人生を諦めていないのがアディクト 「依存は『切ない努力』なのだと理解してほしい」
新刊『安全に狂う方法——アディクションから掴みとったこと』(医学書院)で、アディクションについて考察した赤坂真理さん。
自身も子供の頃から欠落感を抱いて生きてきました。
公開日:2024/06/28 03:00
新刊『安全に狂う方法——アディクションから摑みとったこと』(医学書院)で、アディクションについて考察した赤坂真理さん。
自身も子供の頃から欠落感を抱いて生きてきたという。
母との関係がもたらした欠落感
——幼い頃、お兄さん二人の方にお母さんが集中して、娘である赤坂さんに気を配ってくれなかった寂しさを書かれています。それは自身が大人になってもずっと抱えてきた欠落感の原因になったのでしょうか?
そうだと思います。上二人は年子で年がら年中けんかしているわけです。そこにかまけているから、私が泣いてもママは来ないんだ。そんな風に諦め切っている幼児でした。
——何歳ぐらいの記憶ですか?
3歳ぐらいかな。言ったら愛着障害ですよね。それが繰り返されるうちに、自分の中でこう信じ始める。言葉になる前から。「私がダメだから、ママは来てくれないんだ」。後になって知ったのは、言葉を持つ前の傷は原因不明にその人を支配しやすい。そしてこれは誰にでもあり得るということです。
——実際にお母さんが「あんたはダメだ」と言ったわけではないのですね。
厳しい人でしたが、母に「あんたはダメだ」と言われたわけではありません。でも振り返ると、ことごとく自分に合わない扱われ方をしていたなと思います。
例えば、私はすごく家にいたい子供だったんですよ。それをいきなり一人で外国に留学させたりしました。
——中学3年生の時にアメリカに突然留学させたのですよね。なぜ本人も望んでいないのにそんなことをしたのでしょうね?
私が日本の学校でうまくやっていけなかったからなのですが、留学という判断には、母の10段飛びぐらいの飛躍がありました。
私は学校に馴染めない子供だったのです。でもいきなり一人で留学させるという飛躍には、母親自身の欠落感も関係しています。母は通訳の仕事をしていたのですが、自分が若い頃、奨学金で留学したかったのに、それを親に反対された経験があるんです。
——自分が夢を抑えつけられた不満を、娘である赤坂さんを使って晴らそうとしてしまった。
そうですね。私は行きたくなかったのに。でも優柔不断な性格なので、行ったら楽しいこともあるかなとは思っていました。一人でホームステイや寮で過ごしていました。
——それ以降の記憶が10年ほどないぐらい、トラウマになったと書かれています。
そうそう。普通に学校には行っていたし、進学もするのだけど、なんというか、どこかが死んでいた。
それに、帰国してから、日本での学業は遅れてしまって、結局高校は4年まで通ったんです。やはり高校に4年通うのは嫌なものなんですよ。帰ってきたら行きたくない学校に入れられましたし。
——お母さんに「私は嫌だ」とは伝えていたのですか?
伝えても変わらない。母親に対するそんな諦めがあったのだと思います。なんでそんなに主張しなかったのか、自分でもわからないです。母との関係は最初から決まっていたような。ひとつには、日本の教育システムが、一度外れると戻るのがとても難しいことがあると思います。その強迫性は、母親もわたしも共有していたと思います。
自分に欠けているものを持っている人に嫉妬
——そうした経験が「トラウマ」になったと書かれているわけですが、それが自分の考え方の癖にどういう影響を与えたのでしょう?
とにかくその場をやり過ごす。ある程度、自分の本心を殺す。選択の局面では、世間体のいい方に行く。
——そうしないと自分が苦しかったのでしょうか?
外面を保っていないと自分がなくなってしまう。もう取り残されたくない。自分の本心に反して、外面を保つのも苦しいのだけれども。どちらにしても苦しいけど、外面はある意味認められる。
——ある意味、仮面をずっとかぶっていたわけですね。
はい、仮面ですね。ゆるいDID(解離性同一性障害、いわゆる多重人格)があると言われたことがあるんだけど、キャラの中で、自分を保つ役が「外づら君」。これが、ナイトみたいなキャラでわたしを守っていたんですね。
——そういう不全感を抱えていたことが、アディクションに関心を持つきっかけになったのでしょうか?
いやその不全感こそがアディクションの元でしょう。それを埋めようとして、「何か」を人はやるんだけど、それを「緩和」する方法から抜けられなくなるのが、いわゆる「依存症」。助けが必要なほどの依存症。一方で、「緩和」の一方法にそんなにハマらずに、不全感を抱え続ける人がいる。たぶん、その方が多い。ある意味、この方が危険だと思ってる。高じるといきなり自殺したり暴れたりするから。
わたしはそのタイプで、これが危険なのは、緩和方法を持たないから、感情がいきなり暴発したりすることがある。わたしは、自分と似た心の動きを、犯罪者の手記に見つけることになります。中でも「黒子のバスケ」脅迫事件の渡邊博史受刑者は、途中まで自分かと思ったくらい。丹念に正直に自分の気持ちの動きを追えていて、よくわかりました。この固着が自分にもあった!と感じました。いきなり感情が暴発する人は多いんじゃないかと思う。犯罪にはならなくても。
※漫画『黒子のバスケ』の作者や関係箇所に不審物を置いたり、脅迫状を送ったりするなどした一連の脅迫事件。
渡邉の場合、自身の欠落感を反転して理想の人生を体現した作者がいたため、絶望からキレちゃったんですよ。そんな気持ちは、私にもあります。
自分ががんばっても持てないものを持っていたりする人を知ると、人は絶望することがある。自分にもある。自分の存在が否定される、もしくは無駄に思える。よく考えると不思議で、その人がいても自分の存在が否定されるわけではないのに、自分の存在を否定されたように感じてしまう。他ならぬ自分に自分が、否定される。存在が否定された感じほどつらいことはない。そういう時に心が暴走するかしないかは、その人が持っている設定によると思う。渡邊博史は、その「設定」のことについて詳しく書いていました。
これは犯罪がらみで出てくるから異常心理に見えるけれど、心理としては多くの人にあると思う。文学にもよく出てきます。
——ご自身の場合はどのような行動に現れるのですか?
とりあえず目の前が真っ暗になる。立ってていきなり崩折れそうになる。体の底が抜けたようになる。など、だったかな。心が切れる。人間関係を絶ってしまう。暗いな(笑)
——そうした自分の囚われる心に大人になっても振り回されたのですね。
心には、振り回される。いつだって。心ほどままならないものはない。
書くことは生きづらさを和らげる手段になるか?
——それを和らげるための手段は何だったのですか?
最終的にはOSHOという人の「アクティブ瞑想」しかありませんでした。
——作家として書くことは、その生きづらさを和らげるための手段にはならなかったのですか?
そこは難しいところです。仕事ですることは、多かれ少なかれ苦しかった。私の弱点の一つは、アマチュア時代を持っていないことなんです。いつも評価と経済と結びついていた。純粋に文学が好きだった時代がない。
書いて表現できたとしても、別の問題が出てきてしまうから、書いて自分の問題を昇華できたという経験があまりないのです。
一つだけ、『東京プリズン』では昇華できたかもしれない。親のこと、家を失った喪失経験を書いたんです。
——今回の本でも、お父さんが事業に失敗して、抵当に入れていた自宅を失った経験も大きなトラウマになったと書かれていましたね。
そうです。父親は同じタイミングで病死するので、残された全員何を悲しんでいいのか、怒っていいのかわからない。それを小説に書いてから、家を失う夢は見なくなりました。それまで、その家にいて、「この家はなくなってしまうんだ」と思っている夢をずっと見続けていたんです。苦しかったです。
父は家族に相談もなく、自宅を借金の抵当に入れていたんですよね。そして家を失うと同時に病死してしまったので、怒りのやり場がなかった。会社がやばいのだと気づいてはいたのですが、家を失うことについて誰も説明しなかったのです。家族関係やコミュニケーションが断線している感じがありました。
でも、それだけは作品として昇華することができた。昇華というか、お焚き上げできたみたいな。
——お母さんとの関係性は亡くなるまでに解決できたのですか?
母との関係は良くなったり、悪くなったりして、最終的に和解できたのかよくわかりません。
人生のままならなさにコントロールを挑むのがアディクト
——家庭が安心できる場所ではなかったという欠落感はずっと引きずっているのでしょうか?
引きずっていますね。それは、これからもなくなるものではないと思います。
欠落感を抱えている点では同じなのですが、犯罪まで犯した渡邉に対して思うのは、その欠落感に対して丸腰過ぎる。対処するための手段を持っていないのですが、それは必ずしも彼のせいではないつらさがあります。
彼がそう感じる心は、彼の中から生まれたものではない。他の人によって作られたものです。
そして、誰でもそのようなつらさはあると思います。自分の心というものは、実は自分によってできていない。自分の心は実は他者で作られていて、心は自分のものではない。
そんな人生のままならなさをすごく表現しているのが、アディクトなのだと思います。「私の人生ままならない」のは誰でもそうです。心は自分でできていないから。
でもある人たちはそれが強く出る。ままならない、コントロールできないことに対して、コントロールを挑んでいるのが実はアディクトだと思います。
アディクトは努力家で、魅力的
——薬とかアルコールは、すぐに効果を得ることができますね。ままならない人生に苦しんでいる人が、アルコールや薬への依存によってその苦痛を和らげることができたという自己効力感が、依存症に向かわせるのだと聞きます。
その「自己効力感」があると依存症になりやすいし、その手段を自分がコントロールできているという万能感があるわけですよね。
自分の人生がままならないことに対してアディクトはすごく努力しているんですよ。そこはもっと人々にわかってほしい。アディクトは努力家なんです。
——自分の人生を諦めてないんですよね。
そう、諦めていない。それは本当に切ない努力です。ものすごく近くにいたら迷惑だったりするかもしれないけれど、私はそんな努力をするアディクトが好きなんですよね。
——アディクトの人って魅力的なんですよね。それはなぜなんだろうと思っていましたが、ある意味、生きるのに一生懸命だからなのかもしれません。
そうなんです。話が面白い人が多いしね。それに、本にも書きましたが、依存症になる人の一定割合の人は「シャーマン気質(※)」なんですよ。大いなるものとつながりたいと思っているし、つながる。それだけでもう生きづらいと思うのですよね。才能といえば才能なのですが、それをうまく使えないと呪いのようになってしまう。魅力なんですが、本人は生きづらい。
※霊や神などの超自然的なものと交信でき、自分の体に乗り移らせることで呪術的な行為を行う霊能者。
その魅力に引き寄せられる。水俣の石牟礼道子さんについて書きましたが、あの人もそうです。ユーモアもあるんですよね。依存症の人たちがステージで表現する「こわれものの祭典」もそうですよね。ネガティブとされていたものを、良きものに変える発想の転換があります。そんなアディクトが好きだし、それをみんなに理解してもらいたいと思っています。
(続く)
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コメント
自分の人生がままならないことに対してアディクトはすごく努力しているんですよ。そこはもっと人々にわかってほしい。アディクトは努力家なんです。という言葉を読んで涙腺が刺激されました。そういうふうに綴れる思索の深さに感銘しました。
記事を読んで、驚きました。
まさしく記事で赤坂さんが仰る通り、ナイトという表現が近い存在が、私にもいました。
鎧と呼ぶには意思を持ちすぎているけれど、多重人格と呼べるほど自己から隔絶されていない。
虐待以降、この存在に幼少の自分に代わって人生を生き抜いてもらっていたのだと思います。
赤坂さんがご自身の経験をきっかけに犯罪心理に触れ、アディクションに対して深い洞察を持ち、ご自分の内側をここまで言語化されるに至ったという事実に鳥肌が立ちました。
なによりも自分と同じ体験をしている人がいた、と知ることができた感謝を、赤坂さんに。
今回もすごい。
私も「外づら君」に守られていたな、長いこと。
自分の過去をなぞっていくようで、読むことでお焚き上げしてもらった気分。
留学のくだりでは、ドキッとした。
私も息子たちに、海外へ行け~、とか留学したらどう?ってずっと勧めていた。
ちゃんと断ってくれたよかった。そして彼らは自分のタイミングで海外に行くようになった。そういうものだ。
私の仲間に助けられたのは言うまでもないが、息子のアディクションや彼の仲間のアディクトたちにずいぶん私は助けられた、救われたと思う。