Addiction Report (アディクションレポート)

自殺未遂から生還後、依存対象は薬物からアルコールへ 現在は支援者として若者の権利を守る〜「『回復』という毒」を出版した風間暁さん(下)

「『回復』という毒」(日本評論社)を執筆した風間暁さんが現在、支援する側になっている。それまでのプロセスはどんなものだったのか。

自殺未遂から生還後、依存対象は薬物からアルコールへ 現在は支援者として若者の権利を守る〜「『回復』という毒」を出版した風間暁さん(下)
支援する側として大事なことを話す風間さん(撮影:渋井哲也)

公開日:2026/09/22 22:30

関連するタグ

「『回復』という毒」(日本評論社)を執筆した認定非営利法人ASKの理事、風間暁さん(34)は、東日本大震災が発生した2011年3月11日も、意識不明状態だった。違法薬物と合法薬物をオーバードーズし、自殺を図ったためだ。病院で目が覚めたとき、「あー、生きちゃった」と落胆したという。ただ生還した風間さんは、そこで完全に薬物から手を切った。

「病院を退院してからは、薬物は一回もやっていません。薬をやっていると、医者も含めて周りの人間がマジで全員うるさいんです。『薬はやめな』って、みんな言う。あとドラッグをやっている人たちの中にも色々あって、『ナチュラルはいいけど、ケミカルはダメ』とか、どこに行っても言われるのがうざいんです」

こうした煩わしさも、確かにやめる理由になった。さらに、自殺未遂の影響で、坐骨神経麻痺の後遺症が残り、左下半身が動かなくなっていた。褥瘡もできていた。

東日本大震災の発生を知らずにICUにいた風間さん(撮影:渋井哲也)

「身体障害者手帳ももらって、『もう二度と歩けない』と言われていました。車椅子と松葉杖で生活し、超イライラしても、薬を使うことができない。痛み止めだけは飲んでいましたが、それ以外の薬は飲んでいませんでした。今もこの後遺症は残っています」

退院してから自助グループへ。しかし、雰囲気が合わず・・・

この頃、当時の主治医に、薬物依存からの回復を目指す自助グループNA(ナルコティックス・アノニマス)に参加するように勧められた。

「とりあえず、行きました。でも、“自殺に失敗してしまった”という感覚で、絶望していたんです。頼んでもないのに、生き返らせられた感覚が強い。もう空っぽだったんです。友達も失ったし、薬もできないし、足は動かないし、私には何もないという感覚です。『じゃあ、私って、なんなの?なんでここまでして生きなきゃいけないの?』と思っていました。誰も私が生きることを望んでないのに、それでも生きろというのかと思っていました。

自助グループは、主治医に『行け』と言われたから、『言うことを聞くよ。行けばいいんでしょ』という感じでした。自助グループにハマって、回復していく人の話をいっぱい聞いてきましたが、私には合わなかったです」

結局、自助グループには行かなくなった。

「人間関係がめんどくさい。だから酒でいいわ、となり、ずっとお酒を飲んでいました。自助グループよりも、ゴールデン街(新宿の飲食店街)で飲んでいるほうが面白い。私はセクシャリティに関しても、女の子らしさというものにずっと違和感がありましたし、依存症もあるし、被虐待経験があるし、たぶん学習障害もあり、算数ができない。いろんなマイノリティ性がある中で、依存症という一つの問題に注目して、そこだけで繋がり合う自助グループはきつかったんです」

風間さんは自殺未遂後はアルコールに依存していた(撮影:渋井哲也)

雰囲気の合う繁華街でアルコールに依存していく

自助グループが合う人、合わない人はいる。筆者が取材する中でも、自助グループに計画的に参加できない人もいる。行かなくなってしまっている人もいる。風間さんの場合、かつて拒絶した「学校」のような雰囲気を自助グループに感じ取ったようだ。

「みんなで一緒に何かをすることに対し、本能的に拒否反応があったんです。一方、歓楽街に飲みに行くと、変人が雑多な感じでいて、変なまま会話をしている。それは決して混ざり合わないし、同一にならない。決して一体にならないからこそ、時には喧嘩もするんですが、それでも次の日には同じところに飲みに来る。そんなつながりのほうが私はしっくりきた。好きだなって思ったんです。だからずっと飲んでいました。そういうコミュニティが欲しかったんです」

たくさんお酒が飲めると、歓楽街では女性は困らない。どこからともなく現れるオジさんが、奢ってくれたりする。手持ちのお金がなくても、なんとか朝まで過ごせてしまう。若い女性はたくさん飲むことができれば、褒められるのだ。

「だからお酒の席で、『私のことをつぶせたら、(性的な意味で)やらせてあげる。だから奢って!』と言って、飲ませてもらったりしていました。ビール、ウィスキー、麦焼酎…...。私、つぶれないんで」

他人に迷惑をかけても、「じゃあもう死ぬから」と割り切っていた

依存症は、生活に支障をきたすものだが、風間さんは人間関係で困ったことはない。

「もちろん、健康は害していますが、“がんになって死んだってどうでもいい”と思っているから、本人は困っていない。ただ、酒を飲んでるとケンカっぱやくなります。だから、私のその飲み方で困っていた人はあちこちにいたと思います。あんまり、酒癖いい方じゃなかったんで…...。酒って理性を麻痺させる薬。私から理性を奪ったらもう殺意の塊なんですよ。

もともと親とか大人とか社会への恨みがものすごくデカいから、通常では考えられないぐらいのデカめの理性で抑え込んで生きているんです。その理性を酒で取っ払ったら、大人を見かけるだけで殴る感じです」

実際に殴ったこともあるのだろうか。

「何度もありますよ。飲みの場で暴力振るったことも当然あります。備品を壊したこともあると思いますが、自分は別に困っていないのです。当時は、仮に周りに迷惑をかけたとしても、『何が悪いの?それで?』、ぐらいに思っていました。何か言われたら、『じゃあもう死ぬから』と返すほど、すごく極端でした。人に迷惑をかける権利がある、ぐらい思っていました。『人に迷惑をかけるから、お酒をやめなくては』と思ったことはないです」

妊娠を機に、アルコールから離れる。「子どもができた以上は…」

毎日のように飲み歩いていた風間さんは、ブラックアウトをして、翌日には記憶がないことが多かった。「今思えば、そうしたエピソードがある人を依存症と呼ぶんだと思います」と振り返る。だがそんな風間さんが、飲み歩いていたのも2013年までのことだ。当時のパートナーとの間に、子どもを授かった。

「子どもができて一瞬でやめましたね。やめられなくて困ったことはないんですよ。依存症でやめられなくて困っている人たちに、なんて声をかければいいかわからないぐらい困ったことないです。それでも私は『依存症』とされるのかが疑問だと、最近すごく思います。タバコもこの日からスパッとやめました。子どもができた以上はやめるしかない。私にとっては、やめ続ける理由になりました」

妊娠したことでアルコールからも抜けたと話す風間さん(撮影:渋井哲也)

こうして、薬物依存もアルコール依存も抜け出すことができた。

そして風間さんは今、「支援する」側に身を置いている。

「『かつての私のような子たちを救いたい』と思って支援者を志したわけではないです。気づいたらやっていました。“かつての自分たちみたいな子たち”と、日々向き合っています。入れ墨はあるし、中卒だし、実は小学校もちゃんと行っていない。障害者手帳を持っていて、子どもたちの父親とは早々と離婚し、ひとり親になっています。そして2人の子どもを育てている。これではパートもできないんです」

結局、しばらくはフリーランスでカメラマンをすることで生活をしていた。また、ASK発行の依存症などの生きづらさをテーマにした季刊誌「Be!」に寄稿した。noteで書いた文章も反響を呼んだ。

「『Be!』に寄せたエッセイがめちゃくちゃ好評で、編集部の人たちにも、『文章いいよ』って褒められました。それで調子に乗ってnoteを始めたんです。そしたらトントン拍子で読まれ、文章でやっていけるんじゃないかと思ったんです。ASKは『Be!』の編集部員としても引き上げてくれました。でも、『そんなんじゃダメ。もっと読者の気持ちを考えて』などと言われました」

ASKが発行する雑誌の編集作業で挫折体験をする

編集部での仕事は、風間さんにとって人生初の挫折体験だった。

「それまで“読者の気持ち”なんて考えたことがない。それまでは、素人が調子に乗って自分の思ったことを書いているだけで、“読者の気持ち”を考えて文章を書くなんていう発想がそもそもないんです。それでOJT(実践的な訓練)で叩き込まれ、できないことができるようになる楽しみが出てきました。すると、今度はそれに“アディクション”していく。次の号で『良くなったじゃん』と編集部に言わせたくて、めっちゃ頑張るんですけど、全然褒めてくれません。でも見捨てずにいてくれました」

現在は、そのASKの理事にもなった。保護司にもなり、様々な若者たちを支援してきた経験を生かす。

「以前は全部ボランティアでやっていて、仕事にはなっていなかった。他にできる人がいないからしょうがなく私がやっていた。当事者から『医者に通報されるのが怖くて受診できません』『親がクスリ使っているんですけど、これって警察に通報した方がいいんですか』などという相談が来るわけです。既存の支援は信頼できないから頼れないということがわかってきました。多い日には、Xのダイレクトメールが100を超えたことありました。でも、対応していたら生活が回らない。自分の子どもをおろそかにはできない。だから自分を守るために、一時期、DMは閉じました」

現在は、子どもや若者の支援をする一般社団法人「void」(千葉県市川市)で理事をしながら、若者支援に取り組んでいる。

「支援となったとき、『ニーズに寄り添う』と言われていますが、目の前の子のニーズよりも、精神的に不安定で未熟だからという理由で、“正しい道に導く”ことが優先されてきたように思います。

私たちの法人はまだ設立から2年目ですが、支援が必要な若者と面接し、『最善の利益』だけでなく、今、とりあえず何が必要かを評価・判断し、調整しています。そして適切な専門家とつないでいます。相談者とつながり続けられるかは重要です」

風間さんにとって、本書のタイトルにある「回復」は、ゼロから権利を積み上げ、尊厳を取り戻した結果だった。そのプロセスではさまざまな‘逸脱”があったが、必要なことだった。それは自己決定の繰り返しでもあった。支援者としては、自身の経験を踏まえ、“正しい生き方”を押し付けることではない。「回復」のプロセスを当事者の手に戻すこと。それが目指すべき方向だ。

「『回復』という毒」(日本評論社)の書影

(おわり)

関連記事

コメント

コメントポリシー

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが確認した上で掲載します。掲載したコメントはAddiction Reportの記事やサービスに転載、利用する場合があります。
コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただいたりする場合もあります。
次のようなコメントは非掲載、または削除します。

  • 記事との関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 特定の企業や団体、商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 事実に反した情報や誤解させる内容を書いている場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合
  • メールアドレス、他サイトへのリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。以上、あらかじめ、ご了承ください。