「叱らない努力」はなぜ失敗するのか 〈叱る依存〉から抜け出すコツは「期待」より「予測」
「だって厳しく言わないとわからないでしょ」ーー依存症が再発するたびに、周囲はつい、そう言いたくなる。
じつはその考えこそが、相手の行動改善を妨げているのかもしれない。

公開日:2026/09/03 02:00
『厳しく言わないと相手が変わらないなら、適切な教育・支援がされてないということです』と語る村中直人さん。
中編では、「厳しく叱らなくては」という思い込みの正体と、叱らずに接する方法を探っていく。
(取材・文:遠山怜)
「叱ってわからせる」は教育の失敗
ーー「本当は叱りたくない」という人も、たくさんいると思います。でも、周りから『厳しくしろ』と言われたり、問題が起きたら『あなたが甘やかしたからこうなったんだ』と、責められたりもします。
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村中さん:それがまさに、日本が抱える大きな問題だと思います。依存症、発達障害支援に限らず、社会全般に「厳しく叱らないと人は育たない」ことが金科玉条のように信じられている。私はこれを「苦痛神話」と呼んでいます。
「苦痛神話」が長らく支持されてきた理由は、行動と結果を単純化してきたせいだと思います。
ーー行動と結果の単純化。
村中さん:前編でお話しした通り、身の危険を感じると、人は瞬時に行動を変えます。自分の身を守るために、表面上は相手のいう通りにするのです。
この一連の結果を、叱った側は「叱ったおかげで相手がわかってくれた」と単純化して理解しているのではないでしょうか。実際は相手を威圧して動かしているにすぎないのに、「自分の指導の結果」だと、思い込んでしまう。
ーー確かに、叱られて表向きは素直に従うけど、「どうすればよかったか」よりも、相手の顔色を窺うことに注意が向きがちです。
村中さん:その証拠に、叱られた側は指示されないと適切な行動が取れません。何が問題で、どうすればいいのか学んでいないからです。恐怖で威圧されただけで、教育はされていません。ですから、また同じことが繰り返される。
それでも、日本社会で「厳しく叱ること」が根強く支持されるのは、他に対処法を知らないからではないでしょうか。疑問を持っても、他の手立てがないために現状維持されるというのは、本当によくあるパターンです。
そして、多くの人が叱られて育った結果、「自分はそうやって学んできた」と誤った成功体験を積み、「厳しく叱ること」が支持され、神格化されているように思います。
「叱る」を手放すことは、なぜ難しいのか
ーー叱るのは良くないという話をすると、『じゃあ放置すればいいってこと?』と言う人もいそうです。でも、それ自体が教育と叱ることがイコールになっていて、それ以外の方法を知らないことの証左かもしれません。
村中さん:私が「叱る依存」をテーマに本を出したことで、気づいたことがあります。「叱る依存」という言葉は、特定の人たちにものすごく響くんです。

とくに、叱ることで深刻な問題が起きている人ほど、「叱ることを手放そう」というメッセージに戦慄に近い反応を示す。読者の方から、『タイトルが気になって買ったのに、怖くて何年もページを開けなかった』という声もいただきました。
おそらく、「叱る依存」という言葉は、特定の人たちに「否定しなければならない」と反射的に思わせる何かがある。その根っこにあるのは、たぶん“恐怖”ではないかと思います。
ーー自分がした・されたことは、「しつけ」「愛」「教育」ではなかったかもしれない、と。
村中さん:誤解しないでいただきたいのは、私は決して、叱ることを全否定しているわけではありません。
叱ることが、危機回避につながることもあります。子どもが道路に飛び出そうとする時、『こら!』と怒鳴ることで、事故を防止できることもあるでしょう。
私が問題にしているのは、「叱ること」以外の手段を持っていないことです。内心、「これは良くない」と感じながらも叱り続けてしまうなら、別の対処法が必要だと思うんです。
「叱らない努力」より「適切に叱り終える努力」
ーーでは、どうしたら叱らずに済むのでしょう。
村中さん:大事なのは、「叱らない努力をする」より、「適切に叱り終える努力をする」ことです。
まず、叱ることでお悩みの人は、叱るのを我慢したところで、あまり奏功しません。なぜなら、その人は叱りたくなる状況に見舞われやすい環境にいるからです。どこかで我慢の限界が来て、大爆発することになるでしょう。
ですから、叱ることを無理に我慢したり、止めたりしなくていいと思います。
ーーそれこそ、「やめよう」と思ってもやめられないのが、アディクションですからね。
村中さん:前編で言った通り、叱ることには、「目の前の危機を回避する」という点では効果があります。たとえば酔った相手が、千鳥足で階段を降りようとしている時、『危ない!』と言うことで、事故を防止することができるかもしれない。
一方で、これは危機介入の効果であって、学習効果ではありません。そこで、『なぜあなたはいつもこうなのか』『お酒は控えると約束したじゃない』と叱り続けたところで、相手の飲酒抑制にはつながらないと思います。
ですから、それ以上は言わないように努力する。くどくど叱り続けるより、ご自身の苛立ちや悲しみのケアに時間を使った方がよいかと思います。
相手に期待するより、予測する
ーーでも、依存症の場合、相手の行動変容を促すために、適切に接することが求められたりします。なるべく叱らずに、相手に関わっていくにはどうしたらいいんでしょう。
村中さん:私は「前さばき」という考え方を提唱しています。「叱るのをやめる」のではなく、「叱りたくなるような状況を減らす」という発想です。
人が叱りたくなるのは、自分の予想だにしない出来事が起きた時です。相手の行動に意表をつかれて、思わずカッとなる。
ーーそういう時は『なんで!』『どうして!』と言いがちですね……。
村中さん:逆に言うと、「ある程度予想しておく」と、そこまで叱らずに済むということです。再発も、想定の範囲内であれば、「何も考えてなかった」時よりは、グッと対処しやすくなると思います。
たとえば、家族が市販薬の問題を抱えている。薬はもうやめると約束した。一刻も早くやめてほしいところではありますが、これまでを振り返ってみると、またやる可能性の方が高い。もし再発するなら、二週間後かな?もしかしたら、病院に救急搬送される事態になるかも、と予想してみる。
ーー確かに、周囲は「なぜこうなのか」「私が悪かったの?」と、ままならない現実を嘆いたり、自責の念に襲われたりして、「次に再発したらどうするか」には意識がいかなかったりします。
村中さん:依存症の場合、家族教室では、よくあるパターンやトラブルなどを教えてくれるので、そうした知識を手がかりに予測しておくのもいいと思います。
相手の行動を予測する習慣がつくと、自然と「前さばき」に意識が向くんです。後始末や尻拭いではなく、事が起きる前に備えておくようになる。
たとえば、相手は仕事が立て込んでくると、ストックしているお酒を全部飲んでしまう癖があるとする。だったら、家にあるお酒の半分はノンアルコールに置き換えておく。全部飲んだとしても、摂取するアルコール量は半分に減らせます。
あるいは、再発時に備えて、誰に何を相談するかあらかじめリスト化しておくと、いざという時に冷静に対処できる。そうすると、トラブルの対処に追われる状態から、だんだんと先んじて手立てが打てるようになる。いずれ、叱らずに済むようになっていくと思います。
『だって厳しく言わないとわからないでしょ』——その言葉を疑っていくことで、叱る側も叱られる側も、楽になれるのかもしれない。後編では、「叱りたくなる」に隠れた苛立ちの正体と、立場の異なる相手を理解するコツをさぐる。
(後編につづく)
