1000万円踏み倒し…それでも金策に追われる日々だけが与えてくれた「生きる実感」
買い物を続けた日々の出来事を、長年続いた連載で赤裸々に綴った中村うさぎさん。大変な日々を送ってきたにもかかわらず、金策に追われる時ほど「ヒリヒリする瞬間はなかった」と明かす。
公開日:2024/04/25 02:00
買い物を続けた日々の出来事を、『女殺借金地獄 - 中村うさぎのビンボー日記』といった書籍や週刊文春で長年続いた連載『ショッピングの女王』で赤裸々に綴った作家・エッセイストの中村うさぎさんは、さまざまな出版社から印税の前借りを行い、買い物を続けていた。
大変な日々を振り返る中で、金策に追われる時ほど「ヒリヒリする瞬間はなかった」と明かす中村さんに話を聞いた。【ライター・千葉雄登】
買い物は「もうどうにも止まらない」
ーー角川だけでなく、週刊文春でも買い物に関する連載「ショッピングの女王」を長年続けていました。買い物について書けば書くほど印税が入るという状況の中で、「買い物をやめたい」と考えることはあったのでしょうか。
もちろん、常に「買い物をやめたい」と思っていましたよ。だって、もう自分の力では、どうにも止まらないわけ。
印税は全て前借り。しかも、まだ書いていない本の印税まで前借りしようとする始末ですよ。もちろん、そんなことできるはずがありません。
そんなことをやっているうちに、「お前はこれ以上、前借りできない」って色々な出版社から言われるようになっていって。カードの支払いをするために、仕方なく消費者金融で100万円ぐらい借りたこともありました。
ある時には印税の前借りをお願いしたら、振り込み予定日がカードの引き落とし予定日の後だったこともありましたね。その時は「これじゃ間に合わない!」って泣きついて、100万円か200万円か、担当の編集者に肩代わりしてもらいましたね。
きっとその担当編集者もヒヤヒヤしていたと思うよ。「中村うさぎに大金を貸したら、返ってこないんじゃないか」ってね(笑)。
もちろん、その方にはお金が振り込まれたタイミングで、すぐにお返ししましたよ。
ーー中村さんの著書を読むと、こんなに出版社から前借りってできるのか!?と驚きます。
当時は実売ベースで印税を受け取る電子書籍ではなく、紙の本だけだったというのも大きいと思います。
本を出す時点で大体部数が決まる。ということは、印税の金額もほぼ自動的に決まるわけですよ。
だから、前借りしやすかった。でも、前借りすればするほど、その先の生活では困るわけ。だって、本を書き上げても1円も入らないから。
角川に新潮に、小学館に…全て同時にだったかどうかは覚えていませんが、前借りをさせていただいて。最終的には1000万円くらいは踏み倒してしまいました。
金策に追われる時ほど「ヒリヒリする瞬間はなかった」
ーー著書の中で金策に追われる日々を、「あの恐ろしい数日間ほど『生きる実感』を味わさせてくれるものはない」と表現しています。
これはつまり、「お金を手に入れること」「お金を使うこと」の実感にまつわる話なんですよ。
仕事をしてお金をもらうと言っても、基本的には振り込みで、口座の中に入っている金額は全て数字でしかありません。働いて、原稿を書いて、その結果として印税が入る。その印税は売れても売れなくても、一定の金額です。
もちろん、「本を書く」というのは簡単なことではない。全くもって楽な作業ではありません。嫌な思いを何度もしたし、あまりに書けずに自己嫌悪に陥った回数も数え切れません。書けない苦しみは非常に辛いものです。
だけど、私の場合は「血と汗を流して稼いだ」という実感は薄かったんですよ。
ラノベは頭の中にある妄想を、エッセイは実際の生活をあれこれ書けば、お金が入ってくる。血と汗を流して、苦労した末に受け取るものが労働の対価だという感覚を持っていた自分にとっては、こんなの真っ当な仕事じゃないような気がしていたんです。
日々の買い物だって同様です。クレジットカードを使って、「〇〇円です」という紙にサインをしたら、口座から引き落とされる。全てはただの数字です。だから、いつしか暗号通貨を使っているような感覚を覚え、「最終的な数字の辻褄さえ合えば、何とかなるでしょ」くらいにしか思っていなかったんです。
それとは打って変わって、金策をする時は非常に「生きている実感」がありました。
本当にいつも苦労していたけど、そんな大変な状況が、「私は今、お金を集めるためにこんなに一生懸命頑張っているんだ」という実感を味わせてくれたんです。
「こんなに買って、本当に払えるのかよ!」って思いながら、金を集めて回るわけです。あれほどヒリヒリする瞬間はなかったね。
ーー仕事とは「血と汗を流して稼ぐことだ」という価値観を育んだ原体験のようなものはあるのでしょうか。
うーん、子どもの頃はそれほど大きな苦労はしていなかったと思います。生まれた家も貧乏ではないし、私立の4年制大学を出させてもらい、大学時代は遊んでばかりいました。
大学を卒業して、OLになった後も別に大した仕事はしていないし。その後、コピーライターになってからも、「仕事をあげるからヤらせろ」みたいなセクハラや嫌なことは経験しましたが、それでも体を張って一生懸命稼いでいるという実感は薄かったんですよね。
おそらくバブルという時代も大きく関係していた気がします。あの頃は、ちょこちょことコピーを書いただけでお金が入ったんです。たぶん、フワフワしたまま生きてきたんですよね。
過食症についての本が入り口、「買い物依存」と自覚
ーーご自身が「買い物依存」と気付いたきっかけを教えてください。
長いこと、自分が依存症だという自覚は全くありませんでした。「買い物が止められないなんて、自分は頭がおかしいのかな」となんとなく考えていた程度です。
そんな時に過食症について文章を書くために本を何冊か読んでいたら、依存症は非常に幅が広いこと、そしてその中に「買い物依存症」というものがあると知ったんです。
過食症について調べるために本を開いたはずが、気付けば自分が依存症かもしれないということを知った。
で、その本を書いている家族機能研究所というところの住所を調べたら、当時住んでいた麻布の近くだったんです。そこには依存症を専門にする精神科医・斎藤学さんのクリニックがありました。
そこに電話をしてみると、受付の人が電話に出るわけですよ。
「本を読んで、もしかすると買い物依存症かもしれないと思ったんです。でも、本当に依存症なのか自信がないんです」と、私が伝えると、「買い物は毎月どのくらいされますか?」と質問されて。「数百万円です」と答えると、「それは収入を上回っていますか?」とまた質問をされたんです。
「はい、上回っています」と答えたら、次は「借金はしていますか?」と聞かれて、「はい、しています」とお伝えしました。その結果、受付の方に「あなたは買い物依存症です」と断言されてしまいました(笑)。
その後は「すぐに診察してください」と言って、斎藤さんのクリニックへ行きました。
ーークリニックにはしばらく通っていたのですか。
いえ、結局セラピーに参加したのは2回だけ。それ以降は足が遠のいてしまいました。
やっぱり何事も合う・合わないがあると私は思うんです。少なくとも、私にとってはそのセラピーは合わなかった。
特に私なんて不真面目だからさ。色々な依存症の当事者やその家族の方が来るセラピーで、一人ずつ「自分のケースはこうなんです」と話をしているのを聞いていると、何だかおかしく感じられてしまって。
もちろん、その場にいる人は全員真剣ですよ。だけど、私一人だけがくすくす笑ってしまって。
「ゲームをやるのを止められないんです」と言う人がいれば、「お前アホか!」「ゲームにハマっても、仕事はしろよ!」って言いたくなっちゃうんですよ。
本当におかしな話でしょ。私こそ、「お前、買い物している場合か!」っていう状態なんですから。
【中村うさぎ】作家・エッセイスト
1958(昭和33)年、福岡県生まれ。同志社大学卒業。0Lやコピーライターなどを経て『ゴクドーくん漫遊記』(角川書店)で小説家デビューし、同作がベストセラーに。『ショッピングの女王』(文藝春秋)、『女という病』(新潮社)、『うさぎとマツコの往復書簡』(双葉社)など著書多数。
コメント
・金策をする時は非常に「生きている実感」がありました。
・本当にいつも苦労していたけど、そんな大変な状況が、「私は今、お金を集めるためにこんなに一生懸命頑張っているんだ」という実感を味わせてくれたんです。
・「こんなに買って、本当に払えるのかよ!」って思いながら、金を集めて回るわけです。あれほどヒリヒリする瞬間はなかったね。
「買い物依存症」ではあるけど、「借金依存症」でもあるのかな?
と思いました。
私もただ漠然と仕事しているより、営業職で順位を取りたい、風俗でNoに入りたい。借金という理由を作って必死になってお金を稼ぎたい…と思っていた時期がありました。
自分自身の満足のためというよりも、周りに頑張っていると思われたい、よく見られたいという事から、訳の分からない事をしてました。
私自身も、買い物依存症はあると思います。そして、それを生きるエネルギーにしてます。
今は、もう少し落ち着たいと思いますが。
斉藤章佳さんのイベントで一緒に登壇されていて、とても話が面白かったし、このエピソードは色々なところで目にしたり、耳にしましたが、何度聞いても興味深いです。
年に数回買い物欲に取りつかれることがある。
好きな洋服をいろんなオンラインショップで追い求め、注文確定をクリックする。
その途端に無駄だったんじゃない、追い求めた時間も購入した洋服も?と後悔の波が押し寄せてくる。
とてもビビりであること、ハイブランドに興味がないこと、一定の収入しかないこと、が私を買い物依存の手前で立ち止まらせている。
だから、うさぎさんをある意味羨望の眼でみているところがある。
私にはできない生き方、その振り切れ方がなんともダイナミックで、不謹慎だけれどワクワクしてしまう。
セラピーでくすくす笑ってしまった、というのはさもありなん。
さて、次に続くのはどんなお話なのか。ますます楽しみ。
金策をしている時だけ生きている実感があった…必死になっている時こそ掴めるものがあるような感覚はなんとなく分かります。
忙しいとしんどいんだけど、爽快感や達成感、充実感があるんですよね、わたしは。
そんな感じなのかなぁと想像しました。
本との出会いがご自身を顧みるきっかけになったなんて神秘的です。
セラピーの内容によっては合わない方もいらっしゃるんですね。
なるほどです。