ステージに立つ前に睡眠薬でハイテンションに ガガガSPのコザック前田さんが睡眠薬と酒に溺れた理由
神戸を拠点に活動するバンド、ガガガSPのヴォーカル、コザック前田さんは睡眠薬とアルコールに依存した経験があります。ステージに上がる前も睡眠薬を飲んでいたのはなぜか。コザックさんに聞きました。
公開日:2024/04/19 08:00
神戸を拠点に活動するロックバンド「ガガガSP」のヴォーカル、コザック前田さん(44)は、アルコールと睡眠薬に依存した経験がある。
多い時は睡眠薬を1日50〜60錠も飲んでからステージに上がっていた。そんなコザックさんが、どうやってシラフに戻れたのだろうか?
Addiction Reportはコザック前田さんに取材した。(編集長・岩永直子)
酒はほとんど飲まなかった若い頃
酒を飲み始めたのは21〜22歳頃。18歳でバンドを始めてからライブの打ち上げやバイト先での飲み会に誘われることはあったが、行かないことの方が多かった。
「行ったとしてもほとんど飲まないし、酔っ払った人を介抱する役でした。父は晩酌で瓶ビールを飲む程度でしたし、母はまったく飲まなかった。たばこも吸わない家庭で育ったので、飲みたいという気持ちにはなりませんでした」
パンクやロックをやり始めたものの、実は学生時代、好きな音楽は小沢健二などの渋谷系だった。
「高校生の時にマッシュルームカットにしてみたのですが、あまりにも似合わない(笑)。そこで頭を丸めてみたら、パンクっぽい方が似合うかなと思ったんです。そんな流れでパンクやロックをやり始めたので、酒やドラッグに憧れることはありませんでした」
友達のライブを見にいって、チケットについていたドリンクで1杯だけ飲んだのが、酒に惹かれた最初の経験だ。
「飲むとその人のライブがすごくよく見えたんです。酒でふわっとしたのでしょうね。それからは人のライブを見に行く時だけ、ついているチケットで1杯だけ飲むことにしました」
増えていく酒量 売れて人付き合いが増え
しかし、だんだん酒量は増えていった。
極端に増えたのは2002年、23歳の時、メジャーデビューを果たし、デビュー作の「卒業」や、「国道二号線」「晩秋」が立て続けにヒットした頃だ。
「周りの環境が一変し、メジャーでデビューした会社の人から『飲みにいこう』と誘われることも増えました。かなり年上の大人との付き合いが多くなり、元々人見知りなので、気持ちをほぐすために飲む量が増えていきました」
酒を飲むと気が大きくなり、人と打ち解けやすくなった。
「酒を通じて人と交流する方法を覚えたのでしょうね。新しく別のバンドの人と知り合いになる時も、『飲みにいこう』と自分から誘うようになっていきました」
朝まで飲むことも増え、二日酔いになることも増えた。若いので夕方になれば元気になり、夜はまた友達と飲みにいく。それを繰り返した。
ヒットや結婚でずっと興奮状態 飲み始めた睡眠薬
睡眠薬を飲み始めたのは、メジャーからインディーズに戻ってからだ。2007年、日産自動車のCM曲として「にんげんっていいな」をカバーしたら大ヒットした。
「再び急に忙しくなり、バンドも勢いを盛り返した時期でした。ちょうど子供ができて1回目の結婚をして私生活も忙しくなり、ずっとアドレナリンが出ているような状態が続いたんです」
長いツアーにも出て体は疲れているはずなのに、1時間ぐらいしか眠れない。眠りも浅い。以前、パニック障害で半年間、音楽活動を休止した時にかかった精神科クリニックに行き、睡眠薬を処方してもらった。
「元々子供の頃からショートスリーパーではあったんです。でもほとんど眠れなくなると、声も出なくなってきて困りました。それで処方してもらったのです」
仕事のストレスで増える睡眠薬
その薬を飲むと、コロッと眠れるようになった。1年半は用量を守っていた。
ところが、徐々に決められた量では効かなくなってくる。
コザックさんが飲んでいた睡眠薬は、「ベンゾ系」と呼ばれる「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」で、依存性が高いことが知られている。
「1錠では眠れなくなり、2錠になり、3錠になっていきました」
カバー曲ばかりがもてはやされて、自分たちのオリジナル曲はなかなか世の中に認めてもらえない。自信がぐらついていた時だった。
「酒も大量に飲んでは『今の世の中がダメなんだ』『あのバンドは良くない』とくだを巻く。夜は酒と睡眠薬を混ぜて飲むようになりました」
そうしているうちに、睡眠薬の不思議な副作用を発見する。
「朝起きるとまず睡眠薬を飲む。そこで眠気を我慢していると、すごくテンションが上がってくる。すごくハイになるんですね。ヤバいとは思わず、これはイイぞと思いました」
その盛り上がったテンションで友達に連絡を取り、夜飲みにいく。二日酔いの頭で起き、また睡眠薬を飲む。常に朦朧として、だんだん曲も作れなくなっていった。
睡眠薬を大量に手に入れるために医療機関をハシゴ
「そのあたりからだんだん現実を見たくなくて、薬がさらに増えていきました。一番多い時は、1日に100錠ぐらい飲んでいたと思います」
当然、処方された量では足りなくなり、睡眠薬を処方してくれるクリニックをハシゴするようになる。
「1日4〜5軒はしごして、毎月20軒ぐらいのクリニックで処方してもらっていました。お薬手帳も20軒分あって、30日ごとに処方してもらう日もクリニックごとに全て覚えていました」
「僕の飲んでいる薬は内科でも処方してもらえるんです。詳しく問診もされずに『以前飲んだことのあるこの薬がよく効いたので処方していただきたい』と言ったら簡単に出してくれる。手に入りやすかったのも依存につながった原因かもしれません」
1〜2回「この薬は強いので」と言って、別の薬を処方した医者もいた。でも、ハイになれないその薬は飲まずに捨て、二度とその医療機関にはかからなかった。
ライブ前に睡眠薬でハイに
そのうち、ステージに上がる前にも睡眠薬を飲むようになった。ライブ会場に行く車の中で大量に睡眠薬を飲み、ハイになった。
かろうじて歌えていたが、真顔で何度も同じ曲を歌おうとしたり、曲の合間のMCがヘロヘロになったりしていた。
「当時の記憶はあまりなく、後から周りに聞くとそんな状態だったようです。様子がおかしいのは、バンドのメンバーにもファンにも仕事相手にも気づかれていたと思います。
自分は酒を飲んで暴れるキャラだったので、『あいつまた酒飲んでライブやっているんだろう』ぐらいな感じで見られていたんじゃないかと思います」
「死にたい」と漏らすように
その頃になると、自分では覚えていないが、身近な人に「死にたい」と漏らすようになる。
依存症が進んで鬱っぽくなっていったコザックさんの姿を間近で見ていたのが、当時の恋人で、のちに再婚した今の妻、真奈美さん(44)だ。
付き合い始めた頃はすでに依存状態だった。途中で一度別れたこともあるが、コザックさんを放ってはおけないという一心でそばに居続けてくれた。2016年、結婚もした。結婚後も依存状態は続いた。
薬が足りなくなって底つき「入院して薬をやめよう」
そんな日々が続いた2017年のゴールデンウイーク。医療機関が休みで薬の残りが少なくなった。薬を飲まないと引き付けを起こすようになっていたので、薬を切らすわけにはいかない。残り5錠ぐらいの睡眠薬を削って粉にして、ちびちび飲んだ。
飲む量が少なくてシラフに近い状態になり、ハッと自分が薬を削っている姿を客観視した。まずい状態になっていると実感した。
「限界が来たなという気分になったのだと思います。その頃は1日50〜60錠飲んでいたので、5錠でゴールデンウイークを乗り切れたのが嬉しかった。もうやめようと思いました」
だが、9月にガガガSP主催の大きなフェスを控えている。そのフェスまでは薬をやめられない、薬がないと乗り切れないとも思った。
「だから、フェスが終わったら、僕はもうバンドをやめて、治療に専念しようと思いました。これが最後のライブになるかもしれない。フェス以降はマネージャーにライブを入れないでもらいました。入院して酒や薬を断つことを決断したんです」
(2回目に続く)
【コザック前田】ガガガSP唄い手
1979年生まれ。1997年、地元神戸にてガガガSPを結成。2002年1月「卒業」でメジャーデビュー。2007年、自主レーベル「俺様レコード」を設立。2008年にはガガガDX名義でのカバー「にんげんっていいな」(日産セレナTVCM)が着うた100万ダウンロードを記録し話題に。地元神戸では主催フェス「長田大行進曲」の開催や、日本最大級の音楽チャリティーフェス「COMING KOBE」で15年以上イベントの大トリを務める。
デビュー以来、地元神戸に拠点を置き、全国各地のライブハウス、大型フェスなどで圧倒的熱量のライブを繰り広げている。
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【コザック前田さんインタビュー特集】
コメント
日々様々なプレッシャーと闘っていたのですね。本音を引き出してくれるこのアディクションリポートの存在に感謝!皆がとかく仕舞い込んで生きづらさを抱えてしまうようなことも、このアディクションリポートが発信してくれるおかげで、自分の中にもある様々な思いに気づかせてもらえる。これからも依存症に関するこんな発信を期待しています。そして誰もが正しい認識のもと正しい対応をしていけるそんな世の中になれば、皆が生きづらさを抱えないで生きやすい世の中になっていける!アディクションリポートの様々な発信に感謝!
厚労省のイベントでのコザック前田さんのお話に惹きつけれました。
イベントでもお話されていましたがゴールデンウィークに残り5錠ぐらいになった睡眠薬のこと。
こうして記事で読むと、削って粉にしている姿が目に浮かんでくる。
その偶然か必然かのタイミングを逃さずに、やめようと思ったのがすごいなあ。
「5錠でゴールデンウイークを乗り切れたのが嬉しかった」という言葉。
そうか、うれしかったのか、とほろりとしました。
前田さんのご経験はお伺いしたことがあったのですが、まさかこれほど深刻だったとは…
衝撃です。
アルコールなどの薬物が身近にない環境で育っても、人生の岐路で摂取したことがきっかけで依存症になってしまうことがあるのですね。