イベントレポート:修復的司法とは何か?~森久智江さんに聞く刑事司法における『対話』
犯罪が起きると、加害者は裁判で裁かれ、有罪判決が下れば刑務所に入る。私たちはこの流れを当たり前だと思っていますが、単に罪を裁くことで、本当に問題は解決されるのでしょうか。
刑事司法の当たり前を問い直す「修復的司法」について、立命館大学の森久智江教授に解説していただきました。
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公開日:2026/01/06 02:01
犯罪が起きると、加害者は裁判で裁かれ、有罪判決が下れば刑務所に入る。私たちはこの流れを、疑うことなく受け入れている。日本では薬物使用なども含め、「処罰」が当然とされ、近年は厳罰化の動きも強まっている。
一方で海外では、違法薬物の単純使用や少量所持を非犯罪化し、刑罰ではなく治療や支援につなげようとする動きが広がっている。この違いは、刑事司法のあり方そのものを問い直すものだ。
立命館大学法学部教授の森久智江さんは、刑事罰の「当たり前」にこそ、見落としているものがあると語る。犯罪の背景には、環境や人間関係、社会構造といった無数の要因がある。単に罪を裁くことで、本当に問題は解決されるのだろうか。
その疑問から研究を始めたのが、「修復的司法(Restorative Justice: RJ)」という考え方だ。
本記事では、12月2日に開催されたオンラインイベント、「修復的司法とは何か?~森久智江さんに聞く刑事司法における『対話』」(主催:一般社団法人Prison Arts Connections)の様子を一部抜粋してお届けする。
刑事司法の「当たり前」を問い直す
まず、森久さんは多くの人がイメージする「典型的な刑事裁判」の風景を示した。正面上段に裁判官、右に弁護士、左に検察官、中央に被告人――。ドラマなどでもなじみ深い場面だ。
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そして判決後、「犯罪者は牢屋に入る」という構図が続く。
森久「多くの方にとって、刑事裁判というとこの図を連想するでしょう。しかし、私たちは刑罰によっていったい何を解決しようとしているのでしょうか。
この、当たり前すぎて問い直されていなかったことへの疑問が、『修復的司法(RJ)』の研究を始めたきっかけでした」
欧米から始まった「Restorative Justice(RJ)」という考え方は、「修復的司法」と直訳され、日本では「加害者と被害者が対話して和解する手続き」だとイメージされている。しかし、これは大きな誤解だと森久さんは指摘する。
森久「RJには、『修復的司法』という日本語の語感では伝わらないニュアンスが含まれています。
RJは、『加害者と被害者が話し合えば納得して分かり合える』といった、甘い理想を目指しているわけではありません。加害者への責任追及だけではなく、その犯罪が起こった背景をも追究すべきという視点から始まっています」
※注:森久教授は、Restorative Justiceの語感を損ねないよう、修復的司法をRJと呼ぶ。以降、森久教授の発言内では「RJ」、それ以外では「修復的司法(RJ)」とする。
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日本で「被害者・加害者の対話」のイメージが固定化した理由
ではなぜ、日本では「修復的司法(RJ)=刑事事件の被害者・加害者の対話による和解」といったイメージが先行しているのだろうか。その背景には、1990年代後半から2000年代にかけて発生したショッキングな少年事件があると、森久さんは語る。
- 1997年:神戸連続児童殺傷事件
- 2000年:西鉄バスジャック事件
- 2000年:豊川市主婦殺人事件
森久「これらの事件は、当時センセーショナルに報道されました。これをきっかけに、『少年であっても責任追及すべき』という世間の声が広がり、2000年の少年法の厳罰化につながったのです」
重大な少年事件によって、世論は一気に「応報論」に傾き、少年であっても犯した罪に対し相応の罰を受けるべきだという声が大きくなっていった。
しかし、もともとの少年法は、刑罰を科すための法ではなかった。少年の成育歴や家庭環境、学校や地域などの背景を追究し、社会の中で「生き直す」ための支援を行う、福祉的な視点を大切にしてきた法律だ。厳罰化の流れは、本来の少年法の理念を脇に追いやってしまうことにもつながった。
急激な応報論にブレーキをかけるように、「罰を重くしても、根本的な問題は解決しないのではないか」という声が生まれ、注目されたのが「修復的司法(RJ)」という考え方だった。だが、ここでは厳罰化へ傾いた振り子を元に戻すための手段として紹介されてしまう。
結果として、「被害者と加害者が向き合って真摯に話し合い、和解するための手続き」、「刑事裁判の代わりに行う仲直りの会」といった、極めて狭いイメージで受け取られるようになった。
本来修復的司法(RJ)が持っている「社会全体をどう変えていくか」という視点が、こぼれ落ちてしまったのだ。
修復的司法は1970年代に欧米から生まれた社会変革理念
修復的司法の考え方は、1975年のアメリカ、心理学者のアルバート・イングラッシュのある問題意識から発生した。
・犯罪者を刑務所に入れても、根本的な問題は解決していないのでは?
・本当に大切なのは、「その人自身の回復」や「被害者への償い」ではないのか?
イングラッシュはこれらの問題を指摘し、罪に対して相応の罰を与える「応報的司法」という考え方への批判を展開した。
また、1990年にアメリカの犯罪学者ハワード・ゼアは、罪を犯した人が社会に復帰していく場面で何かできないかと考え、まずは対話することから始めた。これが、修復的司法(RJ)のパイオニア的な取り組みだったと言われている。
森久「犯罪によって、どんな傷が生じたのか。そして罪を犯した人には、どのような傷があったのか。加害者が何らかの虐待やいじめを受けていたのかもしれません。周囲がそれを見て見ぬふりをしていたのかもしれない。それらが犯罪につながる傷になったのかもしれないのです」
犯罪の責任を行為者だけに押しつけるのでなく、背景を作り出した社会にも責任があることに目を向ける。そして、社会全体を再構築する必要がある。
森久「RJは、従来の刑事裁判手続きとは対照的に、犯罪発生の要因となるさまざまな社会状況を変えていくための、社会変革理念だといえるのです」
犯罪だけでなく、いじめ・ハラスメント・貧困も対象に
修復的司法(RJ)の『射程』は、必ずしも当事者間に限らず、刑事事件のみにも限定されない。
森久教授によると、修復的司法(RJ)における重要な価値は以下の6つにあるという。
- あらゆる関与者を想定する。
修復的司法(RJ)に関わる人は、被害者、加害者だけではない。家族、友人、近所の人、学校、職場、支援者など、事件の影響が及ぶ範囲が想定される。 - 対象は、犯罪行為に限定されない。
いじめやハラスメント、差別、貧困など、人や集団に対して害や不正義を生むすべての出来事が対象となる。 - 話し合いの場は、公式非公式を問わない。
裁判外でも、学校でも、地域でも職場でもいい。大事なのは、安全に話し合える場があること。 - 加害者、被害者という役割は固定されない。
罪を犯した人も、過去に虐待や差別の被害を受けているかもしれない。周りが見て見ぬふりをしてきたのなら、その問題も追究されるべきである。 - 求められる対応は、まず話すこと、共有すること。
必ずしも、その場で解決策を出す必要はない。何が起きたのか、誰がどう感じたのかを、お互いに語り合うことが重要。 - 自律的、自主的に参加できる支援が重要。
公の場所で話すことは大きな負担になることも。だからこそ、本人がどう関わるか、前後でどんなサポートを受けるかを選択できることが大切。
森久「日本では特に⑤と⑥が見過ごされ、刑事司法の場でどこまで使えるかに注目が集まったことが、RJに対する誤解の原因だったのではないかと思います」
修復的司法(RJ)を、犯罪行為のみを扱う場だと設定されたことで、「日本では使えない」、「日本人には対話はなじまない」、「そもそも話し合っても分かり合えないから困っているのだ」という批判を受けるようになったのだという。
森久「ただ、最近少し風向きが変わってきたようなんです」
刑罰による抑止ではなく、犯罪を生みにくい社会へ
法務省が毎年公表している犯罪白書によると、刑事犯の認知件数は2002年をピークに減少を続けている。一方で、再犯者率は高止まりしており、2016年には48.7%に達した。なかでも薬物事犯では、再犯者率が60%台で推移している。
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そこで2016年、「再犯の防止等の推進に関する法律(再犯防止推進法)」が施行された。この法律は、従来の「刑罰による抑止」中心のアプローチから転換し、犯罪の背景にある生活・健康・人間関係の問題に着目し、再犯を生まない社会環境を整備することを目的としている。
法律にのっとって、今後は住まい、就労、教育、福祉支援、地域連携を柱とし、国や自治体、民間団体が連携して切れ目のない支援体制を構築することが求められている。
特に薬物事件の相当部分は依存症を背景にしており、処罰だけでは使用を断ち切れず、出所後に孤立やストレスから再使用に至るケースが少なくない。再犯防止の観点からは、依存症を慢性的な健康問題としてとらえ、継続的な医療・相談支援、ピアサポート、就労支援などを組み合わせることが不可欠だとされている。
一方、近年は大麻使用罪の創設など、自己使用そのものを処罰対象とする方向にも議論が進んでいる。しかし、処罰強化が依存症者を医療や相談から遠ざけ、むしろ再犯リスクを高めるのではないかという懸念もある。
再犯を防ぐためには、罰か治療かという二者択一ではなく、生き直しを支える社会的なつながりをどう取り戻すか、修復的司法(RJ)的な取り組みが求められている。
後編では、日本の刑務所内や自治体で起きつつある変化や、修復的司法(RJ)が目指す社会像などについて解説する。
(後編に続く)
【訂正】再犯率と再犯者率を混同している部分がありました。訂正します。
コメント
初めて目にする言葉でした。罰するだけでは十分ではない。手間と時間をかけても価値ある取り組みだと感服しました。
森教授の解説を読み、刑事司法における「対話」に強く興味を持ちました。
「修復的司法」という考え方の6つの価値が社会に広まれば社会を変える大きな役割になると思いました。
罰か治療かでもなく、生き直しを支える社会的繋がりを取り戻す取り組みという視点は本当に素晴らしいです。
後編が楽しみです。
