Addiction Report (アディクションレポート)

求めるのは快感ではなく、「現実の中断」。 「合法」に活路を見出す“新たな薬物依存”にどう向き合うか

電子タバコとして吸うという新しい乱用の仕方が注目を集める、麻酔薬エトミデート(通称・ゾンビタバコ)。専用器具もいらず、持ち歩きも可能な利便性が、使用のハードルを大きく下げている。危険ドラッグ等の分析に携わる富山健一さんは、「仮にエトミデートの流行が終わっても、事態はそれでは済まない」と警鐘を鳴らす。

求めるのは快感ではなく、「現実の中断」。 「合法」に活路を見出す“新たな薬物依存”にどう向き合うか
※画像はイメージです。

公開日:2026/02/04 02:00

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後編では、加熱吸引という新たな乱用形態と、「苦痛からの逃避」という新たな薬物乱用に社会がどう向き合うか、考察する。


(取材・文:遠山怜)


「効果」とともに「毒性」もダイレクトに効く

ーーエトミデートは、北米で静脈麻酔として限定的な使われ方をしているとのことでした。加熱吸引した場合とで、人体への影響は違ってくるのでしょうか?

富山:皮下注射時と効果を比較した実験結果がないため、正確なことはまだわかっていません。ただし、通常、薬は摂取の仕方により、効果や毒性の出方に差があることがわかっています。


ふつう、頭痛薬や風邪薬を服用する時、口に入れて水と一緒に飲んで摂取しますよね。口から入った薬は、肝臓で一度、摂取した成分が分解されてから、濃度が下がった状態で血管や脳に到達します。


そのため、口から飲んだ薬は効くのがゆっくりで、作用も穏やかです。肝臓で成分が分解されているため、人体へのダメージも抑えることができます。

一方、加熱吸引の場合、肝臓を経由せずに、粒子になった成分が気管と肺に到達します。成分は直接、脳に到達するため、効果がすぐに強く出ます。その後、成分は、腎臓や肝臓、膵臓といった全身の臓器に循環し、ダメージが蓄積されていきます。


特に、エトミデートは副腎の働きを抑制することから、北米でも乱用目的であまり使われていません。さらに、加熱吸引という使用形態を考えると、臓器に与えるダメージは甚大だと思われます。

(プロフィール)富山健一さん 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部 室長。主に、市場に出回っている「危険ドラッグ」「合成カンビナノイド」等の未規制物質の分析調査を行い、医療・行政機関に情報提供を行っている。

ーーこうした加熱吸引の使用が急拡大した背景には、電子タバコの流行も関係があるのでしょうか。

富山:その影響は大きいと考えられます。アジア圏では、電子タバコ市場の拡大とともに、加熱吸引による乱用が多数報告されています。


また、「電子タバコとして吸う」ことも、心理的なハードルを押し下げていると考えられます。

たとえば、覚醒剤は炙りにしろ注射にしろ、専用器具が必要で、初心者が気軽に手を出しづらい。そのため、すでに使っている仲間から手解きしてもらうという、段階を踏んで使われるケースが多い。


しかし、電子タバコの場合、「先輩からの伝授」も「専用器具の入手」も必要ありません。あまり深刻に考えず、「タバコの延長線上」くらいに考えて、使えてしまう。

ーー使用者は、電子タバコという手軽さ・身近さから、体への悪影響を低く見積もりやすいのかもしれませんね。

富山:使用後は「効果がスパッと切れる」ので、一見、体に悪くなさそうに見えるのかもしれません。


しかし、副作用は時間をかけて徐々に現れることがほとんどです。気がついた時には副腎へのダメージが進み、取り返しのつかない状態になっているかもしれません。事実、残念ながら、過度の使用により死亡した例も報告されています。


また、リキッド製品の最大の問題は、「中身が一定でない」ことです。医薬品を改造して販売する業者は、利益をあげるために、他の安価な薬物と混ぜてかさましする傾向があります。実際、中国ではエトミデート含有製品に他の麻酔薬が混入していた事例が確認されています。

業者は、類似した薬物や香料を使い、より使いやすく、効果が感じられるように薬を改造している可能性があります。

基本的に、ここではエトミデートを単体で利用した際のリスクを解説してきましたが、実際には他の化合物が混合している可能性があります。他の麻酔薬や鎮痛薬と摂取した場合、重症化のリスクはさらに跳ね上がると思います。

手探りの依存症対策 鍵は動機の解明

ーーもし、依存に陥った場合、治療はアルコール・他の違法薬物と同様なのでしょうか。

富山:現状は、既存の依存症治療を応用して行われると思います。


エトミデートの唯一の救いは、作用経路が類似したベンゾジアゼピン依存に対する治療法の応用が検討できることです。覚醒剤などと比べた場合、適切な介入が行われた場合には、効果が出やすい可能性があります。


手放す上で重要なのは、「なぜそれが必要だったのか」という動機の部分です。


本人は表向き、「興味本位」や「暇つぶし」というかもしれませんが、「現実の中断」を必要とした理由があるはず。その動機の部分を明らかにし、専門家と一緒に対処の仕方を探ることで、使わずに済む方法が見つけられると思います。

ーーもし、周囲の人が使用に気づいた際、どのように接することが大切でしょうか。

富山:危険な薬物を使っているかも、と思うと、「そんなものはやめて!」と言いたくなるところです。しかし、そうすると本人は反発して、隠れて使用を続けるリスクがある。


まず、「最近調子はどう?」と、体の具合について尋ねてみるのが良いかもしれません。


「タバコの量が増えてない?」「食欲が減ってるみたいだけど」と、生活の変化から話を聞いてみる。疲労感や倦怠感があったり、イライラや落ち着きのなさを感じているようだったら、詳しい検査ができる病院に行くことを勧めるといいかと思います。


「調子が悪そうだけど大丈夫?」と懸念は伝えつつ、専門家と一緒に、使用の背景にある動機について、考えていくことが重要かと思われます。


エトミデートから離れて、モヤモヤした気持ちや嫌な考えに直面するのは、とても苦しいと思います。しかし、そうした気分に対処する方法を専門家と見つけることで、手放せると思います。


ーーエトミデートの加熱吸引という新しい乱用を前に、社会はどう対処するべきでしょうか。


富山:まず、医療機関の側で、エトミデートに対応できる体制を整える必要があります。成分を検出できる機材を整備することに加え、救急・臨床ガイドラインを作成し、現場に周知していく必要があると思います。

ーー使った人が「もしかして」と病院を受診した際、通報されない体制も必要ですね。

富山:はい。エトミデートの乱用は、本人からの情報提供が治療の鍵を握ります。


今の医療現場では、本人が申告しない限り、正確な検査や診断を行う体制が整っていません。本人が「使った」と正直に言えるような場にするため、医療にも何ができるか、考えていく必要があります。

ーーエトミデートの被害状況が不明な今、まずは使用の実態を把握し、回復に向けて何ができるか、調査を進める必要があると思います。最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします。

富山:今回、問題となっているのはエトミデートですが、これからも同様の問題が生じる可能性があります。


今後も、処方薬・市販薬の乱用や、違法物質に似た作用ながら、化学式が異なるデザイナーズドラッグが登場する可能性が考えられます。


「快楽の追求」ではなく、「苦痛からの逃避」として薬物を求める人に、私たちに何ができるか、一から見直す必要があるでしょう。



※情報は取材時のものです。

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