“ラッシュもどき”製造し逮捕された元NHKアナウンサー、部屋に雪崩れ込むマトリに頭の理解追いつかず…
違法薬物所持の疑いで逮捕された元NHKアナウンサーの塚本堅一さん。塚本さんは逮捕をきっかけに人生のどん底を味わったと取材に明かす。
公開日:2024/09/16 01:45
元NHKアナウンサーの塚本堅一さんが違法薬物所持の疑いで逮捕されたのは、2016年1月。
塚本さんは“合法”であることを謳う販売サイトで指定薬物である「ラッシュ」に似たものを作ることができるキットを何度か購入し、使用していた。
逮捕をきっかけにNHKは懲戒解雇に。一時はうつ病も患い、人生のどん底を味わったと明かす。
Addicition Reportでは、そんな塚本さんの回復への道のり、そして現在の思いを取材した。
“合法”謳う薬物販売サイトとの出会い
ーー塚本さんは指定薬物である亜硝酸イソブチルが含まれた液体を持っていた罪で逮捕されました。経緯を教えていただけないでしょうか。
“ラッシュのようなもの”を作ることができるという、そのキットを販売しているサイトを見つけたのは、NHKのアナウンサーとして沖縄に勤務しているタイミングでした。
当時はパートナーと一緒に住んでいたのですが、作るのも大変そうですし、冷蔵庫で一晩寝かせるといった工程が必要だったので、こっそり試してみることも難しい。だから、買うことはないだろうと思っていたんです。
その後、2015年に東京勤務の辞令が出て、一人暮らしがはじまりました。
ある日、ネットサーフィンをしていると、以前見かけたキットの販売サイトと偶然再び出くわした。しかも、そこには販売されているものが「合法である」と記載されていました。
サイトもしっかりしているように見えるし、違法なものがそんな安価で手に入るとも思えなかった。だから、何度かメールでやり取りをしてみた後にお金を振り込み、製造キットを購入しました。
商品はレターパックの大きめサイズの袋の中に、液体や粉が入って届きました。それを使うことで、当時既に違法薬物として規制されていたラッシュに似た効果が得られるという触れ込みでした。
使ってみた感想としては、正直なところ出来はそこまで良くはない。確かにラッシュと似たような効果は多少はありましたが、100点とは言い難いものでした。
とはいえ、喫煙者の間でも好きなタバコの銘柄に違いがあるように、ラッシュというものにも色々なタイプがある。私にとっては、その程度の違いに感じられました。
「フェイクドラッグだし、これぐらいのものだろう」「60点、70点あれば良しとしよう」という感じです。なのでその後も、そのサイトで何度かこのキットを購入していました。
コンビニスイーツのような日常の“小さな楽しみ”求め…
ーー厚生労働省がラッシュを「指定薬物」としたのは2007年、個人での所持や使用は2014年に違法となりました。塚本さんは規制以前にラッシュを使用していたということですね。
当時はダメだとは言われていませんでしたから。私自身は大麻や覚醒剤のような他のドラッグの使用歴もない、単なるラッシュ愛好家でした。
ーーもともとは、どのようなきっかけでラッシュを使ったのでしょうか。
ラッシュはゲイのコミュニティではよく出回っているセックスドラッグの一種で、ごく一般的に使われていたものだったんです。新宿二丁目では普通に売っていたし、周囲の人々も持っていました。そこまで特別な物という認識はありません。
初めて使ったのは、二丁目で知り合った人と、そういう場に行った時。「これ知ってる?」と差し出されて、初めて使いました。
薬が抜けなくて大変といったこともなければ、人体に影響を及ぼすような害もなく、本当に数分だけ効果を発揮する。“果てれば終わる”という感じなので、ちょっとしたお楽しみ道具として使っていました。
もちろん、逮捕された当時は既に規制されていたことは知っていましたし、ラッシュの使用も所持も違法であるということは認識していました。海外では違法ではない国がほとんどなので、闇ルートで購入するという方法もあると与太話的に聞いたことはありましたが、そこまでして買おうとも思いませんでした。
ーーそのような中で、なぜ製造キットを購入するに至ったのでしょうか。
実は、その点については言葉にするのが難しいんですよね。薬物使用の理由について、「寂しさを紛らわすため」とか、「仕事のストレスで」といった表現がよく用いられますけど、そんな分かりやすい話でもなくて…
ラッシュについては昔使っていたこともあり、「楽しいもの」という印象を持っていたのは間違いありません。そのような前提の上で、ものすごく特別な何かではないけど、日常の中の“小さな楽しみ”がほしかった。
例えとして適切かは分かりませんが、ちょっとしたご褒美にコンビニスイーツを買うような感覚と言えば良いでしょうか。それがあるからこそ今日も一日頑張ることができる。そんな何かは、誰にとっても多かれ少なかれ存在しているのではないかと思います。
だから、ラッシュは手に入らなくなってしまったけれども、似たようなものが合法で手に入るのであれば使ってみたいと考えたのだと思います。
思い返してみても、そこまで大きな理由があったわけではないんです。
ーーマトリに逮捕された後も、そのように説明したのですか。
もちろん、同じように伝えました。マトリ側はやっぱり「寂しさから…」とか「ストレスで…」みたいなものの方が調書に書きやすい。だから、そういったものが原因ではないかと勘繰られました。
最後は根負けして、そのような表現も一部調書に載ったと記憶していますが、それが主たる要因ではありませんでした。
「役所の者です」扉を開けると捜査官が雪崩れ込み
ーーマトリが来たのは、連休の中日だったそうですね。
前日は山梨でワインを飲んだり、温泉に入ったりと休日を楽しんで、帰ってきた翌朝に家のチャイムが鳴りました。
「どなたですか?」と尋ねると、「役所の者です」という答えで、不審に思いながらドアを開けると十人以上もの人が部屋に雪崩れ込んで来ました。
ベランダ側の入り口にも捜査官が立ち塞がり、私は両脇を捜査官に固められながら2人掛けのソファに腰を下ろしました。記録のためのビデオカメラを回している人がいたのも覚えています。
どうやら一連の対応は逃亡を防ぐためらしいのですが、本当に驚きました。そこで、捜査官から「なんで来たのか、わかっているよな?」と。
瞬時にあのキットのことか、とは思い至らず。驚くと同時に、頭の理解が追いついていないという感覚でした。
ただならぬ様子から、何か緊急の出来事で彼らが来ていることは分かりました。すると、捜査官が「送られてきているのは分かっているんですよ」と言ったんです。彼らも確実に手元に証拠品がある日をめがけてきている。送られてきた物って何だろうと少し考えて、「あれのことか」と全てがつながりました。
作るためのキットや作ったものは、まとめて一つの箱で保管していました。だから、すぐにその箱がある場所を教えたんです。
ーーすぐに逮捕されると思ったのでしょうか。
いや、最初はそこまで深刻な事態だとは思っていなくて。何か面倒なことに巻き込まれてしまったかなと。
でも、合法なものだと信じて購入していた。だから、「怪しい物なら、それを持って帰ってくださいよ」という感じでしたね。
とりあえずキットを使った台所や保管していた冷蔵庫を指差した状態で何枚か写真を撮られて、そのあとは任意同行を求められました。
まずい状態であることは理解していたので、任意同行に従いました。その時はまさか、1ヶ月も勾留されて自宅に帰れないとは思ってもいませんでした。
ーーなかなか状況を飲み込むことができなかった。
取り調べを受けているうちに、「もしかすると逮捕されるのかもしれないな…」といったことが頭をよぎりました。
自宅から押収された液体の成分検査をしている間、ずっと取調室で待機していたのですが、かなり時間がかかったのを覚えています。午前中のうちに任意同行を求められて九段下の庁舎へと行ったのに、成分検査の結果が出たのは夜遅く。その間もトイレに行くたび、検尿をされました。
成分検査の結果、液体からは指定薬物である亜硝酸イソブチルなどが検出されたということで、捜査官の中でもベテランの方が逮捕状を持って取調室にやってきました。
その瞬間、部屋の空気が一瞬でピリついたのが印象的でした。逮捕状を前にして、ようやく自分が逮捕されるのだということを理解しました。
ようやく実感が湧いたのは勾留先となった湾岸警察署へ移送されることになった時でした。マトリのミニバンで湾岸署に向かう車中、少し先に小さなワゴン車が見えた。そこで作業している人が、私の目にはカメラを構えた報道陣に見えてしまったんです。その瞬間、「ヤバい、撮られる」と思ってパニックになりました。
捜査官の方に「まだ情報は出てないから大丈夫ですよ」となだめられて、何とか落ち着きを取り戻しましたが、あの瞬間のドキドキは忘れられません。
見送ってくれた捜査官の人からは「これから大変だと思うけど、心を強く持ってください」と言われて、勾留先へと移送されました。
(続く)
コメント
なんと言うべきか…国が変われば合法になったりしますし、塚本さんはそこまで深い依存だったかというと、ちょっと違うんじゃないかと思ってしまいました。
いつか…元の放送局に出演される日が来るといいな、って思ってます。
タバコやアルコールは合法とされていて、気分転換や「逃げ込む場」として、健康に害はありますが、人間社会には必要なのかなぁ…なんて思います。
本当に必要な取り締まりってなんだろう…と思いました。
違法なものを”合法“や”グレー“と謳う売人や既得権者たちが、どれだけの人々の人生を壊しているか。記事を読んで改めて、正しい知識や情報を伝えていく大切さを感じました。続きも読みます。
昔使っていた楽しいもの。 日常の小さな楽しみでコンビニスイーツを買う感覚。 もっと依存症になりやすい典型でしょう。
日常の中にあり、ちょっした楽しみの一つで、街なかに溢れてる物。
更に最初は違法じゃないとわかれば、使用し易い手頃な物。
本当に他人事じゃない。
まして誘惑があれば興味を持つのも当然と云えます。
そして、依存と気付かずに軽い気持ちで使用を継続して仕舞う依存症への第一歩。
簡単に超えられる一歩。
特に異変も無く、体調も変わりないと成れば連続して仕舞うのは、誰しも陥る脳からの誘惑。
無意識に脳が発信し渇望が湧く。
渇望にきづければ対応も出来るが、大抵は渇望に惑わされ使用して仕舞う。
周りの人の一人にでも、打ち明けられる人がいても信頼はしているが、話す勇気は余りにもハードルがたかく、ほとんどの依存症者は、話せないまま依存症が進行して仕舞う。
多く依存症者が抜け出せない壁です。
ですが、人と繋がり、仲間と繋がり、クリニックや自助グループと繋がる事がきっかけで、回復の道は開けます。
御本人は大変な思いをされました。
しかし、こうやってカミングアウト出来た事は多くの依存症者の回復の支えになる筈です。
心からお礼を言います。
私は間違った回復の道を進んでいないと認識出来ました。
貴重な体験談、
本当にありがとうございました。
私もどこまでが合法でどこから違法なのかとか、よくわかってませんでした。
オーストラリアにいた時、友人から「ハイになれるよ」と言われて謎のタブレット見せられた事があった。日本では違法だけど、オーストラリアでは合法だと言ってたのを覚えています。
コンビニスイーツをご褒美に買う感覚。
頑張ってる自分へのご褒美。
よく分かります。
砂糖も依存物質だとの事。
何に頼ったら良いのかわからなくなります。
ドアを開けると十人以上もの人が部屋に雪崩れ込んで来た、という物々しさに、マトリの一大イベント感を感じ苦々しい思いがする。
これから大変だと思うけど、という捜査官の言葉も一見優しさのように感じられるが、ここまで大事にしたのは誰?
塚本さんの優しさと誠実さが感じられる記事。だからこそ現状の薬物政策に腹立たしさをおぼえる。