらさ」は解消されず…アルコールもやめる
クマさんは薬物依存症の回復支援施設などで覚醒剤をやめられたわけではない。ある気づきを得たことから、ピタリと止まった(僕が「名もなきアディクト」でいたい理由【前編】私立大学を中退して売人に、闇バイトも…)。
しかし、覚醒剤をやめただけでは「生きづらさ」は解消されなかった。
「薬物をやめたことを『回復』といわれたり、美談にされたりすることには疑問があります。シラフになってからのほうが大変で、覆い隠していたものがどんどん溢れ出てきました」
「生きづらさと向き合う作業はしんどいですし、永遠に続きます。場合によっては、ひどくなる可能性もある。だからこそ、ミーティングには通い続けないといけないと思っています」
クマさんが自助グループなどに通うようになったのは、覚醒剤を使わなくなってからのことだ。薬物依存症や受刑経験がある人たちが集まるミーティングに足を運んだ。
「生きづらさを解消するにはコミュニティの力は大切」だとクマさんは語る。ミーティングでは、自らの課題と向き合った。ギャンブルもやめた。「怒り」の問題に気づき、アルコールをやめたのは2023年4月のことだ。
「酒を飲んでいると、怒りを制御できなくなる。言わなくていいことを言ってしまうんです。『ああ、言わなければよかった』『飲んでいないと、本当のことを言えないんだ』ということに気づきました。周囲に『スゴイ顔していたよ』と指摘されたこともあります」
記憶をなくしてしまったことは何度もある。飲み会の席で口論がエスカレートし、そのまま外に出て言い争ったこともあった。
身内に対してだけではなく、終電間際に酔った勢いで駅員とケンカし、警察を呼ばれ、警察署に連れていかれたこともある。「また刑務所に逆戻りしてしまう」と思った。
「アルコールをやめるのは苦ではありませんでした。理由はよくわかりません。安心・安全な場所で自分の気持ちを吐き出せているからかもしれません。怒りの問題についても、ミーティングで向き合っています」
「酒をやめてからは、よいことがたくさんあります。飲み会の時間をシラフで過ごせますし、シラフの時間が増えたおかげで他のことに時間をあてられますし、二日酔いで1日潰れることもなくなりました。お金も使わずに済んでいます」
●経験を語るのは「自分自身のため」
クマさんは同じように薬物をやめられなくなった経験がある「仲間」だけではなく、匿名でメディアの取材に応じたり、心理・福祉・司法関係者や学生たちの前で自らの経験を語ることもある。「仲間の手助け」というよりも「自分自身」のためだと語る。
「もちろん、仲間のチカラになれれば嬉しいです。ただ、助けるという感覚よりは自分自身の『回復』のためにやっています。僕は話すことが好きで、たくさんの人と関わりたいんです。承認欲求もありますし、自己実現のために経験を語っている部分もあります」
依存症は「自分の問題だからこそ、もっとも関心があること」だという。学会や講座などがあれば「学び」を得るために足を運ぶ。
2023年12月には、ASK認定予防教育アドバイザーの資格も得た。「ネットワークを広げたい。小学校、中学校、高校、大学で予防教育をしたい」と思ったためだ。
「僕は大学生のころに薬物に出会い、やめられなくなりました。大学生になってから薬物を使った場合、その前段階でなんらかの生きづらさがあるかもしれません。だからこそ、早い段階から動きたい。誰かの『生きづらさ』に、自分の語りが響けばよいなと思います」
「自己肯定感を高めること、他人と比較しないこと、など、生きていくにあたって必要なライフスキルは、なかなか学校では教えてもらえません。少なくとも、僕は家庭内や学校で学ぶ機会はありませんでした。学んだことを伝えていきたいです」
自らの経験を話す際に、気をつけていることもある。
「人の話に耳を傾けずに自分の知識だけを披露することは避けたいと考えています。これは当事者間だけではなく、専門家間でも起きうるのではないかと思います。お金や知識、当事者性などの『パワー』を振りかざすことがないようにしたい。だからこそ『無名』でいたいんです」
●「世間のスティグマ」もあるけれど…
インタビュー中、クマさんは何度も「自分はタダの無名のアディクト」だと強調した。依存症であること、元受刑者であることに対しては、ネガティブなイメージが付きまとう。顔や本名を伏せるのは「世間のスティグマがあるから」だ。
しかし、ほかにも理由があるという。
「僕は、できるだけ目立たないようにしたいと思っています。目立ってしまうと『自分はスゴイ』と勘違いしてしまう。正直、目立ちたいという気持ちや承認欲求はあります。葛藤はありますし、矛盾しているようにみえるかもしれません」
「薬物依存症の場合は、クスリをやめてからの生き方が課題になると思います。ただ、インフルエンサーに影響力があるように、どうしても目立っている人のやり方が『正しい』と思われがちです。僕は自分の方法が『正しい』と思っていませんし、『回復』のあり方の教科書もなければ『正しい』方法もないと思います」
回復途上の人からみれば「クリーン(薬物をまったく使わない期間)30年の人は、はるか遠い存在のようにみえる」という。やめ続けている期間が長ければ長いほど、ことばに説得力も増す。さらに目立つことで「きらびやかな存在」になり、さまざまな言動に「圧」を感じてしまう人もいるという。
もちろん、発信力や影響力がある人の発言に救われている人もいる。多様な在り方がある。「先ゆく仲間」を目標や希望にすることは大切ではあるものの「回復の方法はたくさんあり、人それぞれのやり方がある。押し付けてはならない」とクマさんは考えている。
「最近、すこしだけ貯金ができるようになり、年に1回は旅行に行くことができるようになりました。僕はけっして、きらびやかでも特別でもありません。あくまでタダの無名のひとりのアディクトとして、ほかの生きづらさを抱えた人の役に立ちたいと願っています」
コメント
クマさんのように、「自分の気持ちを吐き出せる」ことが大切ですよね。
感情を口に出すのが怖いときもあります。でも自助グループで共感してもらえると、苦しかった過去が報われるような感覚が得られます。他者の吐き出した気持ちの中に、自分の本音を見出すことも珍しくありません。
そして、今回の記事を読んでいて、依存症の回復プログラムがアメリカで広まった時代に思いを馳せました。
当事者の匿名性を守りながら、依存症者一人ひとりがどのようにして回復の道を歩んでいるかを伝えてくださるAddiction reportができたこと、まさしく希望です。
薬をやめてしらふでいろいろな感情に向き合うのがつらい、仲間がいないと無理。
いままで嫌なことがあったり、逆にうれしいことがあっても、なにがしかの感情が動くと薬を使ってたからね、と息子が言っていた。
回復の方法はたくさんあり、人それぞれのやり方がある。押し付けてはならない、のは家族も同じ。
私たちは解決策や解決するための方法、経験、情報を受け取って回復を続けていて、それを今度は困っている人たちに手渡していく。手渡す側にとっても、受け取る側にとっても「押しつけ」は紙一重。
なかなか難しい。
あえて目立つ位置で啓発を広め、誰かの希望になる人もいれば、クマさんのようにタダの無名のひとりのアディクトとして誰かの役に立つ人もいる、それが自然なことだと思う。
いちアディクトのものすごく正直なお話を聞かせてもらいました。
なんか自助グループのミーティングに参加したみたいな気分。
クマさん、お話をありがとうございます。ご自身を「特別ではない」とおっしゃるお気持ち、少しわかりました。それでも、クマさんの生きる姿、なんだか眩しいです。きっと、どんな人にも、強さと弱さ、特別さ、あるんじゃないかな、と思いました。
自分は、自分の生きる時間や生きる強さに自信が持てなくて苦しく感じることが多々ですが、クマさんのように、ひっそりと(?)生きていけたらと思いました。ありがとうございます!