「人生を投げ出してしまおうと考えた瞬間も」元NHKアナウンサーは回復途上でセルフスティグマに苦んだ
違法薬物所持の疑いで逮捕された経験を持つ元NHKアナウンサーの塚本堅一さんは、「人生を投げ出してしまおうと考えた瞬間もあった」と振り返る。なぜなのか。
公開日:2024/09/19 01:45
元NHKアナウンサーの塚本堅一さんは、回復の途上で「人生を投げ出してしまおうと考えた瞬間もあった」と打ち明ける。
なぜ、そのような状況に陥ったのか。そして、そのような状況を抜け出す上で何が助けとなったのか。話を聞いた。
「この道を先に進んでどうする?」
ーー著書の最後に収められている松本俊彦先生との対談で、「回復し始めた頃に人生を投げ出してしまおうと考えた瞬間もあった」と綴っています。何があったのですか。
ある時、ふと「もう死んでもいいかな」と思ったことがありました。自殺対策においても、少し元気になったくらいの時期が一番危ないと言われていますが、私の場合も同様でした。
当時は回復支援施設につながったばかりで、まずは週2回通い始めた時期でもありました。1ヶ月後からは毎日通うことも決まって、少し先の未来が見えてきた。
すると、「この道を先に進んでどうするのか?」という疑問がふと湧いてきた。
回復支援施設に通って、プログラムを受けたところで何になるのか。
どうせ仕事は決まらないし、ダメなんじゃないか。
薬物事犯の自分は就職できないし、人生を楽しむなんてありえない。
たぶん自分自身の中のスティグマ、いわゆる「セルフスティグマ」があまりに根強くて、そんな考えが頭を離れず、「どうせ無理だよ」と思ってしまったんですよね。
ーーそのような状況は、どのようにして抜け出したのですか。
回復支援施設では、週に5日は自助グループに通うように決められていました。自助グループに通って、そこで仕事を続けながら回復のためにプログラムを受けている人など様々な人と出会ったことで、「自分も大丈夫かもしれない」と思えるようになりました。
それこそ、スーツを着て自助グループに参加している人を見た時、初めはとても驚いたんです。薬物の自助グループの中に「会社勤めをしている人がいるの!?」と。
冷静に考えれば当たり前ですよね。でも、当時は自分の中に薬物を使用した人に対する偏見があったのだと思います。
公共放送のアナウンサーとして仕事をしていた時は、「そんな偏見持ってません」という顔をしていましたよ。でも、確実に自分の中にはそういったフィルターのようなものがあったのだと、後になって気付きました。
ーー塚本さんの場合、自助グループにつながることの意義はどのようなものだと捉えていますか。
私自身は、薬物をやめ続けるために自助グループに通い続けています。
私は日々の不満や愚痴を周囲に漏らすのが苦手なタイプで、薬物もそれを発散するために使っていた節がある。ならば、薬物以外の方法で発散する方法が必要で、その方法の一つとして、自助グループが有効だと私は捉えています。
今は自助グループに通わなくなることの方が怖いくらいです。
自助グループに行くと言っても、あまり自分の話はしない方で。でも、通い始めた当初に比べれば、少しずつ自分のことを話せるようになってきているのかなと感じています。
自助グループに通うために、薬物を使用しないのはもちろんのこと、アルコールも断ちました。「もっと楽しく生活した方がいいんじゃないの?」と言われることもありますが、今の自分にとってはこの自助グループでのつながりが必要だと思っています。
当初は「えらい仕事を引き受けてしまった」と思ったものの…
ーー田中紀子さんからイベントの司会進行の仕事を依頼された時はどのようなことを思いましたか。
司会の仕事を依頼されたイベントは「NPO法人全国ギャンブル依存症家族の会」設立を記念したフォーラムでした。イベントの内容としては、様々な国会議員の方々も参加し、ギャンブル依存症対策などの政策について議論を交わすというものです。
当時はカジノをめぐる議論が活発化していたこともあり、各社からの取材依頼も殺到していた。それを知った時は、当時は送検された時のトラウマで、まだカメラが怖い時期でもあったので、「えらい仕事を引き受けてしまったな」と思いましたね。
たぶん、田中さんからすると私が元気になるきっかけになればと思って、依頼していただいたのだろうなと思うんです。困難な状況に陥った時に、具体的な提案をしてくれる人は本当に一握り。だから、最終的にはこの人の提案に乗ろうと決めたし、差し伸べられた手を素直に掴んでみようと思いました。
田中さんに最初にメールを送ったのは、他でもない自分です。「自分から田中さんにコンタクトを取ったのだから、この仕事もやってみよう」と腹を括ることができました。
最終的には何のトラブルもなく、司会進行の役割を無事果たすことができました。
実はそのイベントには依存症啓発を行っているNPO法人ASKの方々も来ていて、その日の縁から後日インタビューを受けることになりました。すると、そのインタビュー記事を見た編集者から連絡が届いて、最終的には『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』という著書を出版することに至ったんです。
色々な流れが同時並行で流れていて、結果的に一つひとつのピースがつながっていった。
結局は誰かに無理やり引っ張りだされるのではなく、自分から動いたことであらゆることが前に動き出したのかなと捉えています。
「ダメ。ゼッタイ。」教育の尻拭いをする時期に
ーー塚本さんが逮捕されるに至った背景にあるラッシュは2007年に指定薬物となり、2014年に個人の使用が禁止されました。しかし、海外では禁止薬物となっておらず、健康被害もあまりないことが分かっています。一部には「ゲートウェイドラッグ」としての危険性を指摘する声もありますが、科学的な根拠や諸外国の状況を踏まえると、本当にそこまでの厳しい規制が必要なのか疑問に思う部分もなくはありません。
とても表現が難しいのですが、私は薬物ってそんなに悪いものなのかな?と思ってしまうというのが率直なところです。
薬物を購入することによって資金が反社会的勢力に流れることを危惧する声もありますが、覚醒剤使用の割合は減少の一途を辿っており、使用者は高齢化している。現在より大きな問題となっているのはオーバードーズをはじめとする市販薬の乱用です。健康被害だけを見れば、アルコールやタバコ(ニコチン)の問題の方がむしろ大きい場合も少なくない。
では、一体何が悪いのか。そもそも「良い」「悪い」の判断は、どこから生まれているのか。データを紐解き、調べていくとおそらく多くの人が同じ疑問にぶつかるのではないかと思います。
根本から疑い、一つひとつに丁寧に疑問を呈していかない限り、この問題は解決できないと考えています。
私は「ダメ。ゼッタイ。」という分かりやすい言葉とともに続けられてきた、これまでの日本の教育の尻拭いをする時期にきていると感じます。
ーー塚本さんご自身は、ラッシュで同じように逮捕された人々のコミュニティにも参加されていますね。
はい。やはり問題だなと感じるのは、一度逮捕されたことによる社会復帰の難しさです。
ラッシュの場合は国が指定薬物としたことで、逮捕者が生まれている。それによって多くの人の人生が狂わされています。
私自身もそれなりのダメージを受けましたが、まだ運が良い方だったのかもしれません。
(続く)
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コメント
国の方針、やっぱり「なんか違う」感ありますよね。
社会復帰が難しい現実、私たちが持つ偏見や先入観、理解不足のために起こっているのかな…と思います。
セルフスティグマのお話、聞けて良かったです。