「あの時の気持ちよさが忘れられなかった」水道料金や税金を滞納してまで買い物にハマった理由
「買い物依存」の日々を、時に明るく、笑いも交えながら書き続けた中村うさぎさん。ここまで買い物に依存した理由とは。
公開日:2024/04/24 02:00
「買い物依存」の日々を、時に明るく、笑いも交えながら赤裸々に書き続けてきた人がいる。作家・エッセイストの中村うさぎさんだ。
買い物を続けた日々の出来事は、『女殺借金地獄 - 中村うさぎのビンボー日記』といった書籍や週刊文春で長年続いた連載『ショッピングの女王』などで紹介されている。
水道料金や税金を滞納し、時には質屋に入れてまでブランド品を買い漁るーー。
ここまで買い物に依存したのはなぜなのか、Addiction Reportは中村うさぎさんに話を聞いた。【ライター・千葉雄登】
ラノベがヒット、大金手にしてシャネルへ
ーーそもそも、買い物にハマり始めたのは、いつ頃のことだったのでしょうか。
『ゴクドーくん漫遊記』でラノベ作家としてデビューした頃ですから、1991年ですね。
それまではOLやコピーライターなどをやっていた私が、ラノベで作家デビューをしたら、1冊目から当たって。法外な金額のお金が口座に入ってきたんです。
いざお金が入ってくると、何に使おうかなと考えるじゃないですか。その時に、ふとシャネルの洋服を買おうと思ったんです。
それまでシャネルは恐れ多くて店内に入ったこともなかった。でも、シャネルの服にはずっと憧れていたんです。だから、せっかくならシャネルにしようと思ったんですね。
いざ新宿伊勢丹の中のシャネルへ行くと、手前側に並んでいるのは比較的買いやすいアクセサリーやバッグ類。服はその奥にある。
しかも、当時は今のようにネットで調べることもできないから、シャネルの洋服がいくらぐらいなのか、事前に知った上で店に行くこともできないんです。値段も全く検討がつかない状態で、「一体いくらするのか」なんてドキドキしながらお店に入りました。
店に入ると「いらっしゃいませ」と店員さんがピタッとつきますよね。
店員さんの視線を感じながら、ラックに並ぶ商品を見ていたら、そこに革のコートがあったわけ。
それがすごく可愛くて、でも「これいくらですか?」って店員さんに聞くのも恥ずかしいでしょ。シャネルのお客さんはいちいち値段なんて聞かないんじゃないかって思って。
だから、「これ試着していいですか」って声をかけて、試着をする時に素早く値札を確認しました。
ーーそのコートはおいくらだったんですか。
60万円です。たしかに高いけど、大金を手にした自分には買えない金額ではない。
でも、それまでせいぜい買ったことがあるコートは10万円ぐらいのものですよ。いくらお金を手にしたからと言っても、奮発して60万円のものを買うのはどうなのかなって思ってさ。試着室の中で、しばらく悩んだんです。
で、店員さんには「すっごく気に入ったんだけど、サイズが大きいみたい」って言ったの。そしたら、店員さんはすかさず「ワンサイズ下もございます」と言って、ささっと持ってきてくれて。しかも、試着してみたらぴったりのサイズで。
これはもう言い逃れできないなと思って、見栄を張って買っちゃったんです。
買ったコートは店員さんが丁寧に包んでくれて、しかも箱もコートが大きいから大きいんです。そんな大きな箱を入れるのは、シャネルと書かれた大きな紙袋。
その紙袋を持って、デパートの通路に出た瞬間のことは今でも忘れられません。
デパートだから、通路を人が歩いているじゃないですか。その人たちが、チラッと私の紙袋を見たんです。その瞬間が、めちゃくちゃ気持ちよかった。
「お前らはシャネルで洋服を買える身分かどうか知らないけど、私は60万円のコートを買ったんだぞ」と内心では思っていました。今思えば、その時、自分の頭の中で「脳内麻薬」のようなものが、かなり出たんだと思うんですよ。
依存症って結局のところ、こういう「脳内麻薬」の問題だと私は思う。気持ちよさを知ってしまったからこそ、依存してしまう。私は、あの時の気持ちよさが忘れられなかったんだよね。
そのコートを着ているとさ、友達から「それシャネルのコートじゃん」って言ってもらえたり。あとは心なしか、レストランでご飯を食べる時も、シャネルのコートを脱いで預けると扱いが違う気がしたんです。
そんなことを考えているうちに、「せっかくシャネルのコートを着ているのに、靴がこんなんじゃ」とか、「下に着ている洋服がこれじゃあね」と考えるようになって。次第に身につけるものはブランド物で揃えるようになっていったんです。
自分では払えない金額のカード請求が…
ーーもともと洋服はお好きだったんですか。
はい、昔から服を買うのは好きでした。洋服好きと言っても、それまでは年齢なりに安い物を買って、上手く組み合わせておしゃれに着るという感じでした。
でも、高い物を買えるようになったら、もう「高い物じゃないとダメだ」って考えるようになってくる。
それからはシャネルだけじゃなく、エルメスやグッチ、フェンディとか色々なブランドで買い物をしまくりましたよ。
ーーそんな買い物について、エッセイで書き始めたきっかけはどのようなものだったのですか。
そうやって買い物をしまくっているうちにさ、もう自分のでは払えないくらいの金額のカード代金の請求が届くようになっていくわけ。
今思えば、もう完全に「買い物依存」ですよ。その頃には自分では買い物を止めることができなくなっていた。
だから、自分の収入を超える買い物を続けて…カードの限度枠が足りなくなると、すぐに限度枠を上げてもらって。最終的にその支払いが問題になる。
作家を仕事にしている私は、毎月本を出しているわけではないから印税が入る月と入らない月があるわけです。となると、支払おうにも手元にお金がない時が増えて、いつしか出版社から前借りをするようになったんです。
当時は電気代や水道代の支払いを怠るようになって、もちろん税金も払いませんでした。
誤解のないように言うと払えないわけではないんです。でも、「こんなことにお金を払うなら、買い物をしたい」と思ってしまっていた。
しかも、とある編集者からある日、「電気やガスは止まっても、なかなか水道は止まらないらしいよ」って聞いて。ならば、最初から払わなくていいじゃんって思ってしまったんですよ。
もちろん、私のもとには何度も督促状が届きました。でも、「どうせ水道は止めないんでしょ」とタカをくくっていたから、全く払わずにいた。
そしたら、ある日、顔を洗おうと思って蛇口をひねると水が出ないんです。
「え、もしかして断水?」と思って、マンションの1階部分まで降りていって、掲示板を探しても「断水のお知らせ」なんて貼ってない。どういうことだろうと思って、水道局に電話したら、「水道料金を全然払わないから、水道を止めさせていただきました」って言われてしまって。仕方がないから、すぐに水道局まで行って、水道料金を払いに行きましたよ。
そんな体験を角川書店の編集者とご飯を食べている時に話したんです。「私、こんなシャネルのワンピースなんか着て、こんなところでご飯を食べているのに、本当は水道止められてるんだよ」って。
そしたら、その編集者が「面白すぎる。それをエッセイに書いたらいいよ」って。だから、その話をエッセイに書いたんです。すると、結構身内からウケたんですよ。
それ以来ですね、買い物についてエッセイを書くようになったのは。
【中村うさぎ】作家・エッセイスト
1958(昭和33)年、福岡県生まれ。同志社大学卒業。0Lやコピーライターなどを経て『ゴクドーくん漫遊記』(角川書店)で小説家デビューし、同作がベストセラーに。『ショッピングの女王』(文藝春秋)、『女という病』(新潮社)、『うさぎとマツコの往復書簡』(双葉社)など著書多数。
コメント
うさぎさんの文才の素晴らしさで出た本を貪って読んだなぁ。
買い物依存やその他にも酔狂しては傷付いて、それでも起き上がって文にして私達に共感と女の馬鹿さ、美しさを自分の人生でもって見せてくれる。
これからも大好きです。
公共料金を払えないわけじゃなくて、それよりも買い物に使いたいというお話に、なるほどなぁと思いました。
優先順位が変わってくるとはまさにこのことですね。
高価なブランドのコートを身に着け、外食をしてても自宅の水は止められている。。
依存症で困窮しているなんて、本当になかなか分かりづらいものですね。
まだ買い物依存という言葉も知らなかった頃、「ショッピングの女王」をよんでうさぎさんから目が離せなくなりました。大変な状況なのに、めっちゃ面白い。
Addiction Report でうさぎさんと再び出会う、なんてラッキーなんだろ。