海外でも若い男性がハマっているスポーツ賭博の実態 業界に優しい「やったふり対策」の問題は?
水原一平さんの事件で話題になったスポーツ賭博は、日本ではまったく対策が進んでいません。何が問題で、どんな対策を取ることができるのか。海外のスポーツ賭博事情に詳しい岡山県精神科医療センター 臨床研究部長、橋本望先生にインタビューしました。
公開日:2024/05/27 02:00
大谷翔平さんの通訳だった水原一平さんが、スポーツ賭博で負けた金を穴埋めしようと起こした銀行詐欺罪事件。
まだまだマスコミによる騒動は続いており、今後は水原さんの判決なども気になるところだが、スポーツ賭博についてこれだけ大騒ぎになっているのに、日本では一向に対策が進まない。
中には、水原事件に関し「スポーツ賭博が合法ならこんな巨額事件にならなかった」「違法が蔓延しているなら合法化して取り締まればいい」などと、現実を全く理解していない意見もある。
本記事では、2015年9月から2016年10月まで、当時英国で唯一のギャンブル依存症専門クリニックであった「英国立ギャンブル問題クリニック(National Problem Gambling Clinic)」に留学し、海外のスポーツ賭博事情に詳しい、岡山県精神科医療センター 臨床研究部長、橋本望先生へインタビューした。
スポーツ賭博の恐ろしさや有効な対策について改めてお伝えしたいと思う。(プロデューサー・田中紀子)
スマホによる賭けの普及で、若い男性のギャンブル障害が増加
田中:日本では、コロナ禍以降急速にオンラインギャンブルによる依存症問題が増えたのですが、それは世界的傾向なのでしょうか?
橋本:ギャンブル障害の有病率は世界的にみて0.4%から4%です。ギャンブル障害は、人間関係の破綻、破産、自殺リスクなどの深刻な結果をもたらすにもかかわらず、公衆衛生上の問題としての対策が世界的に遅れています。
特に、新型コロナウイルス感染症の流行以降、特に若い男性におけるオンラインギャンブルによるギャンブル障害が急速に増加しています。
イギリスは、「世界をリードした対策をする」と言っていますが、まだまだ有効な対策は打ち出せていません。
田中:私から見るとイギリスは世界に先駆けて、スポーツベット(賭博)を解禁していたイメージがありますが、やはりオンライン化による影響は大きいのでしょうか?
橋本:オンラインの中でも、パソコンよりもスマートフォンを利用する人が増える傾向にあります。英国ギャンブリングコミッションによると、オンラインギャンブラーの30%近くがモバイルデバイス(携帯電話等)を使ってベットしており、2016年から2017年にかけては携帯の利用が10%増加しています。
これらにより、ギャンブル行為は、職場、自宅、バーやレストランなど場所を問わず24時間できるようになりました。
田中:英国ではそれまではギャンブル依存症問題の主流は何だったのですか?
橋本:固定オッズ発売端末(Fixed Odds Betting Terminals: FOBT)とと呼ばれる、日本のスロットのような電子ゲーム機器によるギャンブルです。自分のアクションと結果が早いタイプのギャンブルが重症化しやすいことが分かっています。
田中:なるほど。それは日本と同じですね。かつてはギャンブル依存症と言えば、パチンコ・パチスロ依存症だった。そして宝くじのように、結果がでるまでに長いスパンがあるものは依存症になりにくい。ですからtotoのようなものと、スポーツベットは全く違うということですよね。
橋本:そうです
田中:スポーツベットにハマりやすいのはどんな人達ですか?
橋本:オンラインスポーツ賭博の拡大は、特に若い男性に対して強い影響を与えると考えられています。若い男性は、仲間からの影響を受けやすく、競争心、リスク行動傾向と関連してギャンブルの害に対して脆弱です。ゲーム、スポーツ、ソーシャルメディアを通じて繰り返しギャンブルに関する情報に触れることで、ギャンブルを始めるように圧力を受け、実際にアクセスのしやすさから多くの若者がギャンブルに関わるようになります。
楽しい余暇活動として始まりますが、習慣となり徐々に強迫的な問題のあるギャンブル行動になり得ます。
田中:やはり若い男性ですよね。それは当会に来る相談でも同じです。
「次に誰が得点?」「PKは成功する?」プレイ中の賭けが人気
田中:スポーツ賭博の中でも、特に人気のスポーツってあるんですか。
橋本:やっぱり、サッカーのプレミアリーグが人気です。水原さんも海外のサッカーに賭けていたと報道がありましたよね。
最近では、インプレイベッティングの人気が高まっています。インプレイベッティングというのは、その名の通り「プレイ中の賭け」ですから、試合が始まってから終了するまでの間に、試合中の何かにお金を賭けるタイプの賭博です。英国ではオンラインギャンブラーの4分の1以上がこのタイプの賭博をしていて、25~34歳の割合が最も高いことがわかっています。
例えば、サッカーの試合なら「次に誰が得点するのか」「レッドカードやイエローカードの判定」「次に得点するチーム」「このPKは成功するか」などに関して賭けることができます。
このようにインプレイベッティングというのは、試合中に複数回賭けることができるため、ギャンブルを連続的なものにするんですね。
現在、様々な研究でインプレイベッティングが、伝統的なギャンブルよりも有害である可能性があると結論づけられています。
田中:やはり結果が早くて、連続性があって、数多く賭けられる、しかもそれがスマホでいつでも手軽に、365日24時間できてしまうんですから、簡単に依存症になってしまいますよね。
ギャンブルが日常化する危険性
田中:先生、スポーツベットの問題は他にもありますか?
橋本:スポーツが純粋にスポーツとして見れなくなり、賭けの対象として見られるようになる、そういう文化が形成されてしまうことです。
つまり、ギャンブルをすることが他の余暇活動と同じ日常的な楽しみとしてノーマライズ(一般化)されていくことになってしまいます。アメリカでは、既に、スポーツを純粋に楽しむことが阻害されつつあるんです。宣伝攻勢が激しくなり、スポーツをみることイコール賭け事を連想させるようになっています。元々のスポーツの楽しい要素も加わり、その依存性は計り知れないほど大きなものとなります。
田中:ギャンブル依存症者は、賭けだしたらコントロールが効かなくなるのではなく、賭けることを想像しただけ、賭ける準備を始めただけで、もうコントロールが効かなくなりますからね。そうなると、ギャンブル依存症者は、スポーツ中継が見れなくなっちゃう。私なんかスポーツ観戦が大好きですから、絶対そんな風になって欲しくないです。
橋本:ギャンブルに関するノーマライゼーションは、スティグマとも関連するんです。理由は、ギャンブルが完全に普通で安全無害な楽しみであるかのような宣伝に触れ続けていると、ギャンブルによる被害を受けたときに、個人の責任にさせられてしまいます。
そうなると、個人は恥を強く感じ、人に打ち明けることはせずに、治療やサポートを受けられなくなってしまう。
「責任あるギャンブル」は言い訳 英国でも盛んなギャンブル広告
田中:英国でもスポーツベットを一般化するような宣伝がされているのですか?
橋本:はい。英国でもギャンブル産業は、サッカープレミアリーグの試合の間にギャンブル広告を繰り返し流しています。ギャンブル産業が展開するResponsible gambling (責任あるギャンブル)に関する語りには注意が必要です。
※規制当局やギャンブル運営者、ギャンブル周辺の業界が、ギャンブルに関する害悪を予防しながら、安全にギャンブルを楽しむことができるようにする取り組み。
産業は、本質的に利益を追求するものです。ギャンブル依存症への対策をしているパフォーマンスをしながら、収益を維持したい。そうなると収益を減らす本丸のギャンブル対策から政策立案者の目をそらせ、隠れ蓑として“有効性の少ない対策”でお茶を濁そうとします。
田中:なるほど!めっちゃわかります。
減収といった痛みを伴うような改革は絶対しないけれど、依存症対策に関心を払い対策をしているように見せなくちゃならない。
日本なんかそこまでもいってなくて、主催者側はやりたい放題ですが、カジノ法案の頃、推進派が言っていた、「海外で実施されているリスポンシブル・ギャンブリング(※)を実施する」なんていうのも、海外ではすでに所詮は言い訳に過ぎないと言われているんですね。
めちゃくちゃ勉強になります。
橋本:そうです、そういう隠れ蓑が本当に必要な制限や改革を妨げるんです。
大多数の人がギャンブルを問題なく楽しむことができ、ごく一部の人が、依存症になるというメッセージを発信し、問題はギャンブルサービス自体にはなく、個人にあるという枠組みを戦略的に使用していきます。
有病率を低く示すメディア、効果のないスローガン
例えば、メディアもそうですが、有病率を1%というような表現をしていますけど、これにも問題があります。そもそも大多数の人がギャンブルをしていないという事実を隠していますから。
そしてギャンブルをしている人を母数にした場合にも、問題の少ない宝くじなどもギャンブルにいれています。オンラインギャンブルだけを母数にした調査などをしたら害の割合が大きく増加する可能性がありますからね。
そしてギャンブルの害を被る人は、その人だけではなく、その周辺にいる家族や友人、会社関係者など10人程度に大きな影響を与えるということがわかっています。
田中:なるほど!目からウロコです。数字の出し方にまでマジックがあるわけですね。
橋本:産業がたいして損益につながらないような、産業に優しい解決法(Industry-friendly solutions)のみをアピールする。その代表例に英国でも「楽しさが止まったら、やめましょう(When the fun stops, stop)」キャンペーンや「考える時間を持ちましょう(Take time to think)」というスローガンがあるんですが、実は研究によりこれらに有効性がないことが証明されているんです。
田中:それはまさに日本の「ダメ。ゼッタイ。」キャンペーンですね。
「責任あるギャンブル」は業界の利益を優先
橋本:実は「責任あるギャンブル」とは、圧倒的に業界の利益を優先する言説なんですよ。
彼らが介入するという証拠も、それが有益な効果をもたらすという証拠もない。
でも、有害なパターンに関与している人々が、ギャンブル行動を長引かせている要因となっているという証拠は出ているんです。
田中:めっちゃくちゃ判りやすいし納得します。日本だってギャンブルこそマイナンバーと紐付ければいいじゃないですか。年齢制限もきっちりできるし、当たったらしっかりと税金も回収できる。
でも、そんなことをしたらギャンブル人口が減るから、絶対にやろうとしないですよね。「入場チェックに顔認証システムの導入を検討してます。」なんて言ってるんですよ。そんなの非効率で非現実的じゃないですか。でもやってる感は出す。痛みの伴わない対策で誤魔化そうとしてますよね。
でも、そういうのを官僚がまた上手く報告書にまとめるんですよね。
国民も騙されないで欲しいし、私たちも発信これからますます頑張ります。
本日は本当にありがとうございました。大変勉強になりました。
橋本:ありがとうございました
コメント
こういう斬り込んだ記事をかけるメディアって中々無いよなと思いました
社会に物申すメディアでかっこいいし、本来のメディアの姿じゃないかな。
広告やPRもない。
誇り高きメディアであってほしい
ギャンブル依存症対策が進まないのはやはり利益優先なんだなと。
依存症発症率の数字まで画策してるなんて、どこまでも恐ろしい。
必要な対策を考えて欲しいけど、現実的に無理なんだなと思いました。残念すぎる。
ブックメーカー、スポーツベットの事は知っているつもりでしたが多種多様になっていることに驚きです。共栄共存が出来る世の中が早く実現する事を切に望みます
『責任あるギャンブル』って誰だって最初はそうですよ、依存症になりたくてギャンブルする人なんていないでしょう。ギャンブル産業は依存症者が増える程、増益になります。その裏でどれだけの人が貧困や犯罪、自死という最悪の事態になるのか現実を知って欲しいです。先生と田中さんのやり取りが今の日本の現状です。
めちゃくちゃわかりやすい、且つ様々な研究データや数字をもとに解説してあったので勉強になりました。「インプレイベッティング」というワードも初めて知って…もう「賭ける」ということに際限がなさすぎるし、本当にスポーツベッティングやオンラインギャンブルが恐ろしくて堪らないです。私は正直、スポーツ観戦は興味ないんですが、それでもスポーツの楽しさや健全さ、素晴らしさが失われて欲しくない。スポーツは賭けなんかしなくても、楽しいし、感動するし、素晴らしいです。各スポーツ団体にも、啓発活動をしていくといいのかな?
せめてこのような記事をスポーツ業界の方にも読んで欲しいです。
息子はまさにスポーツベットにはまり借金を繰り返しました。
まさか大好きなスポーツ観戦が自分を苦しめることになるとは…思ってもみなかったことと思います。
「責任あるギャンブル」が圧倒的に業界の利益を優先する言説という現実…をつきつけられました。
国がまもるべきものは若者の未来のはずです。啓発や予防教育が急務だなと強く強く感じました。
数字の出し方のマジックに注視しなければいけない、と常々思っています。
メディアに限らず、自分たちに都合のよいように有病率や犯罪率などを低くしたり、高くしたり、見え方を操作していることに、私たちは気づかず、信じてしまう。
橋本先生のお話しで、そのことが改めてよくわかりました。
未来ある若者たちのためにも、早急な対策が必要です。
めちゃくちゃ学びの多い内容でした。海外におられた先生のお話はなかなか聞けませんので多くの人に届いてほしいです。ありがとうございました。
ギャンブル依存症対策にマイナンバーカードの紐付け部分が 田中代表の斬新なアイデアだと思いました。
まるでスポーツを応援しているように見せかけて、実はギャンブルで熱くなっている。周りに影響されやすい未成年を いかにギャンブル依存症から守るか…大人が未成年をギャンブル依存症に追い込んだり 金ヅルにしてはならないと思いました。
産業側にやさしいやったふりの政策とは…ショックです。
結局、依存症の問題を抱える方は蔑ろにされると知り、いたたまれない気持ちと憤りが入り混じります。
すごく勉強になりました。
国や業界に騙されるところでした。なんか、言葉や作戦をこね繰りまわして、頭にもやをかけてる感じですね。
こらからも、分かりやすい解説を
発信してください。
すごく勉強になりました。
国や業界に騙されるところでした。なんか、言葉や作戦をこね繰りまわして、頭にもやをかけてる感じですね。
こらからも、分かりやすい解説を
発信してください。
勉強になりました。
世界的にも対策が進んでいると思われていたイギリスでさえもまだまだギャンブル依存症の対策が進んでいない事に驚きました。
すごく勉強になりました!
大変勉強になりました。
日本だけではなく世界で問題になっているオンラインギャンブルやスポーツベット。記事を読んで恐ろしさが改めて分かり、悲しいし絶望感も出るしギャンブル産業に怒りが沸きます。
でも私たちは社会に訴える活動をコツコツやっていくしかないんだよなと決意も新たにする事が出来ました。
産業に優しい解決法…
とてもしっくりきました。でも、国が本当に守るべき物はなんなのでしょうか?
テレビのCMも、宝くじに始まり、競馬やボートレースなど、ギャンブルに関するものを頻繁に目にします。人気の俳優さんが出る事で、若い人たちは身近にギャンブルを感じるかもしれません。その結果、産業は潤い、経済的にはよくなるのかもしれません。でも、見えない部分で、病気に苦しむ人も増えるのかもしれない。病気になるリスクについて、正しい情報を提示することも国の成すべき事なのではないかと思います。この記事を読んで、警鐘を鳴らす人たちの声が、国を動かす人たちの耳にも届くといいと思いました。
りこさんの マイナンバーでギャンブルの紐付け案はすごい!いいと思いました
マイナンバー、たまには 誰かの役にたったらどうだろう
『責任あるギャンブル』と言う言葉自体も社会的なスティグマを生みやすくさせると思います
じゃあ、ギャンブル依存症になってしまった人たちは『責任のないギャンブル』?むしろ、コントロールが効かないからギャンブルなのに、ギャンブル運営側がその言葉を使うこと自体、病への理解もないなと感じます。
大阪のIR推進局の打ち立てる施策も、橋本先生がおっしゃるような隠れ蓑ばかりで、日本のギャンブル依存症の及ぼす影響の大きさに不安しかないです
オンラインギャンブル毎の発症率を出したり追跡研究などがほしいところですが、今のままでは国が予算出さなそうですよね。
記事にもありましたが、個人の資質に依拠するような虚構の論説を、正しい依存症知識の普及によって打ち砕いていきたいです。
英国での実情も知れて大変勉強になりました。
有病率の母数など、本当にカラクリですね。
国の対策は急務だと感じました。
有益な記事です。
24時間365日、スマホでギヤンブルが出来る状況を見過ごせませんが、現状は何の手立ても出来ないことに怒りを感じます。
ギャンブル依存性を考える会の代表田中紀子さんにこの状況を広く知らしめていだきたいです。
数字のマジック、産業側の言い訳で個人の責任に転嫁されていること、すごく分かりやすかったです!
情報社会だからこそ、小さい時からの予防教育の大切さ、啓発の大切さをしみじみと感じました。