「映画の力で、偏見を対話に変える」 アディクション国際映画祭が都内で開催
第一回アディクション国際映画祭が開催され、アルコール依存症の自助グループAA(アルコホーリクス・アノニマス)創設者のビル・ウィルソンの生涯を追ったドキュメンタリー映画が国内で初めて上映されました。プロデューサーのジェイ・スティネットさんも招かれ、映画で依存症や回復を伝える意義について語り合いました。

公開日:2026/11/05 02:01
依存症をテーマにした映画を上映し、依存症への理解を深める国内初の「アディクション国際映画祭」が10月11日、12日の二日間、東京都内で開かれた。
キャッチコピーは「映画の力で、偏見を対話に変える」。
アルコール依存症の自助グループ「AA(アルコホーリクス・アノニマス)」共同創設者ビル・ウィルソンのドキュメンタリー映画「Bill W.」「Bill W. Conscious Contact」が国内で初めて上映され、プロデューサーのジェイ・スティネットさんが登壇した。
日本からはナカムラサヤカ監督の映画「アディクトを待ちながら」が「嘘つきは◯◯のはじまり」が、小澤雅人監督の「微熱」「一瞬の楽園」が上演され、監督たちや「アディクトを待ちながら」の主演俳優、高知東生さんらがトークショーに出演した。
実行委員長の「ギャンブル依存症問題を考える会」代表・田中紀子さんは、「映画で依存症の回復や仲間たちとの繋がり、生き方を変えた後の素晴らしい人生について伝えていきたいと考えていた」と、この映画祭にかける思いを語った。
「映画をみて、いろんな世界に思いを馳せ、救われた」
実行委員長の田中さんは開会の挨拶で、ギャンブル依存症が多い家族に生まれ、巻き込まれた子供時代、学校をサボっては映画を見るのが救いだったことを明かした。

「映画を見て、いろんな世界に思いを馳せることで、つまらない現状や日常に対応してきた。そして、自分は大人になったら、自由にいろんなことやってみるんだとか、こんな家から早く出て行ってやるとか、そういうことをずっと考えているような青春時代でした。だから、ある意味、私自身、映画に救われたなという思いがすごくある」
今回、国際映画祭を企画する時に、ジェイ・スティネット氏が製作したドキュメンタリーを発見して問い合わせたが、当初は返信がもらえなかった。困り果てて、AIに「連絡先を教えて」と尋ねてみると面白い答えが返ってきた。
「『紀子さん、朗報です』ってAIが言ったんですね。『この方たちは新しいドキュメンタリーを作って今プロモーションしてます』とAIに言われ、ちょうど2作目の作品をプロモーションしているところに我々は連絡することができた。だから、この国際映画祭は絶対に祝福されています。依存症はとても辛く悲しい問題ではあるんですけれども、そこから回復していくことは本当に素晴らしい。全く違った世界が広がっているということをたくさんの方たちに知っていただけたらと思っています」
「社会復帰の難しさも描いている海外ドラマ」
続いて田中さんとともに登壇したのは、今回、フェスティバル・ナビゲーターを務めた映画ライター・編集者のよしひろまさみちさんと、総合司会のフリーアナウンサー、塚本堅一さん。

田中さんと塚本さんは、「依存症が出てくる映画の話」という対談動画を2022年8月から始めている。
これを始めたきっかけについて、
「海外では依存症が出てくる映画がたくさんある。だけど、世の中の人は依存症のことを知らなかったり、自助グループのことを知らなかったり、12ステッププログラム(依存症の回復プログラム)のことを知らなかったりするのに、この映画の深さがわかるのかなというおせっかいな気持ちからです。これを世の中の人に解説したいな、広めたいなという思いから始めたんですね」と、田中さん。
だが、塚本さんと一緒に10作品ぐらい取り上げたところで限界に達し、映画に詳しいよしひろさんを巻き込んだ。
この日は、3人のおすすめ映画を紹介。よしひろさんは「スポットライト 世紀のスクープ」「蒲田行進曲」「クイーンズ・ギャンビット」を、田中さんは「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」「極悪女王」を、塚本さんは「ジュディ 虹の彼方に」「さらば愛しき大地」「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」を選び、3人で見どころを熱く語り合った。
チェスの世界で勝ち上がりながら、アルコールや薬物依存に苦しむ主人公を描いたドラマシリーズ「クイーンズ・ギャンビット」について、田中さんはこう語った。
「彼女の場合は処方薬、支配薬に依存するのだけれども、依存症になった人たちは、それが実は自分を苦しめているにもかかわらず、これがあるから自分は頑張れているとか、むしろここ1番の時に薬を飲まないと勝負力が発揮できないと思い込んでしまう。依存症を発症した後の考え方がすごくよくわかって、依存症の仕組みのようなものもよくわかるドラマです」
塚本さんはアメリカの女性受刑者たちを描いたドラマシリーズ「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」について、「一番共感しているのは、社会復帰の難しさを描いているところ」と説明。
「長いドラマシリーズで、第7シーズンはほぼ社会復帰の難しさを描いている。薬物事犯として刑務所を出た後に、じゃあどういう現実が待っているのか、仕事はどうしてるのか、親との関係はとか、当事者らしい描かれ方です。(刑務所を)出たら終わりじゃないよねというところまでちゃんと描いてるという意味でパーフェクトな作品」と推した。
苦難に遭いながら諦めなかったビルの姿
次に、「AA(アルコホーリクス・アノニマス)」共同創設者ビル・ウィルソンのドキュメンタリー映画「Bill W.」が日本で初めて上映され、上映後のトークショーに、この映画のプロデューサー、ジェイ・スティネットさんや田中さん、よしひろさん、塚本さんが登壇した。
スティネットさんは「私は歴史家であり、映画のプロデューサーでもあるのですが、ビルと奥様が住んでいた家で、ビルが書いた3000以上の手紙を全部読んだ者として、ビルのことを個人的に知ってるような気分になっている。そして私自身、1979年から禁酒を続けております」と自己紹介した。
映画は当時の記録映像と、証言者のインタビューなどでビル・ウィルソンの歩みをたどる構成となっている。
アルコール依存に苦しんでいたビルは、やはりアルコール依存に苦しんでいたボブ医師と出会う。自身のアルコール依存の経験を語り合うとアルコールが止まる原理を発見し、そこからAAという自助グループが誕生する。そこで正直に自分のことを語り、過去を見つめ直すことで、新しく生き直すすべを獲得していく12ステッププログラムが生まれ、それを広めるための基本テキスト「アルコホーリクス・アノニマス(通称・ビッグブック)」が書かれることになった。そしてAAや12ステッププログラムは世界中に広がり、多くの依存症患者を現在進行形で救っている。
「途中から息ができないぐらい涙があふれて......」と感極まった様子で感想を語り始めた田中さんは、
「今日の映画でこんなにもたくさんの苦難があったのかと知り、本当に胸がいっぱいです。ビッグブックを制作した後も、全然売れなくて、ビルとロイス(妻)が家を失って、2年間人の家に居候しながら過ごしたなんて、本当に感動した。この原理を世界中に広めるために、諦めずに努力してくれたことのおかげで、今の私が死なずにいて、そして多くの日本の人たちも助けられたと思うと本当に胸がいっぱいです。この映画に感謝したい」と涙を流しながら感想を述べた。
よしひろさんも「映画には心を溶かす力があるということを、この田中さんの姿を見ても皆さんお分かりになったと思います。ビッグブックを読まれている方は、心の中で理解をできているもの、ぼんやりと思い返しているものがこの映画によって補完されたと、塚本さんが裏で話してくれた。映像版になったことによって、同じ思いを抱いてらっしゃる方もいると思います。それこそが映画の力だと思うと、この映画を日本で初上映できたのは、意義深いのではないかと感じます」と語った。
映画では、AAを作った後も、うつ病や長年の喫煙による肺気腫で苦しんだり、LSDなどの薬物の効果を研究したり、家族の会を作って二人三脚で長年歩んできた妻をよそに恋人を作ったりなど、ビルの影の面も描かれる。
田中さんは「私たちはどうしてもビルを神格化してしまって、すごい人格者のように扱ってしまうところがあるけれど、今回の映画で、ものすごく人間臭くて、ずっと苦悩が続いていて、1つの痛みを乗り越えると、また次の痛みが現れたりする。そんな中でも演説がユーモアに満ちていたり、逆にあまり成熟していないところが好感が持てるし、ちょっとほっとしました。同じ仲間だな、我々と同じように生活をして生きていた人だと、この映画ですごくよくわかったなと思います」と語った。
スティネットさんは、この映画の製作費を捻出するために自宅を抵当に入れて借金もした。
「お金がなくてどうしようと思う時もあったのですが、そこでふと、それは物質主義的な考え方だと思ったんです。それよりも魂が大事だ、この物語をなんとしても世界に届けなければいけないと思いました」と映画にかけた思いを振り返った。
ギャンブラーのリアリティに驚く
その後、小澤雅人監督が作った、パチンコ依存の父親と妻子を描いた映画「微熱」と、ギャンブル依存症の青年とベトナムの留学生の交流を描いた映画「一瞬の楽園」が上映され、小澤監督と田中さん、田中さんの夫でギャンブル依存症当事者の田中恵次さんのトークショーが行われた。

10年前ぐらいにたまたま広告で「微熱」を見つけ、夫婦で観にいったという田中夫妻。
「終わった瞬間に2人で顔を見合わせたんです。奥さんがお風呂に入っている間にお金を盗むとか、元アスリートで挫折して心の空白ができてしまって、ギャンブルにハマり込んでいったとか。あまりにリアリティがあって、今見ても全く色褪せていない」と田中紀子さんは述べた。
ギャンブル依存症の青年が家出して、大勢のベトナム人が雑魚寝して暮らすアパートに転がり込む「一瞬の楽園」について、田中夫妻は、闇カジノの同僚の韓国人2人とワンルームで共同生活を送っていた自分たちの若い頃と同じような生活ぶりを描いていることを指摘。
「ギャンブラー本人が行方不明になって連絡も取れないと心配しているご家族がたくさんいるんですけれど、なんかああやって生き延びてるんですよ。どこかに転がり込んだりして。いいとか悪いとかではなく、このままじゃダメなところはあるけれど、でも生き延びてるよ、そこが大事ですよということをすごく家族に伝えたいですね」と語った。
父親がギャンブラーだったという小澤監督は「依存症の映画を作りたい動機はありますが、自分に近すぎるテーマなので、これを作ることがいいのか、一般の人が見て面白いのか迷いがある。でもこうやっていい反応をいただけると、今後もこういう映画祭で上映していただけることがあるなら、また作りたいと思います」と意欲を語った。
(続く)
