再犯防止だけがゴールじゃない──修復的司法(RJ)がめざす「修復的社会」とは
犯罪を処罰によって抑止しようとする色合いが強い日本の刑事司法には、対話を重視する修復的司法(RJ)はなじまないと言われてきました。しかし、近年の法改正により、少々風向きが変わってきたといいます。
オンラインイベント「修復的司法とは何か?~森久智江さんに聞く刑事司法における『対話』」の後編をお届けします。
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公開日:2026/01/07 02:03
日本の刑事司法は、犯罪を処罰によって抑止しようとする色合いが強い。特に薬物使用については、近年厳罰化の動きも見られる。一方海外では、刑罰ではなく支援や回復を重視する国や地域も増えている。
修復的司法(RJ)は、従来の「罰を与える」応報的司法と異なり、加害者の更生、被害者の回復、コミュニティの再統合に重点を置く考え方だ。
立命館大学法学部森久智江教授は、この修復的司法(RJ)を、犯罪を生む社会の土台から変えていくための社会変革理念だと位置づけている。
本記事では、オンラインイベント「修復的司法とは何か?~森久智江さんに聞く刑事司法における『対話』」(主催:一般社団法人Prison Arts Connections)の後編をお届けする。
地域から見えてきた、「犯罪」と日常生活のつながり
- 日本では、加害者・被害者の直接対話なんて根付かない
- 日本人は本音を言わないから、話し合いで理解しあうなんて無理
このように、これまでも修復的司法(RJ)は日本にはなじまない、実現しないという声が強かった。確かに日本では、修復的司法(RJ)の考え方に基づいたプログラムは少数派で、理念として根付いているとは言い難い。
森久「しかし、最近少し風向きが変わってきたと思うんです」
2016年、再犯防止推進法が施行された。これにより、再犯を減らすために、国・自治体・民間が連携して支援に取り組むことが、初めて法律として明文化されたことになる。
森久「自治体職員も、犯罪の周辺には地域の課題があると理解するようになり、各自治体ごとの特色ある取り組みも行われるようになっています」
- 親が刑務所に入っている子が、学校でいじめに遭っている。
- 外国籍で、就職や地域での生活に行き詰まり、トラブルになっている。
- ゴミ屋敷問題の裏に、家族の誰かの服役歴がある。
「犯罪」と地域の課題が、じつは一本の線でつながっていることがわかってきた。だからこそ、犯罪だけを切り離して対策してもうまくいかない。地域での生きづらさ全体を見なければ、再犯は減らないのだという感覚が、自治体職員のなかにも認知されるようになってきた。
刑務所の内側で起きている変化
一方、刑務所のなかでも変化が始まっている。
2025年6月より、懲役刑と禁錮刑が廃止され、拘禁刑という刑罰に統合された。これは罪を犯した人に対し、ただ「懲らしめる」のではなく、社会復帰に向けた支援を重視するための法改正だ。
同じころ、名古屋刑務所で、刑務官による不適切な対応(暴力)が明らかになり、刑務所内で第三者調査が実施された結果、以下のような問題が指摘された。
- 職員どうしの心理的安全性が低く、率直に意見交換や相談ができていない
- 夜勤では、「受刑者になるべく関わらない」ことが暗黙のルールになっていた
- 被収容者をひとまとめに扱い、個別の背景を見ない文化がある
森久「刑務所内での対話の土壌ができていなかったんです。被収容者の改善・更生のためには、一人ひとりの背景や感情に向き合い、対話できる環境が必要不可欠なのです」
この点、官民協働刑務所である島根あさひ社会復帰促進センターでは、2008年から被収容者に対するプログラムとして対話的な取り組みを行ってきた経験がある。こうした経験を被収容者だけでなく、職員や社会の対話として共有していくことができるのではないか。
森久「私も、刑務官向けに対話型研修を実施しています。福祉や心理の専門家と一緒に、日々の業務のなかで言語化されてこなかった刑務官の方々の経験や悩みを言葉にしてもらう取り組みです。
自分の感情を把握し、相手の感情にも耳を傾けるスキル『エモーショナル・リテラシー』を育てていくことは、刑務所文化を内側から改革するための第一歩になると考えています」
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懲役刑では、収容中に所定の作業を行わせることが義務付けられていたため、受刑者は作業に一定の時間を割かなければならなかった。拘禁刑を導入することで、受刑者個人の状況に沿った矯正処遇プログラムの実施が可能となる。
たとえば、薬物の自己使用の受刑者は、その強い依存性のため抜け出すのが困難であり、再犯の確率も高い。出所後の再犯を予防するために、今後施設側は受刑者に対し、治療プログラム提供の時間を確保することができる。
また、島根あさひ社会復帰促進センターのように、受刑者の更生への動機づけを高めるため、オープンダイアローグの手法を取り入れた対話実践も可能となる。
刑罰で解決できることは、限られている。罪を犯した人にどのような背景があったのか、今どんな困難を抱えているのかを共有していくことが、社会を変える契機になる。
修復的司法の目的は「再犯防止」ではない
ここまで聞くと、「修復的司法(RJ)とは、再犯防止のための取り組み」だと思うかもしれない。確かに、効果として再犯率の低下が報告されることもあるものの、修復的司法(RJ)が目指しているのは、再犯防止そのものではないと、森久教授は言う。
森久「被害者の心情を加害者が知れば、再犯をしなくなると思うかもしれません。しかし、変えられるのは加害者の内面だけであり、それは一時的な変化にすぎないでしょう。加害者が生活の中でつらい状況に置かれていたのなら、そこを変えていかない限り、更生は難しいでしょう。
地域の誰もが社会のなかで当たり前に生きる基盤を保障されること。そのために、RJという考え方が存在しているのです」
重要なのは、罪を犯した人を変えることではない。すべての人が、周りの人たちとの間で過剰なストレスを抱えることなく、普通に生活できる環境を整えることで、犯罪行為は少なくなくなっていくはずだ。
森久「犯罪をきっかけとして、一人ひとりの生きる権利が保障される地域社会をどうやって作っていくのかを、コミュニティ構成員で考えていく。そのための理論が、RJなのだと思います。
RJという社会改革理念に拠って立つことは、社会の側の変容を求めていく、当事者だけでなく、社会の構成員や制度そのもののあり方を問う契機になりうるのではないかと思っています」
Q&A 質疑応答
質問者
「森久先生がRJの実践のための講師として招かれるのは、どのような現場が多いのでしょうか」
森久
「刑務官向けの研修や、地域での支援者向けの研修で、RJの考え方や目指すものなどをお伝えすることが多いです」
質問者
「島根あさひ社会復帰促進センターでの取り組みは、なぜ終了してしまったのでしょうか。大切な取り組みなので、続いてほしかったです」
森久
「終了したわけではないと思います。島根あさひ社会復帰促進センターは、官民共同運営で、PFI方式(公共がその施設整備に民間資金を利用し、維持管理とサービス提供をゆだねる手法)で運営されています。運営方針は、一定のスパンで国との契約で決まります。その契約が、今年度で終わるのです。
来年度からどういった形で運営されるかは、新しい契約に基づいて決められることになるため、いったん終了という形になっているのだと思います。またRJ的な取り組みが実施されるかどうかは、新しい契約内容次第になるかと思います」
質問者
「リフレクティングやオープンダイアローグなどのRJ的な取り組みを実施するか否かは、各刑務所の任意の選択なのでしょうか」
森久
「現状は任意性ですが、法務省の方針により、被収容者への処遇プログラムとして今後はやらなければならなくなっていくと思います」
質問者
「RJの取り組みが進んでいる国はどこですか」
森久
「RJは、もともとは先住民の間で行われていた対話的な問題解決方法が基礎になっています。そのため、ニュージーランドやオーストラリアでは根付いているといえます。また、他の先進国でもけっこうな割合で進んでいるかと思います」
質問者
「日本で犯罪の被害者と加害者の直接対話が行われる可能性はあると思いますか」
森久
「日本でも、裁判段階で被害者が参加する『被害者参加制度』があります。しかし、裁判内での発言はすべて証拠になってしまうため、対話の場にはなりにくいという問題があります。
裁判外で直接対話の場を設けることも不可能ではないとは思いますが、その対話に向き合うための当事者への支援など、対話の前提となる準備が難しいのではないかと思います」
質問者
「修復的司法と似た取り組みで、『治療的司法』というものがあります。両者の関係性や目的の違いについて教えてください」
森久
「『治療的司法』をご存じの方にとっては、まさにわかりづらい部分かと思います。『治療的司法』は、その名のとおり司法制度にフォーカスした考え方です。依存症など、精神的に困難を抱えている人に対して、刑罰では問題が解決できないのではないか。問題解決のために司法手続きを変えよう、という考えから始まったのが、『治療的司法』です。
修復的司法(RJ)は、もう少しその射程が広く、犯罪の背景にあるものをどう理解していくのか、それに基づき社会をどう作っていくのかといった考え方にもとづいた社会変革理念です」
質問者
「京アニ事件や元首相襲撃事件など、重大な事件では、対話を軸に解決していくことが難しいのではないでしょうか」
森久
「大きな事件になるほど、被害者と加害者の直接対話だけでは背景が十分に見えてこないのは当然だと思います。ただ、重大事件が起こった際には、いろんな報道がなされるなかで、なぜこのような事件が起きたのか、SNSレベルでは意見が交わされています。何が原因となって発生した事件なのか、社会的に対話がなされること自体には意味があると思います」
質問者
「重大事件を引き起こした加害者が、自分の考えの表現方法として書籍を出版することがあります。遺族の気持ちを考えたら、このような自己表現は抑えるべきではないでしょうか」
森久
「確かに、加害者が事件に関する書籍を出版することに対し、被害者が否定的な感情を抱くこともあるのは事実です。ただ、被害者も同じように事件について書籍を出版することがありますよね。
出版という方法でなかったとしても、当事者が自身の状況を表現できる場があるなら、いったんは否定しないということが大事なのではないでしょうか」
(終わり)
【森久智江(もりひさ・ちえ)】
立命館大学法学部教授。九州大学法学部卒業後、同大学院法学府で修士課程を修了、博士後期課程単位取得満期退学。
職歴: 九州大学大学院法学研究院助教を経て、2009年より立命館大学法学部で教職に就き、2017年4月より教授。
コメント
島根あさひ社会復帰促進センターのドキュメンタリー映画『プリズンサークル』を見て、日本の刑務所があのようになったら再犯が減るだろうと大変期待しました。
森久教授の『再犯防止』そのものが目的でなく、「地域の誰もが社会の中で当たり前に生きる基盤の保障」の捉え方、心から望むところです。
貴重な資料とともにもこれから修復的司法の考え方が広く社会に取り入れられることを強く願ってやみません。
犯罪の中には、依存症など「治療や支援がなければ回復が難しい状態」が背景にあるものもあります。
行為だけを罰しても、同じことは繰り返されないでしょうか。罰だけでなく「修復」を重視する司法のあり方も、もっと議論されていいと思います。
